エピローグ ~ プロローグ
この部分のBGMは「祈り~You Raise Me Up」でした(笑)
常に咲き続ける花畑に、真っ白な人影が舞い降りた。
「今年も見事な花です。貴女もそう思いませんか?」
光を見ることのできない彼は、光に一番近い微笑で空に問いかける。
答えるように吹いた風が、薄紅色の花弁を巻き上げ、遠く、遠く、遼彼方へと運んでいった。まるで、何かを目指すように。
※ ※ ※ ※ ※
「よっし、これで家も全部完成っと。メラ~、腹減ったぁ」
間延びしたような声でそう言うと、出来上がったばかりの家の中から苦笑が漏れた。
「分かってるわ。すぐにご飯できるから、泥は落としてね」
了承の意を伝えて、ディルスは井戸に向かった。
目の前に広がるのは、最近ようやく整ってきた、新しい原初の一族の里。いや、正確にはまだ村ぐらいだろう。
バラバラになった一族が少しずつ集まり、新たに出発しようとしている。
「っていうか、俺で良いのかねぇ」
「何言ってるの。全員一致で決まったじゃない」
後ろから声をかけられ、ディルスは困ったように笑った。少しお腹の大きくなったメラが、両手を腰に当てて立っている。仁王立ちだがあまり怖くない。
「皆が頼りにしてるのよ。しっかりしてね。族長さん」
「はい、頑張るからしっかり支えてくれよ、族長夫人」
額を突き合せて笑っていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見れば、何人かの子供達が走り寄ってくる。
「ディル兄ちゃん、見て見て、綺麗な花び……わぁ!」
何かを見せようと走っていた子供が躓き、手に収めていた小さな花びらが空に舞った。それは風に乗ったのか、どんどん高く上がっていく。
「あ~、綺麗だったのに……」
「ほら、そんな顔すんな。綺麗な花が欲しいなら、今度一緒に花壇でも作るか?」
「ホント? 作る!」
「私、黄色いお花が良い!」
「え~、ピンクが良い!」
「分かった分かった。たくさん植えて、いっぱい育てよう。な」
次々に言い出す子供を抑えて、ディルスは花びらが飛んでいった空を見上げた。
(レイア、マルファス。お前達が守ろうとしたもの、今度は俺が守っていくから)
「見ててくれよな」
「ディル?」
覗きこんできたメラに何でもないと返し、蒼い空に向かって、ディルスは笑った。
※ ※ ※ ※ ※
大分重たくなった我が子を抱きながら、レイチェルは木陰で休んでいた。
腕の中でもぞもぞと動くのは、黒髪に紅色の瞳をした男の子。ちょっぴり耳は尖っているけれど、顔は間違いなく父親似で美形だ。
「ちょっとぐらい私に似てるところも欲しかったわ」
ぷにぷに、と頬を突いてやると、くすぐったかったのか小さく身をよじった。その子が、ある一点を見つめて固まる。
「ん? どうしたの?」
「あ~、うっ」
何かあるのかとそちらを見ると、一枚の花びらがふわふわと飛んでいた。それは我が子が伸ばした手を掠め、ひらりとまた飛び去ってしまう。
「あ~!」
「残念。ちょっと届かなかったわね。ザンデル」
「ぶー」
「膨れないの。今度綺麗な花を飾りましょ。お父さんも、意外に植物好きなのよ」
レイチェルの言葉に、きょとんとした顔を見せる息子。父に似て、でも彼からは見られなかったその顔に苦笑しながら、レイチェルは呟いた。
「私、とても幸せよ、アウリュ」
この幸せが、貴方に伝わると良い。そう思いながら、レイチェルは幸せの塊である我が子を、できる限り高く掲げた。
※ ※ ※ ※ ※
執務室で書類にサインをして、カルロは一息ついた。
「これで、新たな国を建てられるな」
「黒魔道大国セルドゥガルロ、白魔道大国ラスラシース、ですね」
バランの言葉に頷き、少し長くなった前髪を払った。
もうすぐ、アフィルメスはセルドゥガルロと名前を変える。カルロが提案したのだ。一国が全てを支配するのではなく、それぞれが対等に意見できるようにしようと。
その提案の結果、アフィルメスの属国となった国を二つに分けた。
一つはアフィルメスを中心とする、攻撃的な魔道の研究と力を有する国。もう一つは、アフィルメスの次に大きかった国を中心とする、防御的な魔道の研究と力を有する国だ。
前者をセルドゥガルロ、後者をラスラシースと名も変え、新たな大陸の在り方を作る段階に至った。
セルドゥガルロはカルロを王とし、ラスラシースには、エレミルが嫁ぐと言い出した。無理をしなくて良いと言ったのだが、夫となる男とは良い雰囲気のようで、兄としてはちょっと複雑だ。
「アレネス国から脱出した原初の一族の方は?」
「ええ……数人保護した方もいますが、そう簡単には」
あの侵攻を止めた後、すぐに彼らを保護しようと動いたが、あまり良い結果は出ていない。できるなら、全ての人を見つけ出し、直々に頭を下げたいというのに。
カルロは窓の外へと目を向けた。小鳥のさえずりと共に、花びらが一枚風に舞っている。
「そうか。もう春なんだな……」
国内も大分落ち着いた。そろそろ、良い時期ではないだろうか。
「バラン。リーファ・エルリストを探し出してくれないか?」
「は?」
突然の要求に、バランは目を丸くした。マヌケな顔に噴出しながら、カルロはもう一度窓の外を見る。
「約束があるからな。それに、こき使うって言ったんだ。働いてもらわないと」
彼が戻ってきたら、胸を張って言ってやるのだ。『どうだ、約束どおりお前が暮らせる国にしたぞ。だから働け』と。
カルロが笑って見る方向には、蒼い空が、どこまでも続いていた。
※ ※ ※ ※ ※
後ろでカリカリと物を書く音がする。それを耳に流しながら、リーファは作った魔法薬を混ぜようとしていた。あくまでそっと、けして慌てないように――
「先生ぇ!」
「おわっ!」
突然開いた扉と、同時に聞こえた大声。ビクリと揺れたリーファの手から、予想以上に多くの魔法薬が漏れた。
上手く行けば透明なるそれは、見事などどめ色になる。
「お前らなぁ……これ作るのに一週間かかって……」
「そんなのどうでも良いよ!」
「どうでも……」
「ルーベとカルストがまた喧嘩してるの!」
「いっぱい叩いてるの! 早く止めて!」
「またか……」
二人の子供が矢継ぎ早に言う内容に、リーファは溜息をついた。ルーベとカルストはよく喧嘩をする。早くて二時間おき、遅くて二日おきだ。
「先生!」
「ああ、もう分かった。テスタ、先に行ってくれ。俺もすぐ行くから」
「分かりました」
先程までレポートを書いていたもの静かな生徒は、くいっと眼鏡をあげて子供達をつれていく。冷静に見えて手の早い生徒だ。きっと自分が行くころにはたんこぶを作ったルーベとカルストがいるだろう。
リーファは魔法薬がこぼれないように蓋をし、窓の傍においてあった紙に重石を乗せる。ふと、一番上に置いてあった紙を見て頬を緩めた。並んだ文字を一なでし、外へと出る。
その時、まるでリーファを待っていたかのように風が吹いた。その風に乗って、一枚の花びらが飛んでくる。手を差し出せば、その小さな薄紅色の花弁はすんなり手の中に納まった。
あの花畑に咲き誇っていた、彼女が好きだと言っていた花と同じように見える。
確かめるように一度手を握り、開いた瞬間、それはまた風にさらわれた。
高く、どこまでも澄んだ蒼い空に舞い上がるそれを見送りながら、リーファは微笑む。
「きっと、また会えるさ。俺達は」
呟いた声もまた、風が天高く空へと連れ去った。
「先生ぇ!」
「はいはい、今行く!」
子供達の声に引き戻され、リーファは歩き出した。
吹く風と小さな花びらに、あの綺麗な笑顔を思い出しながら。
※ ※ ※ ※ ※
舞い上げられた花びらは、開いたままの窓からひらりと部屋に入り込んだ。一番上に置いてあった紙の上に乗り、そこが終着点だというように動きを止めた。
花びらの乗った紙は、真っ白な便箋だった。優しい文字が綺麗に並んでいる。
『愛しきリーファへ
この手紙を読んでる時、リーファはどうしてるのかな。予想なんだけど、リーファのことだから、落ち込んだり自分を責めたりしてる気がするな。
そんなの絶対にやめてね。私、リーファには笑っていて欲しいの。リーファはもともとかっこ良いんだから、笑ってないと損だと思うな。
あ、でもだからって女たらしになるのも嫌だからね。研究馬鹿だけど、一生懸命なリーファが私は好きだから。
リーファはやっぱり先生に向いてると思うの。子供達に振り回されながら大魔導士を育てる。リーファならできると思う。きっと良い先生になるよ。
ん~、どうしよう。何書いたら良いのか分かんなくなってきちゃった。
ねえ、リーファ。私ね、リーファとはまた会える気がするの。予知夢でもないし、理由があるわけでもない。でも、きっとまた会えるって思う。そう……信じてる。この出会いと別れは、まだ始まりなんだって。
証拠もないのに馬鹿だと思う? でも、私は信じてみたい。
いつか、いつかまた貴方に会えたら、私何度だってこの思いを貴方に伝えるわ。嫌になるぐらい何度も言うから、覚悟していてね。
今度こそ、貴方の隣で笑って幸せになるわ。だから、リーファも信じていてね。約束よ。
誰よりも貴方を愛すレイアより』
これにて、『Endless Story ~Prelud~』完結でございます。
最後が『エピローグ~プロローグ』なのは、これがもう一つの作品『Endless Story』に繋がるからです。
よくあるファンタジー、よくある設定で書いたもので、物語を書き始めた当初から大枠は考えていたので、思い出深い話でもあります。
泣けるお話。けれど痛々しくはない話、を目指して書きましたが、いかがでしたでしょうか?
この物語が、少しでも皆様の心に残ると嬉しいです。
長い話に付き合っていただき、本当にありがとうございました!!




