第11話 憤懣やる方ない(その1)
10月31日金曜日、この日休みを取った上田は、久しぶりに朝寝を決め込んでいた。
帰国早々、ビザの更新やら矢部との技術打合せに追われた。それが3日目、ようやく自宅で寛ごうとする上田は、電話で起こされた。
「おとうさん、韓国から電話ですよ」
妻の言葉に、上田は嫌な予感がした。
前夜の酒の余韻を纏ったまま、上田は起き出した。
「もしもし……」
「上田さん、お休みの所、すみません……」
朴部長だった。
実直で流暢な日本語を使う朴が、いかにも申し訳なさそうに言う。
「金社長が消えて、いなくなりました――」
朴部長曰く、上田が帰った日からアパートに戻らず、連絡が取れないと言うのだ。
(だから俺に、どうせいって言うんや……)
憤懣やる方ないと言うのは、この事だった。
上田は1週間、休みを取るつもりでいた。ビザを申請しておいて、どこか家族と温泉でも行こうと思っていた。それを家人に話す前の呼び出しは、いかにも理不尽極まりない。
帰国前に仕上げ場所を確保し、下請けから集荷する段取りも組んだ。後はオリオンに託したつもりが、たった3日しか経っていない。
恐らく朴は李社長の指示で電話をしている。その意味は、あくまでオリオンは代理店であり、全ては新日本の責任だということである。
(誰も彼も他人に責任を擦り付けやがって)
と、思わず怒鳴りたくなる。
だがそれを朴部長に言っても仕方がない。営業部長より運転手を大事にする会社である。同じ海洋大学で十年先輩の社長に、朴は抗う術がない。
(彼も同じ宮仕え、いやそれより下等なサラリーマンでしかないのだ……)
上田は自分にそう言聞かせて返事をした
「分かった朴さん、すぐ戻るわ……」
そう言って上田は、力なく電話を切った。
その日上田は、再び韓国領事館へ行ってビザをもらうと、午後の便でソウルへ飛んだ。
考えてみれば、韓国人の李や朴が探し切れないものを、上田が探し出せる訳はない。だが最早、悠長に悩んでいる暇などなかった。
11月3日月曜日、金社長を探しあぐねた上田が、朴と昼食に出ようとした時だった。
何事もなかったように金が現われた。さっそくとっ捕まえて、狭い部屋へ押し込んだ。
彼は疲れ切った顔で、ミシン工を探しに田舎へ行ったが、上手くいかなかったと言う。
確かに仕上げ場にミシンは入れたものの、女工は5人しかいない。
もちろん女工の手配は金の仕事である。
怒る上田に金は、明日も行くので助けて欲しいと頭を下げるのだった。
翌日上田は、金がどこから借りてきたのか、えらく古いボンゴでソウル郊外へ向かった。
(もはや金社長なしでベルトは作れない)
悔しいが、上田も今はそれしかないと考えている。だが最期まで油断は出来なかった。
(つづく)