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第三章(1)

 アフィルメスの首都に程近い草原。近くに整えられた道はあるが、開拓はあまり進んでおらず、野生の動物達が草を食み、人の気配のない場所だ。

 心地の良い風と共に、ざあっと草の波が軽やかな音をたてる。

 次の瞬間、先程まで誰もいなかったはずのそこに、八つの人影が立っていた。皆一様にフードつきのマントを被っている。


「っと、なんか頭がくらくらする」


 その内の一人がふらりと揺れ、フードが外れた。中から顔を出したのは、目元以外を全て覆っている白い神官服を着たリーファ。見え隠れする金糸の前髪と青紫の目だけでは、これがリーファだとは分からないだろう。そう、レイアは思いながら苦笑した。


「転移魔法は慣れないと、ちょっとね」

「この魔法陣で?」


 リーファが指差すのは、草原から今にも消えようとしている光の魔法陣。一度消えてしまえば、草はまた気ままな風に吹かれる。


「ええ。ここは魔力を込めた特殊な草を植えて作ったんだけど、別に魔力を込めたものなら何でも良いの。色粉で描いた魔法陣とかね」

「これと、出発時の魔法陣を連鎖反応させて移動するのか……かなりの魔力を使うな」

「まぁね。でも、魔法陣を描く際にそれ相応の魔力を込めておけば、後は微調整だけよ」

「その微調整が難しいんだよ……」


 二人の魔法談議に割って入ったのは、膝に手をついて荒い息をするディルスだった。顔面蒼白とまではいかないが、その顔色には疲労がにじみ出ている。


「だらしないな、騎士様」

「うるさい! 帰りはお前がやってみろ。いくら魔力が多くても、この繊細な微調整はまるで絵画の刺繍をするかのごとく……」

「ディルは大雑把だから」

「レイア!」


 割って入られたお返しに口を挟めば、ディルスはグワッという音が聞こえそうなほど、勢いよく振り返った。その表情がなんだか妙にマヌケで、レイアはさらに笑みをこぼす。

 レイアが視線を下に移すと、リーファはまだ草や土を触って魔法の構造を探っていた。出会ってすぐに分かったことだが、彼は本当に研究熱心だ。


「なあ、どうしてここはわざわざ魔力を加えた草を植えたんだ?」


 聞かれるだろうな、と思っていた質問に、レイアは辺りを見回した。何もない。遠くに一応ながら整備された道は見えるが、それ以外何もなければ、誰の気配もしない。


「転移魔法は、研究のやり方によってまだまだ発展するわ。基本的なものといえど、アフィルメスの領内に構造が分かるものを置いておきたくはなかったの」


 アフィルメスは巨大な軍事力と、魔法に精通した魔導士を大量に抱え、今の大国という地位を手に入れた。リーファのような優秀な魔導士は他にもいるはずだ。そんな所に、たとえ一端とはいえ新たな魔法を見せれば、改良される恐れがある。

 そしてそれは、アレネス国の周りに張られた結界を越えられる可能性を大きくする。


「そっか、まあそうだよな……」


 事情を察したのだろう。リーファも思案げな顔で頷いた。だが、その後にポツリと――


「あの国はそれ以上のことやってるけどな」

「え?」


 呟かれた言葉に聞き返そうとしたその時、傍にいた者達がスッと表情を引き締めた。

 その内の一人、マルファスがフードを脱ぎ、アフィルメスの首都の方向を目線で促す。

 おざなりに作られた道を走ってくる黒塗りの馬車が三台。さらに、その前後を固めるようにして連なるアフィルメスの兵達。

 それを認めたレイアも、表情を消し、すっと背筋を伸ばした。


「迎えが来たようね」


 会談を受け入れるに際し、場所と時間を指定して迎えを要求した。こちらの移動方法、そして、結界や迷いの森を抜ける方法を万が一にも悟らせないためだ。

 レイアは一度瞳を閉じ、ゆっくりと開けた。

 どんよりと曇った空。もう、何日もこの空が続いている。多くの闇が光を遮るように。


「行けますか?」


 振り返らずに、レイアはリーファに聞いた。

 ここから先、自分は女王、彼は自分に仕える神官。砕けた口調も、馴れ合いも許されない。少女レイアではいられない。決して砕けぬ女王レイアの仮面が必要なのだ。

 リーファが一歩半ほど後ろに控えたのが、気配で伝わってくる。


「ご心配なく。問題ありません」


 返される言葉もまた、彼が被った神官の仮面のなせる技。その態度は演技なのに、少し胸に痛みを感じる。


「では各々方、参りましょう」


 足元を撫でる柔らかな草の上。レイアは強く一歩目を踏み出した。


(原始の王達よ……貴方方は、私の行動をどう思われるでしょうね)


 誰にも分からないように、自嘲めいた笑みを口元に刻む。

 それでも自分は、できることをしておきたい。そう、今は見えぬ青い空に呟いた。




   ※ ※ ※ ※ ※




 アフィルメス城の一室。王子の私室で、カルロは椅子を蹴り倒して立ち上がった。


「何だって……?」


 膝を突いたバランからの報告に、驚きとも困惑とも取れる声音が吐き出される。


「宰相ザーグが秘密裏に書状を送った模様です。先程、アレネス国より数名がこの国に。女王も、共に来ているとの報告が……」

「あの、原初の一族が出てきたというのか?」


 原初の一族と言えば、生ける伝説とも囁かれている不明瞭な一族だ。世にいる魔導士よりも強い魔法を扱い、自国の領土といえど結界外には姿を見せることが稀な集団。

 時々それと思われる人間が目撃されたりはするが、彼らはアフィルメスなどが戦争を始めた際も介入してこなかった。


 静かな、と言うよりは逆にその存在が大きく見えてしまう恐ろしい沈黙。その沈黙を破って、彼らが表舞台へと現れた。


(なぜ、あの国が今……)


 再三、あの国に書状を送っていたのは確かだ。リーファがその書状を製作している場面も見たことがある。しかし、返事はいつも『手を出さない代わりに手を出すな』というもの。常にその態度を変えなかったところが、ザーグの声に応えたというのか。


「バラン、行くぞ」


 カルロは急ぎということで正装用のマントだけ上にはおり、扉へ向かう。


「王子を差し置き、宰相が独断で別の強大な力と接触するのは謀反の疑いとも取れる。たとえ王の許可を取っていたとしても、僕に何の話もないのは無礼だ。乗り込む」


 どのような理由で女王が来たにしろ、それを出迎え、接待するべき人間は現時点ではカルロだ。許可を取らぬまま、宰相がしゃしゃり出て良いはずがない。


(ザーグ……ッ)


 ざわりと胸に起こったどす黒く重い感情。カルロは不快感を隠しもせず舌打ちをした。

 どこまで馬鹿にすれば気が済むのか、どれほどのものを手にすれば納得するというのか。

 カルロは乱暴に手を伸ばし、扉の取手に触れた。瞬間、バチィッという音と共に、カルロの手から痛みが全身へと走る。


「殿下!」


 咄嗟によろめいたカルロを、バランが支える。未だに痺れの残る掌。そっと裏返せば、火傷を負ったように爛れていた。


「大丈夫ですか?」

「ああ……これはいったい……」


 軽い回復魔法をかけられ、痛みと痺れが和らぐ。バランが身長に扉に近づくと、軽く指先だけを触れた。途端に指は弾かれ、火花が散る。その時揺らめいて見えたのは、何重にもかけられた複雑な魔法の構成。


「結界か……」


 窓の方を見やれば、やはりこちらも同じ構成が見えた。ガラスに触れぬよう外を覗けば、いくつかの魔法陣と、奇妙な彫りを入れられた宝石。双方共に、結界魔法のための物だ。

 おそらく扉の外にも同じ物が置いてあるだろう。バランが入った直後、誰かが発動させたのだ。

 カルロを、ザーグと女王の会談に出させないように。


「……解けるか?」

「時間はかかりますが。やってみましょう」


 バランは優秀だ。あのリーファが認めていたほど。だが、この複雑に重なり合った結界を解くのはさすがに骨が折れるだろう。カルロも手伝えれば良いのだが、実力としてはバランより遥かに劣る。


 カルロはもう一度窓の外を見やった。暗雲立ち込める疎ましい空。まるで、自分の心のようだと感じる。

 最近、誰かが心の中で囁くのだ。『ザーグを始末すれば良い』『自分は王子、逆らう者など消してしまえば良い』と。

 カルロは幾度か頭を振り、額を抑えた。火傷を押し付け、痛みでそんな考えを振り払う。


(ダメだ……ザーグと同じ考えに走るな。権力は必要だ。でも、横暴さは破滅を招く)


 リーファが言った。『ここがお前の戦場だ』と。周りは味方でもあり敵でもあるこの城。敵が味方になることがあるように、味方が敵になるのも一瞬のこと。まだ年若いカルロは、今手元にいる味方を減らすわけにはいかない。


 それでも黒い感情は大きくなる一方。まして、あのザーグの元に原初の一族がつくとなればなおさら――


(リーファ……僕はどうすれば良いっ)


 頼ってはいけないと、頼るのはもっと後だと分かっていても、求めてしまう。誰よりも信頼していた、彼を。

 カルロは片手で顔を隠したまま、泣きそうになる己を叱咤した。


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