27話 特級探索者戦3
レアリティ表です。このレベル帯からドロップする確率があります。
普通:モンスターレベル 1~
希少:モンスターレベル 50~
秘宝:モンスターレベル 100~
遺物:モンスターレベル 200~
※エリアボスは除く
白夜の様に光り輝く鈴鹿の毒手が、ガスマスクの腹部を捉える。裏社会を牛耳っていただけあり、その身を包むのは最高級品。恐らくレベル200超えのエリアボスのドロップ品で、等級は遺物だろう。さらに大久野はタンク職と思われる。体力と防御中心にステータスが高いはずだ。
そんな諸々など一切関係ないとばかりに、白夜の毒手が腹部の防具を砕きガスマスクの腹にめり込む。内臓を破壊し背骨を砕き、衝撃が全身を駆け巡る。白夜を構成する雷装の能力により、その衝撃に雷撃が付加される。ぶすぶすと肉の焦げる醜悪な臭いに加え、体内にとどまり切れなかった雷撃が外へと放電されバチバチと辺りを照らしていた。
ガスマスクは吹き飛ばされることは無かった。吹き飛ばされるエネルギーすらも余すことなく、全身を破壊するエネルギーへと変換されたのだ。
その威力はガスマスクを瀕死に追いやるには十分な威力であった。頭部全体を覆うように伸ばされていたガスマスクの触手が剥がれ落ち、俯く大久野の顔からガスマスクの面が外れようとしていた。
露になる大久野の顔。存在進化によって完全に蜥蜴の頭部となった大久野の目は焦点が定まっておらず、ぼんやりと剥がれ落ちようとしている仮面を眺めていた。
◇
1935年、大久野は広島の郊外で生まれ落ちた。生まれてすぐに世界は第二次世界大戦へと突入する激動の時代。広島の田舎と言えど、戦争の影響は当然受けた。
父は出兵、兄弟たちも学徒勤労動員を受け兵器を作ったり農作業に従事していた。末っ子であった大久野も、学校に通いながら農作業に精を出す、当時はどこにでもいる一般的な子供だった。
そんな大久野の一度目の転換期は、程なくして訪れる。広島原爆。空がピカッと光ったと思えば、次に来るのは身体の内側まで揺さぶられるようなドンッという衝撃だった。大久野が生き残ったのはたまたまでしかない。そう。たまたまでしか。
割れた窓ガラスによって手足を傷つけた程度で済んだ大久野が見た広島市街の光景は、一生忘れることは無いだろう。
何故自分は生き残ったのか。生き残ってしまったのか。この頃はよく悔いたものだ。水よりも人の方が多く流れる川の光景、町は瓦礫と化しそこかしこに赤や黒に染まった死体が転がっている。大久野はその地獄を歩き続けたが、父も母も兄弟も。誰一人見つけることはできなかった。
大久野は生き残った。ならば生きねばならない。しかし齢10歳の大久野にできることは限られる。住む家も無くなり、すぐに大久野は戦争孤児として浮浪生活を送るようになった。度々浮浪児狩りによって施設に送り込まれるが、劣悪な環境に耐えきれず大久野はすぐに脱走する。それを何度か繰り返していたら、気づけば東京まで来ていた。
浮浪児の命の価値は羽よりも軽い。何よりも軽かった時代。人権などなく、浮浪児は家畜の様に扱われたそんな悲惨な時代だ。たまたま運悪く親兄弟を亡くした子供を、たまたま運良く戦火から生き延びた人間が食い物にする地獄の世界。捨てられたシケモクを拾い日銭を稼ぎ、朝起きれば肩身を寄せ合っていた子供が冷たくなっていた経験を何度も経験し、明日は自分かもしれないと怯えながら眠り、ついに大久野は人間狩りに連れてかれた。
「おう、お前タッパあるな。ついて来い」
暴力の匂いを纏う男たちに囲まれ、抵抗などできようもない。
人身売買か奴隷か。ろくな処遇はされないと危惧していたのだが、連れられた部屋には握り飯があった。そして食っていいという。大久野は何も考えずひたすら食べた。ろくな固形物など何日ぶりだったことか。そもそも、それが罠とか善意なのかとか、そんなことを考えられる教育など受けてきていない。言われるがまま、ひたすら感謝して米をかっ喰らった。
「よし。食ったってことは契約成立だ」
「契約?」
「明日から俺たちについて来い。迷宮へ行くぞ」
大久野に逆らう権利は残されていない。握り飯を食おうが食わまいが、結果は変えられないのだ。後日連れてかれた場所には、黒い何かが佇んでいた。
来いと言われ黒い何かの中へと連れてかれれば、そこは別の世界であった。広がる草原。気持ちの良い澄んだ空気。灰色に支配された大久野の世界に色が差す。大久野が今ではダンジョンと呼ばれるそこに初めて足を踏み入れた時に感じた印象は、ここが天国かというものだった。
そこでの大久野の役割は、斥候だった。いや、斥候なんて立派なものじゃなかった。鉱山のカナリア。ありていに言えば奴隷だ。男たちの前を一人で歩き、モンスターが出ればひたすら盾を使って攻撃をやり過ごす。索敵とタンクが大久野の仕事。
大久野はどんくさかった。何をやるにも、図体だけはでかくなったが、頭は子供の頃のまま。ろくな勉強も受けてこれなかったのだから学が無いのはしょうがないにしても、要領も悪く探索者として活動するようになっても馬鹿にされ続けてきた。
逆に、大久野をダンジョンへと連れ出したパーティメンバーたちは頭が回る連中だった。戦争孤児である大久野ならば替えが利く存在として自由に扱え、それでいて離れられないように飯や僅かばかりの金も渡した。こうすることで自分がやっていることは仕事なんだと認識させ、渡される報酬のために男たちから離れられないようにした。それが雀の涙程度の報酬だったとしても。
男たちはダンジョン内でも上手く立ち回った。危険な索敵と被弾の多い前衛を大久野に押し付け、ガンガン探索範囲を広げてゆく。危険な役回りをいつ死んでもいい大久野に任せることにより、彼らはハイペースで探索を進めることに成功した。その結果、順調にステータスが増加されていき、スキルもまた強力なものが発現していった。
「おいウド」
気づけばどんくさい大久野の名前は独活の大木から、ウドと呼ばれるようになっていた。ウドという言葉が大久野を馬鹿にしての言葉だと気づいたのは、ずいぶん経ってからだった。
「今回の取り分だ」
そう言って握らされるのは僅かばかりの金。一度の探索で得られる金額の何分の、いや何十分の一だというのだろうか。しかし、大久野は媚びへつらった笑みを浮かべて恭しく受け取る。一度分け前について言及したとき大層ひどい目にあったからだ。『あの時飯をやった恩を忘れたのか』、『お前の代わりなんて掃いて捨てるほどいるんだぞ』、『奴隷が逆らってんじゃねぇ』。それは苛烈の一言だった。
折檻を通り越しリンチされ、リーダーの炎魔法によって背中には癒えぬ火傷を負わされた。次の日には罰だと言われ盾すら取り上げられた状態でダンジョンの先頭を歩かされたりもしたし、そこから当分は金どころかダンジョン内で食料さえももらえない日が続いたほどに。本当に、彼らにとっては大久野は別に死んでもいい存在なのだと理解させられた。そして、愚鈍で使えない自分をパーティに入れてくれているのだと、大久野自身もいつの間にかそう思い込むようになっていた。
それは洗脳。スキルなどではない。純粋な刷り込みによる洗脳が大久野を支配していた。
その甲斐あってか、大久野は彼らの奴隷というポジションを確立した。彼らは知恵が回り、東京の裏社会とも深く結びついていた。その手練手管を、ステータスが上がり知力が増した大久野は隣で学び続けた。そして大久野はやがて弱いものを中心に虐げるようになる。自分は強い連中に虐げられ搾り取られている。ならば大久野よりも弱い奴らは大久野に搾り取られてもいいはずだ。そんなとんでも理論を本気で信じ、時には浮浪児が得たなけなしの食糧すらも奪うほどに堕ちていった。
その動きは存在進化を経ると加速する。
仲間は当たりとされる見栄えの良い存在進化を引き当てた。特にリーダー格の男の存在進化先は龍種であり、あの有名な不屈の藤原と同じ存在進化であった。その一方、大久野の存在進化は蜥蜴。別に言う程悪い存在進化ではなかったのだが、虐げる側が龍で、虐げられる側が蜥蜴だったことで仲間内でさらに下に見られるようになった。劣化品、偽物、贋作。もはやかけられる言葉は人間に対するものではなくなっていた。沸々と、蜥蜴という存在進化に対する劣等感が積み重なる。
さらに存在進化を経たことで大久野はその影響が肌に出ていた。寒色系の黒い肌。一目で地黒でも日焼けでもないことは見てわかる。結果、彼の差別は加速する。人種差別など言葉自体存在しないのではと思われた時代。浮浪児というだけで世間の目は厳しいなんて言葉では生ぬるい時代で、更に異形に化けることができて通常でも見た目が黒くて違いがわかるのだ。
見世物小屋なんてものが当たり前にあった時代にだ。世間からの扱いは酷いものだった。ダンジョンによって大久野は高いステータスを得ていたが、その力を一般人相手に振るう訳にはいかない。殴れば殺してしまう。戦争孤児の大久野が殺人なんて犯そうものなら、一発で大久野の人生は終わるだろう。
ダンジョンが出現して日も浅く、探索者の強さも、探索者の恐ろしさも、ましてや存在進化などまだ常識とされていない時代。今でこそ存在進化は成功の証なんて言われているが、そんな価値観は差別を受けた存在進化した探索者による無差別殺人事件など、暗い歴史の上に築かれているのだ。
今日の日本の探索者の地位は、当時の探索者たちの血の滲む尽力によって成し遂げられた努力の結晶。日本をより良く導くために探索者の権利を確立させようとした、崇高な思いが結実した尊いものなのだ。
だが、大久野が現役の時はそんな常識はまだない。ダンジョン内で寝泊まりする際も、色が移ると一人遠ざけられ、存在進化を経た後はより一層大久野は仲間内から遠ざけられて生きてきた。その反動のように、地上に戻れば強盗や恐喝など悪事に手を染める日々が続いていた。
仲間内からはノロマ、役立たず、雑魚、お荷物。攻撃を防ぐことだけが唯一の仕事である大久野は、剣術のスキルも大して上がることは無く、ただひたすら耐えることに特化してゆく。立場も実力もパーティ内で最弱の地位に居続けた大久野は、積もり続ける劣等感に苛まれる。
俺は強い。雑魚じゃない。それを証明するように探索者でもない相手にイキリ散らすが、ダンジョンに行けば何もできずただ耐えるだけの肉壁としての役割しか全うできない現実が待ち受ける。強さへの憧れ、いや、嫉妬だけが大久野の心にこびりついていた。
そんな大久野に、二度目の転換期が訪れる。それはレベル200を超えるために挑んだ、6層1区のエリアボスとの戦闘の時だった。
エリアボスが相手でも大久野のやることは変わらない。一人先頭に立ち、エリアボスに張り付き、ひたすら攻撃を受け続ける。しかし、このエリアボスは強力な単体攻撃を多用するタイプではなく、全体攻撃を中心としたエリアボスであった。
大久野がいくら注意を引こうとも、攻撃が全体攻撃ばかりでは大久野がカバーできる範囲を超えてしまう。さすがレベル200超えのエリアボス。レベル200を超えるための壁。激戦。生きていることが不思議に思えるほど逼迫した戦いの中、彼らは片足を地獄に突っ込みながらもなんとか倒すことに成功する。
辛勝。皆、息を切らせ地面に横たわっている。満身創痍の状態だが、それでも勝つことができた。得られた黒い煙は莫大で、吸収した後に自身がレベル200の壁を越えたのだと即座に理解できた。
大久野はその力を解放する。圧倒的な力が流れ込み、溢れ出る全能感に支配される。今だけは何だってできるという根拠のない自信に満たされた。
その時ふと、大久野は辺りを見た。
転がっている仲間たち。全身ボロボロで、息も絶え絶えだ。壁役を大久野一人に依存してきたため、他のメンバーは攻撃や俊敏、魔力や知力など防御や体力以外のステータスが高かった。片やタンク一辺倒で体力と防御のステータスが突出して高い大久野。同じ威力の全体攻撃を浴び続ければ、立っていられるほど元気なのが大久野だけなのは必然とも言えた。
またふと、手に持っている剣を見てみる。
仲間たちが使っている一級品からは劣っているが、同じ秘宝級の立派な剣を握っている。
気付いた時には仲間たちは死んでいた。何が起きたかはわからない。自分の剣は血にまみれ、仲間だった者たちの死体から装備を剥ぎ取り、ただ一人その場から生還したことだけが事実だった。
レベル200へと至った大久野は、それ以降ダンジョンに入ることを止めた。『探索者の地位向上を!!』、『誇りと高潔なる探索者を目指そう!!』。そんな薄ら寒いスローガンを声高に叫ぶ東京は性に合わず、大久野は地元広島へと帰ることにした。
最近では大阪に新しくダンジョンが誕生して騒がれているが、そこには立ち寄らない。探索者という隔絶した強さを持つ者がいないだろう広島を、大久野は目指した。
広島に戻って始めたのが、探索者としての強さを活かした暴力を生業とする仕事。広島を拠点としていた尾道組と結びつき、大久野は組織を拡大していく。幸いやり方は彼の仲間たちがやっていたことをマネすればよかったため、スムーズに事が進んでいった。
特に特級探索者という肩書は偉大で、大久野は何もせずとも向こうからすり寄る様に媚びを売ってくる。まるで大久野が仲間たちに対して取っていた行動を、彼らは大久野に向かってしてくるのだ。
なんと心地よかったことか。あれほど嫉妬していた心が浄化された気分だった。
その感覚を味わい続けるために、大久野は動き続ける。深く深く闇の中へと進むように、ありとあらゆる悪事に手を染めていった。
自分は強いんだと、自分は雑魚じゃないんだと、そう証明するように。大久野は組織を大きくし、配下を増やし、虚構の砦を築き上げた。
全ては自分の強さを証明するために。自分は虐げられる側ではない。虐げる側なんだと知らしめるために。
だが、今その砦は攻め滅ぼされようとしている。たった一人の探索者の手によって。理不尽な存在の手によって。大久野は追いつめられていた。
ガスマスクの仮面によって意識を奪われていた大久野は、ガスマスクが剥がれ落ちる様をぼんやりと眺めていた。まるで今まで積み上げてきた大久野の強さもポロポロと零れ落ちていくように、大久野の力も仮面と共に失われていくように感じた。
「俺は……強く………」
なれたのだろうか。この小さな理不尽にとって、大久野は強く映ったのだろうか。
虐げられ、搾取され続けた大久野は、ただ焦がれていたのだ。強さに。誰にも奪われない本物の強さに。けれど大久野では届かないことは本能の部分で理解しており、そこから眼を逸らす様に裏社会での権力をかき集め続けてきた。
強さが貴ばれる探索者の世界において、別のベクトルで力を付けた大久野。その力はどう映ったのか。
知りたい。認められたい。本物の力を持つ者に。俺は―――
「ああ! ダメじゃないか、仮面取れそうだぞ。仮面あってもクソ雑魚なんだから、せめて着けとけよ」
その瞬間、大久野の中に残っていた人間性が崩壊した。
自分自身の慟哭なのか、はたまた仮面の哄笑か。ガスマスクが大久野を乗っ取ろうと再度触手を絡める中、大久野はその全てを受け入れた。
もはや意識など必要ない。もはや人であることなど望まない。
望むのはこの理不尽を殺すこと。
アイテムの力だろうが、大久野でも高みへと行けることを証明する事。
仮面の力を十全に受け入れ、大久野の自我が破壊し尽くされることで、ガスマスクは本来の力を取り戻す。
如何なる生命も拒絶する、絶対なる力。
毒魔法レベル10によって生み出される、絶死の世界。
眼前に佇む理不尽を殺すに足る魔法。
それは奇しくも蠱毒の翁が動画で最後に見せた毒に酷似していた。異なる点はレベル8が生み出した毒と、レベル10が生み出した毒ということ。その違いは小さいようでいて、歴然たる差が横たわっている。
「おお、やるじゃん。雑魚マスク」
鈴鹿は絶死の世界に取り込まれる。途端、崩壊が始まった。
手足が空中に溶ける様に失われていく。ハラハラと、風に吹かせて宙を舞うように身体が失われていた。状態異常耐性のスキルがレベル9もあり、自己再生のスキルがあり、聖神の信条によって自動回復するからこそその程度で済んでいた。本来であればこの絶死の世界に囚われた瞬間に死が確定する、そんな空間であった。
鈴鹿の持つ様々な権能に抗うように、絶対に命を摘み取るという明確な執念の炎を燃やし、ガスマスクが毒魔法を行使し続ける。
崩壊する自分の身体を見て、鈴鹿は笑っていた。面白そうだなと。いいこと思いついたと。
その瞬間、展開されていた絶死の世界が消滅した。
滅却の魔眼を発動させたわけではない。鈴鹿も使ったのだ。毒魔法を。絶死の世界を消滅させることを目的とした、無害な毒を生み出したのだ。
その結果がこれ。
ガスマスクが生み出した毒魔法は、余すことなく鈴鹿が発動した毒に侵食され失われた。外野からは何が起きたかわからないだろう。だが、効果を打ち消された本人は何が起きたのかを詳細に把握する。
それは目の前の理不尽が、自身が持つ最大の武器であり誇りであった毒魔法レベル10と同等のレベルに達しているということを。そして、抵抗もできずに自分の魔法が消滅させられたということは、毒魔法の扱いも、魔力操作など含む諸々も、自分がはるかに下回っていることを。
装着者に人ならざるものの力を与える仮面が、現実を受け入れられず呆然とする。その様は、皮肉にも人間の様であった。
「どうしたカスマスク。もう打つ手なしか? それとも愚図のノロマ過ぎて、それで必死に動いてたりすんのか?」
ガスマスクは毒魔法を着用者に与えるだけが能力ではない。着用者のステータスを強化し、潜在能力も解放する。防御一辺倒とはいえ、二回存在進化を経た探索者の身体はステータスの強化だけでも恐ろしいほどの恩恵を受けられる。例え大久野の剣術スキルが低かろうとも、ガスマスクが身体を操るのだからそこも補える。それに加え圧倒的なステータスによって、相手の技術が上回っていようとも細かな技術もろとも粉砕できる……はずだった。
目の前の小さな理不尽が発する圧が、ガスマスクの足を地面へと縫い付ける。毒ガスにより苦しみ助けを乞いながら死にゆく標的ばかりを見てきたガスマスクにとって、初めて立場が逆転した。蛇に睨まれた蛙のように動けない。動いたら殺される。100%確定した未来が待っていることを理解してしまい、ガスマスクは抵抗すらもできなかった。
「はぁ、がっかりだよ。本当に。気合のかけらもねぇやつが、弱い者従えてイキるなよ。目障りだ」
何を言われようともガスマスクは動けない。指一本、ガスマスクに繋がるホースすらも、動かしたことで小さな理不尽の興味を引くことに怯えて。
「まぁ、こんなでもせっかくの特級だ。無駄なく活用してやるよ。俺はエコな男だからな」
いつの間にか、小さな理不尽の顔には厳かな半面が着けられていた。目元ではなく、口を覆う形をした、鬼の口をかたどった面が。
それを見て、ガスマスクは理解した。全てにおいて相手が隔絶した力の持ち主だったことを。隔離障壁に取り込むのではなく、弾くべき存在だったことを。
「いただきます」
そのひと声を最後に、ガスマスクはこの世から消滅した。




