屋上での約束
依入は、屋上に上るとため息をついた。
母と話す日々。
少し気が晴れたとはいえ、こんなことをしていて母は回復するのだろうか?
病院の屋上。本間病院がこのあたりでは一番高い建物だから、子供の時にはここから景色を眺めたいと思っていた。
いざここに来てみれば、病院の屋上の景色ってなんて空虚なのか。依入はそう感じながら徐々に日が陰っていく景色を眺めた。
20分、30分、時を忘れていくように。
ギィーッ
突然、扉が開いた。
「あ、先生。いたんだね」
快里だった。
「ちょっと疲れてるんじゃない?」
気づかう様に快里が続ける。
「うぅん。快里くんこそ、調子が悪そう。ふらついてない?」
母親の看病でつかれているのに、人に気を使う依入。
「あぁ……そうかもね」
快里は否定はしなかった。
依入は、すこし陰り始めた遠くを見ていた。子供だと言うことを偽りながら母と話している日々。以前は、毎日、普通に話していた母と……。そんな気持ちが依入を支配していた。
「景色でも見てたの?」
考え事をしながら?快里はそう思いながら、依入の端正に整った横顔に見とれていた。
「うん、この辺高い建物あまり無いからね。いつかここから町並みを見てみたいなぁって思ってたんだ」
独り言の様に言う依入。そう思っていても、こういう理由で見るようになるとは、夢にも思っていなかっただろう。病院の屋上から、幸福な理由で町並みを眺める人なんて、そんなにいるとは思えないが。
「あの山、上ったことある?」
依入がふと、指さした。大して高い山ではないが、この町にすそ野を広げる山。
「あるよ。子供の時に遠足で」
「へぇ。いいなぁ!私のころはなかったよ?あそこから見える景色も綺麗だろうなぁ」
本当にうらやましそうな声で依入がいう。
「週末にみんなで登ってみようか?」
快里は、うっかり雰囲気に飲まれたように話す。心臓の弱い快里に山登りは余り良いものではないのだが。
「ほんとに?」
依入が嬉しそうに答えた。
「疲れてるのは気持ちだからね。きっとすっきりするよ」
「それってデートの誘い?」
依入が悪戯っぽい目で答える。
「いや、デートっていうよりも、兄貴とかメイとネイも連れて行こうかなって」
頭をかきながら快里が答えた。
「なぁんだ残念」
「二人が良いの?」
「うぅん。からかっただけ。つまんない、快里君。メイちゃん達が言うように、いつも冷静なんだね」
ますます先生らしくない人だ。快里はそんなことを考えながら答えた。先生と一緒だと、そうでもないと思っていたのだが。
「ねぇ!じゃぁ何時にする?」
依入が楽しそうに言う。
「そうだね、明後日の朝10時に駅に待ち合わせにしようよ。メイとネイと兄貴には僕から言っておくよ」
「わかった。うん、よろしくね!楽しみ」
それにしても肌寒い。
「寒いから中に入ろうよ。先生いつからいるの?」
「うぅん。快里君が来るちょっと前だよ。そうだね。中に入ろうか」
「うん。ありがと。快里君。久しぶりに元気が出たよ。私はもうちょっとお母さんと話してから帰るよ」
依入は快里を病院の夜間出口まで見送りながら、手を振った。
「じゃ。明日ね。楽しみにしてるから」
快里は、振り返らずに考えていた。
彼女は、がんばり屋だ。
だけど、がんばると言うことと結果は必ずしも一致しないことを快里は知っていた。




