出発
剣と魔法がぶつかり合い激しい閃光と鋼の鈍い音が森の中に響く。舞踏が薄暗い森で行われ、1人の男と少女が華麗に踊る。
「ソーマよ。この勝負わしが勝たせてもらうのじゃ!」
「悪いが負ける気はない!」
少女の右手には紅蓮を思わせる赤い魔方陣、左手には赤と対極の蒼い魔方陣が現れ、その赤い瞳で俺を見据えると両手を掲げ静かに告げた。
「【赤氷嵐】」
炎と氷が竜巻のように渦巻き、地面を焦がし周りの木を凍らせる。その炎氷の竜巻は地面を抉りながら真っ直ぐ颯真に放たれた。そんな大地を激震させる竜巻を颯真は慌てることもなく冷静に右手に持つ一刀の古代剣を鞘にしまい、腰を落とす。
「はッ!」
地を力強く蹴り、竜巻に向かって鞘から刀を抜き放つ。その斬撃は酸素を斬り、空間さえも切り裂くほどの威力、速度を放ち竜巻を意図も容易く切り裂く。
「くっ!」
ルミアは焦ったように魔方陣を発動させる。直線5mほどの燃え盛る火の球体を無数に作り出し、巧みに炎球を操り颯真に向けて放つがそれも無意味と化した。
瞬く間に全ての炎球を刀で斬られ、雷の如く一瞬でルミアの懐に入り、首もと目掛けて斬撃を放つ。
「わしの負けじゃ…本当に強くなったのう…」
「ありがとな」
両手をホールドアップするルミアに誉められニッと笑顔を作る。そんな呆れ顔のルミアの首元に刃がギリギリで寸止めされている。少しでも動かせばその首に鮮血が舞うことだろう。しかし颯真には無抵抗な女性に斬りかかるなど言語道断と自負している。
「これならもう森から出てもよいのじゃ」
「ほんとか!!」
やっと森から出ることを許され、颯真は思わずガッツポーズをしてしまう。この一年間、ずっと森生活で頭がおかしくなりそうだったが遂に今日で終わりを迎えることができた。喜びで小躍りをしてしまいそうなくらい颯真の心の中は明るく鮮やかに飾られた。
異世界に来てから約一年がたった。歳は15歳から16歳になり、身長は172cmから180cmと少し伸びた。身体はルミアに鍛えてくれたお陰で異世界にくる前より一段と逞しくなった。
今思えば楽しくもあり、辛い修行に明け暮れる日々だった。ルミアに魔力を完璧に操作出来るまで森から出ることを禁止されたときは軽く絶望したりしたが毎日血眼になりながらも必死に努力した。この世界の言語や常識、剣術、武術、魔法など数えきれない事を頭と体で覚え、自身のものにしていった。
「やっと解放される~~」
体の力を抜き、地面にぐだぁと倒れて楽な体勢になる。風が気持ちいい。遠くからは鳥のさえずりが聞こえて心地いい気分にさせてくれる。それはまるで卒業出来たことを祝ってくれるように綺麗な声で歌を奏でる。
「よくこの一年頑張ったのう。ほれ、水じゃ」
「おう。ありがとう」
ルミアから水が入った水筒を受け取り、一気に喉に押し込み喉の乾きを潤す。次第に荒い呼吸が収まり、熱く火照った体を冷やしてくれる。
「よし!さっさとこんな森から脱出だ!」
「ふふふ、そんな焦るでないわ。それにもう夕方になる。出発は明日じゃ」
「うわっ…本当だ…」
橙色の光は絵を描くように空を染めていく。とても幻想的だ。これほど綺麗な夕日は前世を含めて見たことがなくらいだ。
「綺麗じゃのう」
いつの間にか俺の隣にいたルミアが俺と同じように夕日を眺める。
「なあ、ルミア…」
「ん?なんじゃ?」
「…本当にありがとうな」
ただお礼が言いたかった。特に他意はなく自然と口に出た本音の一言だった。そんな俺のお礼に虚をつかれたルミアは呆然面をさらしたがすぐに笑顔になりニヒヒと笑みを溢した。
「どういたしましてなのじゃ!」
☆☆☆☆
「なあ、ルミア……」
「な、なんじゃ?」
翌日、俺たちは森から去り、この森から一時間歩くとルインアルフという小さな町にたどり着くらしい。案内はルミアが任せよ!というので道案内を頼んだのだがもうかれこれ二時間以上歩き続けている。颯真は元都会人なため歩き慣れたアスファルトの地面ではなくただ辛うじて道が出来ているボコボコの地面を歩くのはガリガリと少しずつ体力を削られる。周りを見ても草原が続く果てしない光景ばかりだ。ふと横目でルミアを見ると顔を真っ青に染め、オロオロと慌てている。そう。この現状を見てわかる通り……
「道に迷った?…」
「うぐっ…」
これは完全に迷子になった。ルミアの反応でほぼ確定だと瞬時に理解できた。どういうことだ?とルミアに訴えの視線を送るがルミアはプイっと顔を背け、ややうつむき短い沈黙を経て、小さな声で謝罪を口にした。
「ごめんなさい…」
しゅんと落ち込むルミアの姿はいつもの大人のような雰囲気を感じられず小さな少女を想像させる。なぜだかいたたまれない気持ちになり、はぁっと短いため息を漏らすとルミアの綺麗な黒髪に手をのせ、よしよしと撫でる。
「まあ、そんなに落ち込むなって。道とかそのうち会う人に聞けばいいさ。とりあえず休憩しようぜ」
「う~すぐ子供扱いする…」
「だって見た目が小学…」
「なんじゃと?」
「い、いえ…なんでも…」
怒ったルミアは怖い…
その後近くにあった木の木陰で休憩をとり、ゆっくりと休んでいた。
「ほれ。アーチェの実じゃ」
「おお!サンキュー」
ルミアから貰ったのはリンゴのような果物だ。地球にあるリンゴより一回り小さいが味は爽やかで糖度も高く今や颯真の大好物ベスト10に入るくらい美味しいのだ。カリッとアーチェの実をかじると果汁が口の中いっぱいに広がり幸せな気分になる。
「ソーマは本当にアーチェの実が好きじゃのう」
「だって美味しいし」
ルミアは俺の膝に座りながらリスのようにアーチェの実を食べている。ルミアとの仲はこの一年でかなり仲良くなり今では俺の膝が彼女の定位置になっている。俺は一人っ子だったので妹が出来た感じで嬉しく思っている。
「あー美味しかった!」
「…ソーマ。これからどうするのじゃ?」
「うーん…道を聞きたいけどこんな所に人がいるかどうかだな…」
「そうじゃのう…」
先程から魔力感知で周囲を探っているが全く反応がない。魔力感知の反応距離は周囲100m以内であるのだがさすがに一人はかかるかな?と思ったがまさかのゼロだ。思わずため息が出てしまう。
「とりあえず歩こ……ッ!?」
遠くで微かに誰かの悲鳴が聞こえる。遠すぎて分からないが恐らく女性だろう。声色が高くかなり怯えているのか声が途切れ途切れだ。
「ルミア…」
「うむ…聞こえたのじゃ。助けに行くのか?」
「当たり前だ」
誰かが助けを求めているのにそれを見捨てるなんて冗談じゃない。せっかくある力だ。存分に使わないとな…
「来い【天叢雲剣】」