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心が語るもの

 依入の話を断片的に聞いた。最後に僕と話したときが、彼女の最後だったという話。そして彼女の意志もあって、僕に心臓が移植されたということ。そしてその手術の経過は良好であると言うこと。

 そして今までは父、俊克が作った人工心臓を入れていたこと。

 快里は、物思いに(ふけ)っていた。どうしてもわからないことがいっぱいあるからだ。

 たとえば父親の作った人工心臓と、依入からもらった心臓に何の違いがあるのか?

 両方ともポンプとして送り出す血液の量はほぼ同じ。ただ精度の差がある。父の作った心臓は、必ず毎分一定の血液を送り出していた。

 それに比べて依入からもらった心臓は、ときどき胸が苦しくなってくる。それが良いことなのか、悪いことなのかはさっぱりわからない。

 ガチャッ

 ふと病室の扉がノックなしにあいた。

「びっくりした」

 克之だ。

「あぁ、すまん。寝てるかと思ってた」

 急にまじめな表情をして、心配そうに聞いてきた。

「心臓は……。どうだ?」

「わかんないよ。どうだって言われても」

 思わずつれられて深刻になっている自分に気づく。

「今、良いか?」

「なに?」

「いやお前が治ってきたら、お前自身の頭の中の話を聞こうと思ってな」

「あぁ。ちょうどいろいろと考えてたところなんだ」

「そうか……」

 快里は、兄がいろいろと気を遣っているように感じた。

「あれから、瞑想に入ったりは?」

「瞑想かなぁ。今も考え事はしてたけど。特別なことは……」

「扉の開く音でその考え事は中断した?」

「びっくりしたから」

「なるほど。それだけでもだいぶ違うよ。昔は集中してると何も気づかなかったんだ」

「そうなんだ」

 克之は笑みを浮かべて快里に話した。

「今は何も考えず休むことかな……。だけど、なにか思うことがあったら、いつでも言ってくれよ」

「了解」

「親父が検査をしたいって言ってたよ。今よかったら、伝えておくけど」

「あ、じゃあよろしく」

 克之は病室を後にした。


 十分もしないうちに、俊克が入ってきた。

「調子が良いそうじゃないか」

 嬉しそうに笑う。

「そうかな。なにやるの?心筋検査?」

「いや、今日は軽い奴だけだ。どれ。心音を聞かせてくれ。ちょっと上着を脱いでみろ」

 いつも通りの父親の声だ。上着をまくった快里に、俊克は聴診器を当てた。

「うわっ冷て。びっくりした」

「すまんすまん。次は暖めておくよ。ほら」

 そっか、普通はこうやってびっくりしてたんだ。

「ん。音は順調だな」

 俊克は心電図を測るために快里の胸に電極を取り付けた。画面に心電図が現れる。

「ドナーの体格の割に大きな心臓でな……。良い心臓だが、お前には少し大きくて大変だった。少し胸囲が増えただろ?」

 俊克は雑談をしながら画面を見ていた。

「とりあえずは何の問題もないな。心拍数は97。不整脈でもない。すばらしい」

 俊克は手際よく心電図を外した。

「どうだ?病室の外に出れそうか?」

「大丈夫だと思うよ」

「じゃあ、心エコーとMRIを取っておこう。来週の中頃に医大の病理学者交えて心筋生検をやるから」

 俊克は看護婦に言って、快里を連れてくるように指示をした。大きな金属の機械。ビニールでできたベッドが冷たい。

 誤動作でつぶされちゃったらどうしよう。

 そんなことはありえないんだろうけど、快里は何となく緊張した。ガラスの向こうでは親父がモニタをみたりこちらをみたりしながら、助手の医者と話をしていた。

 ブッっというマイクの電源が入る音が鳴って、スピーカーから親父の声が聞こえてきた。

「良し。終わり〜」

 快里はジャケットを羽織って、ゆっくりと外に出た。

「順調だ。あと3〜4ヶ月で良くなる。人工心臓よりも良い生活が送れるだろ」


 父親が終始笑顔だったことが、安心するような、腹立たしいような気がしていた。

 僕が順調で嬉しいのだろう。それは理解できるし喜んでもらえるのは嬉しい。

 いや、腹立たしいのは自分自身で。依入の犠牲のもとに生きている自分が、腹立たしいような、恨めしいような、そんな感じがしてたまらない。

 そう思うたびに心臓は静かに柔らかく鼓動していた。


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