エピローグ
2年後……。
「おい、快里。奥さん来たぜ?」
大学の大教室。クラスの友達が冷やかしていった。
「奥さんじゃないだろ?」
恥ずかしそうに快里が友達と話す。『恥ずかしい』そんな感じは二年前は持ってなかった。少なくても依入に心臓を貰ってからのことだ。
ネイが大学の教室の入り口で僕を捜していたので、僕は手を挙げて合図を送った。
「快里くん。お昼ご飯は?」
あれから父親の薦めで、結局医大に行くことになった。僕もなんとなく依入に心臓を貰ってから、心臓外科に興味を持っていたからだ。
「どこ行く?」
ネイはうちの大学から一番近い大学に入学した。お昼休みや時間をもてあますと僕の大学にやってくる。少しは同じ大学の友達とも一緒にいれば良いのに、いまではうちの大学の僕の友達の輪の中にすっかり入っている。そして、こうやって冷やかされるようになっていた。
「えへ。お弁当、持ってきたんだ。ここで食べててもいいよね」
「いいんじゃないかな。別に」
快里とネイは、教室でそのまま弁当を開いた。
「メイは受験、どうだったのかな?」
「ふふ、私、知ってる」
ネイはうれしそうだ。うれしそうってことはなんとかなったんだろう。
「メイから直接、聞いてね。多分メイが一番言いたいと思うから」
「そうね。ところでどこを受けたの?」
「あれ、それも聞いてないの?えー秘密なのかなぁ?」
「割と毎日ってぐらい、電話かかってくるんだけど、そういうの教えてくれないんだよな。案外、寂しがりやなんだよね」
「案外じゃないよ。昔っから」
そう言いながら、ネイが苦笑いする。
「予備校ってかなりつまんないみたいよ」
「そりゃ……勉強するだけだからねぇ。でもどこ受けたんだろうな?」
快里のポケットに入っていたケータイが震えだした。
「おっと、びっくりした、あ、メイだ、でて良い?」
「もちろん」
ネイはうれしそうだ。
「もしも・・」
「快里ぃーー、受かったよぉーーーあーーん」
メイが電話の向こうで感極まって泣いているのが、良く分かる。
「メイ……受かったんだから良いじゃ無いか。おめでとう。で、どこに受かったんだよ?」
「うん、うん……快里と同じ学校」
「え?医学部?」
「うぅん。薬学部。大変だったもん」
「へー良かったね、おめでとう!」
「うん。快里と一緒に大学いくんだもん」
「薬理なぁ……覚えることいっぱいあるから、結構、大変だぞ?」
実際、快里にも大変だったのだ。心臓を依入にもらってから集中力が下がった。以前は暗記なんてあっという間だったのに。
「うん、大変でも良いもん。快里と一緒の大学なら」
「そう言うのじゃ無くて、自分の目標を持って受験すればよかったのに……」
若干呆れながら快里は話した。
「いいの!ちゃんとアタシの目標になったの!今日、快里の家に行くから!ネイと一緒に祝ってね!」
「はいはい」
快里は感極まったメイと話したあと、電話を切った。
「それでも、メイも目標がもてて良かったかもね」
快里が付け加えたように言う。
「ネイはどうなの?」
「私はもう、とっくに目標あるもん」
「僕、初耳。それ、未だにしらないんだけど……」
快里は苦笑いをした。
「しかも叶いつつあるんだよ」
「それなら、教えてくれてもいいのに」
「知りたい?」
ネイはちょっといたずらっぽい目をして、恥ずかしそうに目を伏せると、そのまま無言でうれしそうに快里の顔を眺めていていた。
1ヶ月後。
メイは無事に快里と同じ薬学部に入学。
ネイとメイと三人で食事をとったり、どこかに行ったりする日々は、相変わらず変わらない。大学の近くの喫茶店でネイを待ちつつ、どういうわけか、いつもの通りメイと良く分からない口論をしていた。
「僕はメイとネイを一度も間違えたこと無いよ」
何の話でそうなったのか。快里とメイはそんなことを話してた。
「でも。あの時は快里はアタシのこと、わかってなかったもん。あれ、アタシだったんだよ。ショックだったんだから」
少し拗ねた表情でメイが言う。
「あれ?僕があの後、なんて言ったか覚えてる?」
「覚えてないよ、もう」
「ひどいなぁ。『メイの部屋で待ってるよ』って」
「え?」
「だから『メイの部屋で』って」
「あ」
「ごめんね。実はわかってたんだ。メイがずっと自分だけでがんばろうとしてたのも。眼鏡をつけて無くてもメイ、髪の毛を縛って無くてもメイ。慣れないことをして努力をしなくても、自然体のままでいても、嫌いな物を一生懸命食べて見せなくても、メイはメイだと思うよ」
「快里……」
「もちろん、少しいじめてやれってのもあったんだけどね」
「なんでよ……。もう……いじわる」
メイは喫茶店の窓から外を見た。
「依入ちゃんが死んじゃってから、もう二年経つんだね……」
「そうだね……」
「快里、あの時、すごいブルーだったんだぞ。覚えてる?」
神妙な顔でメイがいう。
「そうだっけ?」
「うん。アタシも、あんな快里を初めてみたから不安だったんだ」
「どうして?」
「どっか行っちゃいそうで……。もちろん、ネイとそう言う話は良くしてたんだ」
メイは目を潤ませながら少し表情を曇らせた。
「快里のお母さんの調子はどう?」
「最近調子良いみたい」
「そう、依入ちゃんのことは?」
「まだ言えてない。でも、言わなくても、ふとしたときに思い出すんじゃないかって、兄貴は言ってた。その時のケアの方が重要なんだって」
「そう。二年だもんね」
生芽衣は、物思いに耽るように話した。
「あんなことがあったのに、快里はしっかり医大に合格しちゃうしさ。ネイも途中から文系にすすんだのに、ちゃんと経済学部にストレートで入っちゃうし。そりゃ、私が選んだことだけど。アタシだけ浪人で、すっごい、すっっっごい寂しくて大変だったんだから……」
ネイが言ってたとおり、メイの性格だとそういうことなんだろう。ほんとに大変そうな顔をしてメイは涙ぐんだ。
「あーもー泣かない。だってブスになるもん」
快里は表情豊かなメイを見て思わず微笑んだ。
「なに?なんかいいたいことあるの?もう」
「いや、表情がコロコロかわって、可愛いなって思ってさ。そこはネイとは違う、メイのいいところだよ」
「え?え?もう一回言って」
「いや、可愛いなって」
「ん〜。もうちょっとサービスして!」
ダテ眼鏡をつけるのをやめたメイの瞳からは、表情が変わる度に変化するのがよく見えた。
「たとえば?」
「そうねぇ。たとえば、服、買ってくれるとか?」
「あぁ……」
快里は、凄くうれしそうなメイに対して生返事をしたところで、窓の外にネイの姿を見つけた。
「あ、ほら、ネイがきたよ。あ、ネイ、こっちこっち」
「えー、サービスは?」
時がすぎても、変わらない日々が続いている。
子供のころから何も変わらない日々。
それがもの凄く幸せなのだということを、快里はかみしめることができるようになったのだと気がついていた。
心臓は、また、優しく鼓動を続けていた。




