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第二章(5)

「と、言うことはだ。君達が召喚する時に使う魔法陣っては、魔導士が使う魔法の構成を具現化したものじゃないってことなんだね」

「うん。あれは、一種の扉みたいなものよ。呼び出す召喚獣を模した図柄が多いかな」

「なるほどね。だから勝手に出てくるのか。魔法も『意味ある言葉』はいらないの?」

「私達は『意味ある単語』かな。長い呪文でなくても『炎よ!』って念じれば使えるわ」


 花畑で二人一緒に食事を取り、ちょっと良い雰囲気になるか、とはいかず。二人は熱心に魔法の談義をしていた。ディルスの望みなどここには露もない。


「やっぱり奥が深いね、同じ魔力を使っても、にこんなに差があるとは」

「興味を持ってもらえたなら嬉しいよ」


 花の中で笑うレイアは、純粋に可愛いと思う。今ここにいるのは女王の彼女ではない。素直な、まだ十八歳の少女だ。

 ただ、リーファは気づいていた。

 彼女の笑顔はとても好きだ。だが、満面の笑みで笑うことは少ない。どこか影を帯びたような、少し突けば一瞬で全部崩れてしまうような、そんな儚い笑みを見せることが多い。


(仕方ないよね。純粋な興味をよせる奴なんて少なかったんだろうし)


 リーファのように魔道をただ興味にする者は少ない。大体はその力を利用しようとする。そういった輩から国と民を守ってきたのだ。この、目の前にいるたった十八歳の少女が。

 そう考えると、リーファは自分の行動も失敗したように思う。


(休憩の時ぐらい、女王から普通の女の子に戻りたいよな)


 だから国の者ではなくよそ者のリーファを誘ったのだろう。それなのに自分が振った話題は魔道や召喚に関することばかり。

 何か普通の会話を。そう思って探そうとするが急には出てこない。研究ばかりやっていた自分を今更ながらに恨めしく思う。

 その時、リーファはふと手に薄くかかる白い靄に気づいた。森を覆っている霧が、ここまで風で流れて来ているのだ。


「そういえば、この霧も凄いよな。まったく晴れないなんて」

「え? ああ、これは原始の王がここを創った時に作ったものらしいわ」

「原始の王が!?」


 それはまた、世界一価値のある霧ではないだろうか。


「うん。アレネス国を護るための霧。消えることなく、晴れることもない。無断でこの地に入った者を迷わせ外へと追い出す魔性の霧。でも、強い魔力を発しながら歩けば、霧をまとわりつかせず、国に入ることもできるよ」


 それはそうなのだろうが、この森を歩く間中、常に魔力を発していられる人間などめったにいないだろう。それこそ森で倒れ、野垂れ死にである。


「はぁ、また凄い霧を使ってるもので……」


 この花畑より外を覆う結界といい、この霧といい、国一つが難攻不落の城砦のようだ。

 感嘆の溜息で霧を見つめるリーファに、レイアはまだまだ、と言って指を立てた。


「もっと凄い霧がここにかかる時があるんだ。さて、いつでしょう?」

「もっと凄い霧って……」

「うん、完璧にどんな人でも締め出しちゃうの。この森に触れるのもままならなくなる濃い霧よ。触っただけで怪我もしちゃうし」


 つまり、その時はたとえ結界を越えてこの花畑に来られたとしても、そこから先にはまったく入れないということだ。そんな霧が出る時期というと。


「何か、国をあげての儀式とかがある時?」

「ブッブー、残念はずれ。答えは、王が死んだ時だよ」

「……は?」

「だから、王が死んだ時」


 あっけらかんと笑顔で答えるレイア。どうやら嘘はついていないらしい。


「だってそうでしょう? 突然王が死んで、もしその時結界を越えられたりしたら? 国が慌しく、その対応がすぐにできないとしたら? 攻められて滅んでしまう可能性があるでしょう。だから、王が死に、次の王が決まるまで、その霧は絶対に誰も通さないの」


 すっごいでしょう、と彼女は自信満々に言ってくる。


「それ、笑って言うようなことじゃないと思うよ。今の王がさ……」

「そうかな? だって国を守る立派な防衛装置だよ。自慢したいじゃない。私が死ぬ時もこれで安心です!」


 そう明るく笑う彼女の笑顔。どうして、こんなに違和感を覚えるのだろう。どうして、胸に不安がよぎるのだろう。

 リーファは無意識に彼女の頭に手を置いた。驚いたのか、レイアは目をまん丸にして顔を振り上げる。少女らしい顔。まだ少女の彼女。その彼女はまだ考えるべきではない。


「自分が死ぬ時のことなんて、君はまだ考えなくて良い。これだけ防衛がしっかりしているならレイアは天寿を全うできる。そんなこと、もっと何十年後に考えれば良いんだ」


 苦笑して、頭を撫でてやりながら言うと、彼女は一瞬、ほんとに一瞬、悲しそうに目をふせ、次いでふわりと優しく笑った。

 どうして、なぜ小さな影がこの顔から消えないのだろう。どうすれば、消してやれるのだろう。


(この笑顔は、似合わないな)


 できるなら思い切り笑わせてやりたいし、こちらもその笑顔が見たい。どうすれば、そんなことができるだろうか、とリーファが思案しようとした時。


「レイア様!」


 前回と同じように、マルファスがこちらに駆けてきた。リーファは慌てて手を離す。

 しかし今はまだ日も暮れていない時間。彼は一体どうしたというのだろう。心なしかその表情も焦りがあるように見える。


「マルファス? どうしたの?」

「こちらをご覧下さい。今、外に出していた使いが持ってきた書状です」


 きょとんとした表情のままそれを受け取ったレイアは、目を通すごとに女王の顔へと変わっていった。リーファはごくりと息を呑む。もう彼女の目は十八歳のそれではない。


「ど、どうした?」


 国政に関わることなのだから口を挟むべきではない、と頭では分かっていたが、二人の雰囲気に言葉が漏れてしまった。

 レイアは一度大きく溜息をついたかと思うと、その書状をリーファに手渡した。


「……俺が見ても?」


 一度頷かれ、リーファはそっと紙を開け、驚愕と呆れに目を見開くしか出来なくなった。


「な、何だこの書状!」


 それは、よく知る国からのいわゆる国交を求める書状だった。

 内容を略せば以下のようなこと。


『貴国はこちらの再三の要求に『否』の返答ばかり。話を聞く気がないように思える。ついては一度談義の場を設けたい。女王に参じていただき、正直な言葉を交わしたい。この要求すら受け入れられない場合は、貴国がこの大陸で生きるための最低限の交流も廃棄しているものと考え、この大陸の未来のために全力を持って攻めさせていただく』


 などといった、ふざけるにもふざけすぎた内容だった。


 まず談義の場を『もしかしたら攻める』と言っている己の国でしようということ。さらには談議に出る者を女王と名指しにしていること。そして、大陸でも権力はこちらが持っている、などという最後の口ぶり。

 何もかもがふざけていて、まったく品のない失礼な文章である。しかもこの書状は――


「まったく、アフィルメスは一体どうなっているのですか?」


 マルファスの言葉にリーファは唇を噛んだ。

 間違いない。あいつだ。あいつが現在政権に深く関っているのだ。自分を貶め、国を乗っ取ろうとしているあいつが。


「レイア様、いかがなさいますか? 戦争は好ましくありませんが、意味もなくこちらを下に見られるのも問題です。このままでは大陸でアフィルメスがのさばるだけに……」


 そう、その通りだ。アフィルメスはすでに大陸の全ての権力を握っていると思っている。この傲慢な態度からひしひしとそれを感じる。


「とにかく当たり障りのない断りと和解の返事を……」

「行くわ」

「は?」

「談議に行くと言っているの。そう返事をしておいて」


 真剣な顔つきでレイアはきっぱりと告げた。それに驚いたのはマルファスである。


「な、何を言ってらっしゃるのですっ、アフィルメスはこちらに攻撃を仕掛ける覚悟もあると言っているのですよ! そんな場所に御自ら出向かれるなど、命をさらけ出すようなものです。あちらはおそらく本気ですよ!?」

「ええ、そうね。本気だわ。だからもし断りの返事を入れたら、戦争に発展する可能性がある。我が国は千年近く争いがなかった。いきなり民に危険な軍になれと?」

「結界があります!」

「相手は魔法大国のアフィルメスよ? 結界が壊れないという保障がどこにあるの? それに、和解をするにしても、私は今のアフィルメスを知らなさ過ぎる。だから行って、この目でちゃんと見たいの。あの国を」

「しかし!」


 未だ言い募るマルファスを、彼女は視線一つで黙らせた。その目には、もう明るい光などない。たとえどんなことでもやって民を護る、冷たい王の目だ。


「どの道、私は彼らには殺されないわ。あそこで死ぬはずがない。なら、和解でも、もし戦争になるとしても、相手方を知っておくのは悪いことではないわ」


 確かに、とリーファは思う。

 未知数の種族、原初の一族の女王。確かに彼女がやすやすと殺されはしないだろう。


「それならば私も行きます。無論、騎士も何人か。良いですね」

「それはしょうがないわね。分かったわ。それじゃあそういう方向で……」

「レイア」


 話がまとまりかけたその時、突然リーファが彼女を呼んだ。振り向いたレイアと、強い瞳で目をあわす。


「俺も行く」


 その一言に、レイアとマルファスは目が点になった。


「な、何を言っておられますリーファ殿。貴方は指名手配で……」

「顔が隠れる衣装を着ていれば何とかなるだろ? それに向こうも、指名手配犯がアレネス国の女王といるとは思わないだろうし」

「それはそうですが……」


 リーファは渋るマルファスからレイアに目を移した。彼女はレイアではなく、女王の顔でこちらを伺っている。知りたいのだろう。リーファの本音を。


「あの書状を書いたのは宰相のザーグだ。今、アフィルメスを裏から支配している男」

「…………」

「でも、彼に反発する人もいる。彼とは逆の考え方をしている者もいる。それが、王子のカルロ。俺の、親友だ。彼と連絡が取れれば何とかなるかもしれない。でもレイアは彼を知らない。だから……」

「リーファを仲介にしろ、と?」

「ああ」


 カルロと手を組みザーグを抑えれば、戦争など起こらないかもしれない。自分がクッションに入れば、アフィルメスとアレネスで友好な関係が築けるかもしれない。

 それは、カルロの力にも、そしてレイアの笑顔の素になるはず。

 彼女はしばしリーファを見つめ、仕方ないと言う風に息をついた。


「分かったわ。私はリーファを信用してる。だからリーファが信用しているそのカルロという人も、一応は信用する。でも……」


 すっとこちらに向けられる視線はひどく冷たい。殺気すらこもった彼女に、リーファは冷や汗が出てくるのを感じた。


「私はこの国と民が大事です。もし、その方と上手くいかない場合、そしてその人では解決が見えない場合、私は容赦いたしません。良いですね」


 問いかけではなく確定の言葉だった。

 女王して言葉を放ったレイアは、そのまま城の方へと向かっていく。

 リーファは息苦しさに襲われ、襟元を緩めた。そのまま空を仰ぐ。


「嫌な天気だ」


 ついさっきまでは晴れていたくせに、今はどんよりと重い雲が出始めている。その雲を睨みつけ、リーファはアフィルメスがある方向に、怒りとも憎しみとも、そして不安でもない複雑な表情を向けた。

 全てはこの談議が動かす。そんな気がしていた。


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