第14話 突貫作業(その2)
12月8日月曜日、船積み2日前。いつも通り、上田が8時前にホテルを出て作業場へ入ると、朴部長が金を問い詰めていた。
「こんなもので輸出が出来ますか――」
珍しく朴が声を荒げて金に迫ると、
「そんなことはL/Cに書いてない――」
と、木で鼻を括ったような返事。
朴に話を聞くと、輸出梱包用に届いたダンボールが、まるで画用紙のようだと言う。実際上田が現物を触ってみると、それはいかにも薄い。
仕方なく上田はまた自ら街へ走り、市販の梱包材を買い揃えるしかなかった。
その日の内に、検品を終えた1万本を梱包して、指定の倉庫へ搬入を終えた。
翌12月9日火曜、実質的な最終日である。
残り8千、既に半数は前日までに完成していた。
あと4千本、上田は時間通りにホテルを出ると、一人事務所へ向かった。
「オセオセヨ―」
と、元気な声で戸を開けた。だが開けて驚いた。
ミシンの音がしないと思ったら、女工が誰もいない。上田は慌てた。普段覗くことのない奥の部屋へ入ったが、簡易ベッドに誰もいない。もぬけの空だった。
上田は作業場へ走って朴を呼んだ。
「朴さん、事務所の方、誰もおらん――」
それを聞いた朴も慌てた。
すぐに2人で事務所へ戻ったが、やはり誰もいない。仕方なく近くの商店街へ走ると、向こうから若い女工が一人、ビニール袋を手に戻ってくる。
駆け寄った朴が事情を聞くと、朝早く金社長が来て、今日は休めと金を渡したらしい。とにかく1人でも戻って、作業を始めてくれと頼むと、不承不承だが彼女は従った。
後は待つしかない。
必ず金も姿を現すと分かっていても、やはり気が気ではなかった。
10時過ぎ、ようやく金が事務所へ現れた。
「なんで女工を休ませた。今日の3時までに残りを出荷せな、間に合わんだろっ」
これまで我慢していた怒りを、上田はぶちまけた。だが金は、口から酒臭い匂いを吐きながら、喰って掛かるよいに言い返した。
「なぜ夕べ、勝手に物を運び出したのか」
と、金の留守に出荷したことを詰る。
「何を言う、日程は伝えたやろ。すぐ女工を呼び返せ。それが嫌ならL/Cキャンセルして、お前に一銭も入らんようにしてやる」
上田は啖呵を切った。もう後には引けない。
なんとしてでも出荷する。これは譲れない。
背丈の割に太い手で金の胸倉を掴み、こめかみに血管を浮かべて怒る上田。その剣幕に対して、さすがに金も黙った。最後は苦虫を噛み下したような顔で頷いた。
女工がへ戻ったのは11時過ぎだった。
「今日は1万ウォン、終わったら皆に払う」
上田がそう言うと、けたたましくミシンが音を立てる。
作業は再開した。だがもう時間がない。
上田は金を見張るため、事務所へ残った。
一方朴部長は外へ出て、作業場へ入ろうとした時、
「ドーン、ブチッ」
と、背後で変な音がした。
「明かりが……」と、朴が呟く。
スロープの下、地下は闇だった。
一瞬視界を失い、振り返ると、スロープには日が当たっている。
「なんだこれは……」
そう言って、朴が戻ろうとすると、作業場から山岡が出てきた。
「朴さん、停電じゃないですか?」
その山岡の言葉に、
(じゃあさっきの音が……)
と思うと、そのまま朴はスロープを駆け昇り、表の通りへ出た。
「ああっ――」
と叫んで、朴は立ち尽くす。
山岡が出てきて振り向けば、奥の三叉路でトラックが電信柱に突っ込んでいる。柱が根元で折れ、変圧器が道路に転げていた。
呆然とする2人の背後に、小刻みな足音が近づいてくる。
そして、
「何やってんねん。蝋燭や、蝋燭――」
上田だった。
事務所も停電で、上田の反応は早かった。
台風の多い淡路島育ち、そこは停電なら蝋燭と、急いで飛び出してきた。
「はよう皆で、蝋燭を買いに走って――」
と叫びながら、上田は駆け抜けていった。
(つづく)