第五章(5)
翌日の早朝。すでに準備を終えた民と共に、リーファも広場へと来ていた。
残っていた原初の一族はこれで最後。ここにいる全員が逃げれば国はもぬけの殻となる。
昨日の偵察で、結界が破られるのもあと少しだと分かった。時間としてはギリギリだ。はちあう可能性も高い。
後はレイアとマルファスが来れば。そう思っていた矢先、マルファスが城の方からやって来た。走ってはいるが、焦りのようなものは見えない。
「リーファ殿、たった今召喚獣から連絡が」
「え?」
「どうやらアフィルメスの軍の動きが少し変わったらしく、雪原の方へ向かった者が数名いるとのことです。人数はそれほどでもありませんが、不安はあります。そこで、アフィルメスの動きが読める貴方に、一足先に出てもらいたいのですが……」
沈鬱な声でそこまで言って、マルファスは躊躇った。リーファを先に一人で行かせることに不安があるのだろうか。
目線を下げるマルファスは、ここ数日でずいぶんと老けたように見える。
「それは構わない。安全なルートに魔力痕を残して……雪原の途中で待っていれば良いか?」
「は、はい……お願いできますか?」
「分かった。あ~、じゃあ、レイアのこと……」
「もちろんです」
頷くマルファスを認め、リーファは杖を握って北に向かった。
ちらりと城に目を向ける。今日はレイアとすれ違って挨拶を交わしただけ。今彼女を置いて行くことに心配は残るが、逃げるルートを潰されては意味がない。
リーファは頭を振り、余計な考えを追い払った。レイアと一緒にマルファスもディルスもいる。心配することなど、何一つない。
そう自分に言い聞かせて、リーファは霧が立ち込める森へと足を踏み入れた。
※ ※ ※ ※ ※
マルファスは祈りの間へと急いだ。
リーファを行かせてから数十分後、残りの民達もそれぞれのルートへ向かわせた。最後に残っていたディルスは何か言いたげだったが、メラの存在を促すことで行かせた。
もうこのアレネス国にいるのは、自分と、彼女のみ。
大扉に手を突き、力を込める。何の労力もなく、扉は内側へと開いた。
もう見慣れてしまった壁画。暗い雲に覆われた空を見せるガラスの天井。代わり映えのしない祭壇。そしてそこに――
「レイア様……」
呼びかければ、彼女はすぐに振り向いた。
旅の装いをしたマルファスとは違い、白を基調としたドレスに身を包んだレイア。黒と赤と青で裾や袖に刺繍が入り、一目で何か特別な時に着るのだろうと分かる物だった。
そして彼女は、装飾品も見につけていた。
普段は祭壇に置かれている物。黒の宝玉がついたサークレット。赤い宝玉のついたペンダント。青の宝玉がついたブレスレットは右手に、白の宝玉がついたブレスレットは左手に。
原始の王を表すそれを、彼女はしっかり身につけていた。
「魔王と神王がおいでに?」
床に散らばった黒と白の羽根。それを見ながら問いかければ、彼女は悪戯っ子のように無邪気に笑う。
「うん、ちょっと頼みたいことがあったから」
「そうですか……先程全ての民を行かせました。もう、この国にいるのは私と貴女だけです」
「そっか。ありがとうマルファス。じゃあ、貴方も……」
言いかけたレイアを遮って、マルファスは大きく手を叩いた。そして、極力明るくなるよう、いつもより大きな声で笑いかける。
「さ、レイア様も早くご準備を。急がなければディルス達に追いつけませんよ」
「マルファス……」
「何、外に出ても上手くやっていけますとも。皆そう考えています。レイア様がいれば」
「マルファス」
静かな、だが強い声で名前を呼ばれ、マルファスは口をつぐんだ。
祭壇の上から、困ったようにレイアがこちらを見ている。
「貴方にも頼みたいことがあるの。本当はお願いって言いたいんだけど……マルファスは聞いてくれそうにないから……」
穏やかな声。彼女が赤ん坊だった頃から見てきた自分には、分かってしまった。
「これは女王としての……最後の命令です」
レイアは絶対に決意を覆さないのだ、と。




