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「貴女との婚約を破棄する」 そう言ってあなたは柔らかく微笑んだ  作者: 曲尾 仁庵


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人質姫と仮面の皇子

「私との婚約を破棄してくださりませ!」


 今日もリアナは、彼女の婚約者を見るなり元気にそう詰め寄りました。婚約者――神聖レダニア帝国の第三皇子であるルシアンはいつものように、怒るでもなく穏やかに答えます。


「それは私の一存で決められることではありません、リアナ殿下。貴女との婚約は帝国とクランフォート王国との約束なのです」


 皇宮の中庭を横切る渡り廊下には、朝の穏やかな日差しが降り注いでいます。理知的な蒼い瞳が諭すようにリアナを見つめていました。リアナは不満そうに口を尖らせます。ルシアン皇子の答えはいつも同じ。声も眼差しも優しいけれど、そこには埋めようもない隔たりがあるようでした。


「貴方様はそれでよろしいのですか? 勝手に婚約を決められ、好きでもない相手との未来を押し付けられて!」


 にらみつけるようなリアナの視線に、ルシアン皇子の表情がわずかに曇ります。側近の騎士が表情を険しくしました。騎士が前に踏み出すのを制し、ルシアン皇子は再び仮面のような穏やかな微笑を浮かべると、やはり優しい声音で言いました。


「是非もなき事。臣民を争乱から守り、世に永久の繁栄をもたらすことこそ皇族の責務でありましょう。そしてそれは、クランフォートの姫君であらせられる殿下も同じではありませんか?」


 王族の責務を問われ、リアナは口惜しそうに俯きました。ルシアン皇子は淡々と言葉を続けます。


「一個人の感情など、天下の安寧に比べればささいなこと。貴女と私の婚約は両国に百年の平和と繁栄を約束する。それは何よりも大切なはずです」


 皇子の言葉は反論できないほどに正しく、優しく、穏やかで、冷たい。このやりとりはもう何度も繰り返してきたけれど、皇子は一度も自身の心を語ってはくれません。リアナはぎゅっと拳を握ります。世の建前を突き崩すには、リアナはまだ幼すぎるのです。


 リアナ・クランフォート、十歳。彼女は神聖レダニア帝国の属国、クランフォート王国の第二王女です。




 神聖レダニア帝国は、この十年で急速に版図を広げた若い国です。元々は大陸に割拠する無数の王国の一つに過ぎなかったレダニア王国は、ガーライル王の即位を機に軍事国家へと変貌し、周辺国を次々に併呑していきました。王の支配欲は俗世の権力のみならず聖の権威にまで及び、その武を以て教会勢力を屈服させると、神の代理人たる大司教の権威を奪い、この世における聖俗の頂点として皇帝を自称し、国名を神聖レダニア帝国に改めました。

 帝国の脅威はやがてリアナの国、クランフォート王国に迫り、ついに三年前、彼女の国は帝国に膝を屈します。当時まだ七歳であったリアナは、服従の証として、そして人質として、帝国の第三皇子であるルシアンの婚約者となり、何の縁もなかった鉄と石畳の帝都へと送られることになったのでした。




 リアナが俯き、朝の渡り廊下に気まずい沈黙が流れます。春の清かな風が吹き、中庭の木々が枝葉を揺らしました。十歳の少女を正論で黙らせた罪悪感でしょうか、十三歳の少年は少しわざとらしい明るい声でリアナに言いました。


「今日はスール森林官が月次報告にいらっしゃるはず。お会いになってはいかがですか?」


 その言葉にリアナの顔がぱっと明るくなります。スール森林官とは、元々はクランフォート王国の大将軍を務め、無敗を誇った王国最高の武人であり、リアナにとっては乳母の祖父でもあります。まるで本当の孫のように接してくれるスールを、リアナは「(じい)」と呼んで慕っていました。


「よろしいのですか!?」


 喜びを押さえられない様子でリアナが問います。スールは未だクランフォート王国の柱石として帝国が注視する人物であり、リアナが気軽に会える相手ではありません。ルシアン皇子は「もちろん」とうなずき、


「私から話を通しておきましょう。時間と場所は後ほどお知らせいたします」


 そう言って踵を返すと、背筋を伸ばして去っていきました。リアナは皇子の背に深く頭を下げます。


「爺は元気にしているかしら?」


 スールにはもう何か月も会っていません。顔をほころばせながら、リアナは自室へと戻っていきました。


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