遺言
兄貴と二人の空間。一瞬の沈黙があったが、珍しく快里が沈黙を破った。
「兄ちゃん……。依入さんのことを、ちゃんと聞きたい」
「あ……あぁ」
言葉に詰まった顔をする。そして沈黙。しばらくの間をおいて、克之は言葉を選びきれないような顔をして聞いた。
「どこから聞きたい?」
「……助からなかったって聞いた。だから僕のここに心臓があるって」
快里が悟ったように胸に手を当てながら話し始めた。
「あぁ」
「そう……。じゃあ、最後の言葉は?」
「俺も詳しくは知らない……。だけど、救急隊員の話によると、お前と話したのが最後なのだと思う。それが彼女の遺言」
快里の頭の中に、そのときの依入の声がこだまする。
—忘れないでね……。快里……。私が死んだら……お姉ちゃんの心臓をもらって……。……約束……だよ。
「……じゃあ。やっぱり僕は依入の心臓をもらったんだ」
快里が噛みしめるように言った。
「あぁ……。大事にしろ……」
「うん……。死因は?」
「出血性ショックで心停止した。蘇生を試みて心臓だけは動き出したけど、すでに脳死状態だった」
「そうなんだ」
「心臓だけは奇跡的に動き始めたんだ。生きようという心がいっぱい詰まった心臓だよ」
「そっか……」
残念そうな思いをして快里が下をむく。しばらく考える。そして顔を上げた。
「兄ちゃん聞いて良い?」
「なにを?」
「前に言ってた……。ほら、心臓は心だったってこと」
「どうだろう、それはお前がこれから証明していくことかもしれないよ」
「兄ちゃん的には?」
「結論を出すのはもう少し先でも良いような気がするよ」
「……兄ちゃん、お願いがあるんだけど……ちょっとだけ駅までつれてって」
「おい、まだ外に出歩くのは辞めた方が良いと思うぜ?」
—とりあえず4月3日には必ずお家に来てね……。
「依入と……約束したんだ。4月3日に駅で会おうって」
「……わかったよ。ただしクルマからでるなよ。なんらかの感染症になると大変だからな。先にクルマの中を掃除してるから、ちゃんとマスクして体を覆うこと。それと、まだ少し寒いからちゃんと着込めよ」
「ありがとう」
「どうってことないよ。準備を手伝うように、看護婦にお願いしておくよ」
克之は病室を出ていった。




