28話 パーティ
狂鬼の面によって、大久野の上半身が消失した。大久野の死。いや、ガスマスクの破壊によって術者が死んだことで、外界と隔離されていた摩訶不思議な拡張空間が崩壊した。
「おお、戻った戻った」
拡張された空間は元通りとなり、大久野の屋敷の庭に鈴鹿と灰ヶ峰、それから上半身が無くなった大久野の死体が横たわっている。
「……さて、ちょっとショッキングな映像も流れたかもしれませんが、これで日本に蔓延る悪の親玉、蜥蜴の代表大久野もこの世からいなくなりました! 灰ヶ峰くんが頑張ったおかげで母体となる蜥蜴もほとんどが解体されるので、日本から悪の組織は消えつつあります」
【特級探索者でもこんなあっさり倒されるの……?】
【そもそも探索者はパーティで真価を発揮するものだから。連携することで何倍にも強くなるから】
【ワンマンパーティ……いやワンマンギルドの狂鬼さん相手に特級パーティは勝てるのか?】
【いや無理だろ。東京の特級ギルドすら放置してきた西の闇を破壊した男だぞ。なんで倒せるんだよ】
コメントからなんか引かれている雰囲気が感じられるが、きっと気のせいだろう。いつもはモンスター相手だが、今回は生身の人間相手と戦って、更に殺してしまったのだ。そのことでショックを受けているのだろう。そのはずだ。そうに違いない。
【本当に。本当に蜥蜴は無くなるのか?】
「だってよ。灰ヶ峰くんどうなのよ」
「無くなる。代表である大久野は死に、各幹部たちも遠くない未来全員死ぬ。深く結びついた組織から末端の構成員まで、例外なく粛清は始まってるからな」
【これまじでやばいよ。まだネットニュースも流れてないかもしれないけど、ヤクザたちの身内抗争始まってる】
【抗争とかじゃないぞ。そもそも争いが生まれるレベルじゃないっぽい。川崎の件に関わってたとされてた尾道組系列の暴力団事務所、全員死体で見つかってる】
【他にも探索者崩れが殺されてたり、まじで崩壊始まってるぞ】
ちゃんと鈴鹿の言いつけが守られているようだ。遠く離れた地で奮闘しているランドタイガーの事務所に集まっていた連中に、いいぞもっとやれと念を込めておく。
そして世間に知らしめろ。狂鬼に手を出したらどんな結末を迎えるのかを。
「まぁ、灰ヶ峰くんやコメントでもいろいろ報告してくれてる通り、蜥蜴って組織はもう存在しないよ。安心してくれていい」
戦闘も終わり存在進化は解除している。それでも、鈴鹿の黄金の瞳は瞳孔が縦長のままで、渦巻く狂気がカメラ越しに視聴者を捉え続ける。
「今回蜥蜴が滅んだ原因は、俺に手を出したことだ」
言い含める。蜥蜴に続く様な馬鹿が二度と現れないように。電波に乗せて、鈴鹿の怒りを拡散する。
「正面から喧嘩をふっかけてくるならいい。むしろ歓迎しよう。だが、搦め手はダメだ。身内に狙い付けるなんて意地汚い真似はたまったもんじゃない。癪に障る。うっかり関わる連中全員連座で殺してしまいたくなるほどに」
狂気に彩られた青天雷鳥戦以降、鈴鹿の視聴者は選別されている。そんな彼らは知っている。狂鬼ならやるといったらやるのだろうと。現に、画角がずらされ映っていないが、カメラを下に向ければ死体が映るはずだ。他の誰でもない。東の不撓不屈を始めとした特級ギルドすらも放置を選んでいた巨悪の代表がである。西の特級ギルドを始めとした多くのギルドの汚れ仕事を一身に請負い、日本だけでなくアジアにまで手広く勢力を拡大していた蜥蜴が、たった一人の探索者によって滅ぼされた。あれだけ東が手をこまねいた存在がである。
配信だけではどこまでが本当かは彼らにはわからない。崩壊は始まったばかりなのかろくなニュースも流れてこないのだから、本当に蜥蜴と呼ばれた闇のギルドが滅んだのかは判断がつかない。
それでも、彼らは理解した。頭ではない。生物としての本能が、狂鬼に手を出せばどうなるのかを、魂で理解したのだ。
「だからさ、伝えとくよ。探索者とか問わず、あくどいことして過ごしている人たちへ。ぜひ蜥蜴の構成員がどんな最期を辿ったのか、調べてみてほしい。そして振り返ってほしい。自分がやっていることは、はたして狂鬼は許すのかと。もし許さないかもなって思ったら、同じ道を辿ることになるって、肝に銘じておいてほしいね。俺に害が無くても、探索者が人の道理外れた行動取ってたら、ちょっかいかけちゃうかもしれないし」
悪いことをしている人たちにも大切な人がいるのだろうか。いるといいな。その方が、より後悔してくれそうだから。
「願わくば、探索者はダンジョンの事だけを考え、切磋琢磨し合う健全な社会の実現を。では、今日はこれで配信終わり! 今度は普通にダンジョン配信するね~」
初めてのダンジョン外配信が殺人配信とはこれ如何に。なんともひどい内容である。ただ、次からはいつも通りのダンジョン配信をする予定だ。
「あ、そうだった。忘れてた。蜥蜴は潰したけど、蜥蜴に俺を殺せって命令した猛虎伏草はまだ存在してるんだった」
大事なことである。実行犯を潰しただけでは片手落ち。黒幕も倒してこそ、ようやく一段落と言えるだろう。
「という訳で、今から猛虎伏草の拠点凸るからよろしくね~。配信は一旦ここまで! またね~」
猛虎伏草凸宣言により、静かだったコメントが息を吹き返す。だが、いつも通りコメントが質問を投げかけようともぶちッと配信を切る鈴鹿。質問はまた今度受け付ければいいのだ。すまないみんな。
「さてと、お前はどうすんだ?」
鈴鹿はスマカメをしまうと、灰ヶ峰に振り返った。隙だらけな背中をさらしているというのに、何もせずに鈴鹿を見続ける灰ヶ峰に問う。どうするんだ、と。
「どうするとは?」
「お前、支配解けてるだろ」
鈴鹿の黄金の瞳と、灰ヶ峰の血染めの瞳が交差する。
「どっかのタイミングでかかってくると思ったんだけど、来なかったからさ。やらないのか?って聞いてんだ」
灰ヶ峰の支配が解けたのが何時かは正確にはわからない。だが、今朝には解除されてるなというのはすぐに分かった。何かしてくるかとも期待していたんだが、イレギュラーな因子だったはずの灰ヶ峰は支配されていた時と何も変わらない動きを取り続けていた。
「まさか。勝敗が見える戦いに挑むほど、蛮勇ではない」
「嘘だろお前。本音を言えよ。また支配すんぞ」
「……お前と戦うメリットがない」
心底嫌そうな顔をしながらも、灰ヶ峰が答える。
つまり、メリットを見出せば鈴鹿が相手であろうとも戦うということだ。探索者ならばそうでなくちゃ。鈴鹿はうんうん頷きながら、出てきた疑問をぶつける。
「今朝だろうと蜥蜴の事務所行ったときだろうと、それこそ大久野と戦った時だって加勢できたはずだろ? そうしてたら俺を殺せたかもしれない。蜥蜴という組織は残ったままだったかもしれない。これはメリットじゃないのか?」
「蜥蜴が潰れようとかまわない。何も変わらず残り続けたところで、俺にはメリットに感じなかった」
灰ヶ峰の濁った瞳が鈴鹿を捉える。その返答に、まぁそうだろうなという感想しか抱かない。
昨日、広島から羽田に行くフライトで、暇だったので灰ヶ峰の生い立ちについて聞いてみた。なんで道理を外れた道に進んだのだろうかと。
結論は現代の奴隷。それが鈴鹿の感想だった。
ただ、灰ヶ峰が違ったのは、入りは奴隷であったが、ダンジョンで力を付けることに成功した点だ。その結果、成り上がって今の地位に就いた。ある意味ガチガチの叩き上げだ。
居場所が良くてそこにいるとか、好き勝手に生きていたらその道しかなかったとか、悪事が生きがいだからとかではない。最初から、その道しか用意されていなかったのだ。
そのせいか、灰ヶ峰に感情らしい感情はみえなかった。だからだろう。蜥蜴が崩壊しようとも、代表である大久野が殺されようとも、盟友である尾道組を襲撃しようとも、鈴鹿の身内を狙おうとも、全てが等しくどうでもよいのだ。
まるでコンピューターのような考え方。それが灰ヶ峰だった。そして、それを面白いと興味を持ったのが、鈴鹿だった。
「俺と戦わないってのはわかった。残念だけど。で、そしたら今後はどうすんだ?」
「お前の毒を使って自殺しよう。支配はスキルの影響で解除されたが、お前に逆らうつもりは無い」
そう言うと、灰ヶ峰が懐から小瓶を取り出した。ちゃぽちゃぽと音がなっている。しかし、次の瞬間にはつまんでいた蓋の部分だけを残し、そこから下は消滅していた。
「……何をする?」
「あれ、毒無くなっちゃったじゃん。自殺できないねこりゃ。どうすんの?」
「はぁ……。ならば猛虎伏草の雨道にでも襲撃をかけよう。勝てはしないが、やつらに衝撃くらいは与えられるはずだ」
「それも楽しそうだ。けど、もっといい案がある」
そう言って、鈴鹿はにんまりと笑う。見る者によっては夢に出てきそうな恐怖を掻き立てる笑顔だが、灰ヶ峰は何も感じない。
「俺の仲間になれ」
配信を切っていてよかった。鈴鹿の今の顔は、とても電波に乗せることはできない。それほど凶悪な顔をしていた。爛々と熱を帯びた黄金の瞳が、いいことを思いついたと弧を描いている。
「まずは理由を聞こうか」
「強いからだ」
当然だろう? そう鈴鹿は即答する。
むしろそれ以外で仲間にする理由があるのだろうか?いや、ない。
「俺は特級にすら至っていないんだぞ?」
「なんだ? ミスリードか? 俺がそんな肩書しか見ない能無しだとでも?」
灰ヶ峰は強い。蜥蜴という膨れ上がった裏社会を統べる次期代表にふさわしい力を備えている。それにまだレベル200に達していないと言う点がとても魅力的だ。それはつまり鈴鹿手ずから強くする機会があると言うことでもある。
「俺にとってお前は都合がいい。雑に扱っても良いと思えるのが何より素晴らしいな」
「奴隷でも欲しいのか?」
「いいや。お前が探索したくない、ダンジョンに行きたくない、俺から離れたい、自由になりたい。そう思うのならどうぞご自由に。自殺したいと心の底から願うなら、好きにするといい」
鈴鹿は強制したいわけじゃないんだ。今までも一人でダンジョンを探索してきた。それで十分だったし事足りた。だが、この優秀なアシスタント灰ヶ峰くんを連れまわした時の便利さもまた、捨てがたいと思った。これで成長限界を迎えたレベル100程度の探索者ならば、好きに生きるといいと放流しただろう。だが、灰ヶ峰は特級に至る素質のある探索者だ。放流するにはもったいない。
「あくまで選ぶのはお前だ。俺はお前に仲間になることを強要するつもりはない」
言いなりになっていやいや従いました。そんな気分悪い人間とダンジョンに行くつもりは無い。
「ただ、何もしたいことは無く、何も目的もなく、何をしたらいいのかもわからないなら、俺についてこい。共に果てしなく強くなって、その後にやりたいことでもやればいい」
灰ヶ峰の人生は、言われたからやる、これに尽きた。それだけをし続けた人間が急に自由を得たとしても、やりたいことが見つからないなんてこともあるだろう。なら先送りすればいい。やりたいことが見つかるまでの間、腰かけだろうと俺の役に立ってくれたらいい。そしたら強くしてやる。win-winの関係だ。
「世間がそれを許すと思っているのか? それに、俺が裏切るリスクを背負ってまで仲間にする価値があるとでも?」
「世間? 裏切るリスク? おいおいおい。どうした灰ヶ峰。人間味が出てきたんじゃないか? そんなクソしょうもないこと考えられるなんて、この1日2日で随分成長したんじゃないか?」
驚きだ。そんな一般人が考えるようなことを思いつくとは思わなかった。実は鈴鹿が想像するよりも灰ヶ峰は人間らしい。
「世間の許しなんて必要か? 今まで何もしてこなかった連中の囀りなんてクソくらえだろ。それにお前が裏切る? 大歓迎だ。俺はお前と戦ってみたい。その時はぜひ全力で来い」
どこまで灰ヶ峰が強くなるのかわからないが、今の時点でも十分楽しめそうなんだ。裏切るならばしっかり強くなってから裏切ってほしいものである。その方がきっと面白い。
ふっ。
その時、灰ヶ峰から笑ったような声が聞こえた。だが、顔を見てもいつも通りの無表情。気のせいだったかもしれない。
「……いいだろう。やることもない。俺を抱え込むことで厄介ごとは増えるだろうが、世話になる」
「もはや自重するつもりもない。厄介ごとが来たなら潰す。よろしくな、灰ヶ峰」
鈴鹿が差し出す手に、灰ヶ峰も握手で応じる。
蜥蜴は殺し尽くすと誓ったはずだ。それなのに、次期代表でもある灰ヶ峰を仲間に加えることにする。そこには大いなる矛盾が存在しているだろう。
だが、鈴鹿は気にしない。だって気に入ってしまったのだから。この無機質でいて合理性の塊のような灰ヶ峰を、面白いと思ってしまったのだから。灰ヶ峰の命は鈴鹿の手中にあった。それをどうするかは鈴鹿が決めること。
鈴鹿にとって重要なのは、今したいと思えることだ。鈴鹿にとって許容できる矛盾と貫くべき道理は、鈴鹿の中の基準で振り分けられる。それは朝令暮改すらまかり通る、暴論だ。その代わり、鈴鹿は迷わない。
あっちにすればよかったとか、どっちにしようとか。そんなことをうじうじ悩みはしない。今回の件も、ダンチューバーなんてしなければよかった!とか、悪の組織だって大切な人たちがいるんだから殺すんじゃなくて改心させなきゃ!だから時間がかかってもいいから東と協力して進めよう!とか、そんなことにもならない。こうしましょう。そう思ったら突き進む。周りが見えていない、盲目的だ。そう評価されてしかるべき。
だが、考えてみてほしい。鈴鹿は前の世界でFXなんぞに全財産をとかしている。それはつまり、こうすれば儲かるはずだと突き進んだ結果ともいえるだろう。それと同じなのだ。タイムリープしようとも、鈴鹿の根幹は変わらない。
こうしたいからこうする。それを押し通せる力を持ってるのだから、押し通す。その結果どうなろうと、それはもう過ぎたこと。グダグダ悩まず進むだけ。それが定禅寺鈴鹿という人間性なのだ。
固く誓いの握手を結び、鈴鹿にとってヤスぶりとなるパーティメンバーが加わった。恐ろしく強いが戦い方が狂気的すぎる鈴鹿と、優秀だが厄ネタ満載の灰ヶ峰。この二人がどんな探索をするのか、それはまだ誰も知らない。




