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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.5 先生のヤキモチ
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仲直り

 文化祭一日目は終わり、今や暗くなった空には星が瞬いていた。

 しかしそんなことに気を回す余裕もない少女が一人――


「もう、もう、信じられないっ!」


 遥は潤んだ瞳のまま、屋上で叫んでいた。生徒は後夜祭の為に校庭に降りている。ここに来る生徒など居ないはずで、遠慮なく文句を吐き出せる。

 めちゃくちゃ恥ずかしかった!もう死ぬかと思った!!


「玲一の意地悪!ドS!変態!不良教師!」


 ひとしきり悪口を並べ立てて、ゼイゼイと肩で息をつく。

 だいたい玲一だって老若男女、その色気で陥落させる程のモテっぷりなくせに、どうして遥ばかりお仕置きされなきゃならないのか。なんだかオカシイ。


「不公平よ!」


 同時にそれが、彼なりの遥に対する想いの現れだと思えば、嬉しいと感じる自分もいるのだけど。


「でも!あんな見せ物状態はごめんだわ」

 明日から校内を歩けない!!


 ひとしきり吐き出してしまえば、後は鎮めていくだけだ。校庭の賑やかさとはほど遠い屋上。昼間の学校とは違う不思議な雰囲気も手伝って、なんだか現実味が無い。

 ハプニングだらけだったもののーー文化祭は楽しかった。クラスメイトとの時間も、準備も、本番も。いつもと違う玲一さえも。

 余韻を味わうように手すりに両手をかけて、そこに頭を載せた。

 と、よく知った腕に、ふわりと背中から包み込まれる。


「ごめん。俺が悪かったよ」


 耳元で囁かれる、玲一の低く艶めいた声と、こめかみに触れる唇。


「色仕掛けでも、ごまかされないんだから」

「そう?残念だな。どうしたら許してくれる?」


 彼の声はいつもより色気三割増しで遥を絡めとろうとする。このままなし崩しに許してしまいそうな程。

 必殺技使ってる!確信犯だ、ズルい!

 うっかり流されそうな自分を押し留めて、遥は頬を膨らませた。彼女の様子に更に甘さを増した声が囁く。


「なら、良いもの見せてあげるから……ね?」


 玲一の言葉が終わるその時。


『ヒュッ』

 何かが風を切るような音と、


『バアンッ!』

 続いて響く音。


 夜空に大輪の花が咲いた――


「花火……!?」


 遥が茫然と見上げた顔を下へ向ける。校庭に集まる生徒達と、中心に用意された打ち上げ花火。知らない大人が何人か居たのは外部からの業者なのか。後夜祭があるのは知ってるが、花火なんて余興は無かった筈だ。


「これ、玲一が……?」


 背後の恋人に聞けば、彼は笑って頷く。


「まあベタだけど、いいだろ?狐ヤローのコネに頼っちゃったってのが、唯一の汚点だけどね。……お姫様に機嫌を直してもらいたくて」


『ドォン!』


 また一つ、夜空に花が咲いた。光は弧を描いていくつも開き、色とりどりに咲き誇ってーー消えていく。


「綺麗……」


 遥はそっと呟いた。背後から抱き締める腕に、身を預ける。


「玲一は、やることが極端すぎるのよ……」

「うん、ごめんな」


 でも、と美貌の保健医は続ける。


「好きだろ?」


 誰を、とも。何を、とも言わず。

 だからズルいってば……。

 遥は溜め息をついて、けれど結局は頷いた。


 ーー最後には、やっぱり玲一に墜ちてしまうんだ。



「文化祭というよりはコスプレ大会じゃなかった?」


 後日。反省会といいながらのお菓子タイムに呆れ声で称したのは芽依で。隣でユミが袋を開けながらはしゃいだ声で言う。


「でもでも皆、可愛かったよねぇ~!特に遥のナースなんて最高に……」

「いやああああ!!やめてぇえ!!」


 またしても遥の絶叫に、言いかけたユミはしまったと口を押さえる。あれ以来、遥本人の前でこの話題は禁句だったのだ、が。


「毎度あり~」


 廊下側の窓から、健吾がクラスの男子に封筒を手渡す姿を見かけて。アイドルカフェの時の女子の写真がかなり高値で取り引きされているとか何とかという話を思い出した。


「ほんとに売られてるの!?」


 遥が血相を変える。芽依が健吾に声を掛けた。


「肖像権の侵害よ。売上の一部をおよこしなさいな」

「そうじゃない!そうじゃないわ、芽依!」


 冷静かつ現金な友人に突っ込みつつ、遥は健吾に恐る恐る尋ねた。


「ま、まさかカップルコンテストの写真は、無いわよね……?」


 健吾は隙のない微笑みを返してくる。満面の笑みに、答えを聞かなくても分かってしまった。


「当然!撮ったけどね」


 ああ、やっぱり~!!


「安心していいよ。高嶋さんの写真は全部データごと冴木先生が買い取ったから」

「えっ!?」


 続けられた彼の意外な言葉に、びっくりする遥。


「まあそりゃそうだよね~。冴木先生が遥の超絶可愛い写真を、他の男子共の手に渡すわけがないもん」


 ユミが頷きながら言う。


「え、あ、そ、そうかな……」


 友人の言葉に真っ赤になる遥に、健吾が笑って写真を差し出す。


「これは高嶋さんへのサービスね。お代は要らないからさ」


 受け取ってそれを見て、軽く目を見開いてから。遥は頬を染めて苦笑する。


「ほんとに、格好いいんだから」



「ああ、写真ね。あいつ、結構ボるんだもんな」


 玲一がUSBメモリを白衣のポケットにしまい込む。もちろん健吾から買い取ったデータが入っているのだ。一体何枚撮られたのか、いくらの値が付けられたのかは知らないが——知りたくないが。


「もちろん、処分してくれるわよね?」


 遥が笑顔で詰め寄れば、こちらもまた完璧かつ爽やか満点な笑顔を返してくる。


「嫌だね。ご心配無く、一人で楽しみますから」

「ぜんっぜん安心できないわよ!!」


 お、大人の発言とは思えない!


「それならいいわ。私は私で岡本君にいいもの貰ったから」


 遥は気を取り直し、指で挟んだ写真を示す。健吾からもらった“サービス”だ。

 写っていたのは――銀髪灰瞳の玲一。

 それを改めてまじまじと見つめながら。目の前の本人と見比べた。


「本当に別人。瞳は?」

「カラーコンタクト。モデル騒ぎの時に貰った残り」


 彼の答えに遥はふうん、と納得しかけ、慌てて本来の目的を思い出す。


「あのね、これを返して欲しかったら、私の写真と交換よ」

「別に返して貰わなくていいけど」


 アッサリと返された。


 えぇっ!?取引が成り立たない!!

 慌てて年上の恋人に問う。


「は、恥ずかしくない……の?」

「だって“別人”なんだろ?俺だって分からないなら恥でもないね」


 そ、そうか……!!

 玲一の冷静さが悔しい。こんなとこはさすがに大人だ。


「それより遥がその写真を何に使ってくれるのかが楽しみだね。生徒手帳に挟む?枕の下に入れてくれる?それとも――」

「なっ、何にも使いませんッ!」


 何なの?この動じなさは。

 遥はついつい泣きたくなって。……ふと思いついた。


「……玲奈さんに、渡しちゃおうかなあ」


 玲一は不覚にも硬直して。


「……悪賢くなったね、遥ちゃん……」

「お陰様で!!」



 窓の向こうに広がる晴れ渡った高い空。

 爽やかな風が、いつまでも笑顔の遥の髪を揺らしていた。




ep.2-5 fin.

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