第11話 憤懣やる方ない(その2)
韓国の焼酎、今は日本のテレビでCMが流れるほど有名だが、味は少し違う。
物語の中の焼酎は250ml瓶で度数は25度、米麦などが原材料で少し甘い。
透明な液体は、零下まで下がるソウルの冬でも、常温あるいは冷やして飲む。
車は国道を東南へ向かうこと3時間、どこまでも未舗装の難儀な道を走った。
遠くに霞む田園風景は、どこか日本に似ている。それはかつてここで育った若者が、移り住んだ証かも知れない……と、自分らしからぬ思いに、上田は己の弱気を責めた。
自分が自分でない様な錯覚を覚えながら、車の揺れに耐えて窓の外を見ていた。
細い畔道にやっと立つ桑の木、その傍で田を耕す牛に鞭を振るう老人。糸を引くように筋が張り、痩せ細った牛が雄雄しい角を振り回す、それはまるで水墨画の世界だった。
そんな景色の中、車は田んぼの中にぽつんとある平屋ばかりの村に辿り着いた。
金社長は村の入口の広場に車を停めた。
生垣に囲まれて古い井戸がある。家の造りを除けば日本と大差ない。
上田は周囲を見回しながら、車の狭さから逃れる背伸びをした。
その脇を金は一人抜けて、村の奥へ消えた。
しばらくすると金社長は老人を伴い、その背後に3人の少女がついて来ていた。
「上田シー、ひとり……50万ウオン」
金社長は、俺が安く値切ったから金はお前が払え、と言わんばかりに胸を張る。
「なんでやねん……、なんで俺が払うんや」
そう上田が抗うと、金は少女らの肩に手をあて前に押し出す。そして怒鳴った。
そのせいで少女らは肩をすぼめて怯える。
恐らく笑えと言ったに違いない。
だがそれはまるで人身売買であり、いくらなんでも見ていられない。いつかテレビで見た「ああ野麦峠」を思い出して、上田の心を萎えさえた。
2年後にオリンピックが開かれる韓国で、これが現実かと思うと、それは自分のせいではないのだが、上田は酷くやり切れなかった。
改めて少女達の顔を見ると、誰もが頬を赤く染めて、まだ幼さの残る少女ばかり。ただその顔に表情はなく、細い目の奥からじっと上田を睨むばかり。
仕方なく上田は折れた。最後はどっちが金を払うのか、分からないような態度の老人に、上田は渋々金を渡した。
そのまま車の後部座席に少女3人を乗せると、一行は急いでソウルへ帰った。
その夜、近くの旅館に少女らを泊まらせて、上田は金と路地の屋台に寄った。
日が暮れて屋台の裸電球が雑然とした周囲を照らす。
鍋から立ち昇る湯気が、古びた屋台の屋根の隙間から真っ暗な空へ昇っていく。
(ああ……、今日も終わった……)
焼酎を咽に流し込みながら、上田は空を見上げて、しみじみそんな事を思った。
造船所にいた頃上田は、棘のある言葉で上司に疎まれ、最後は勢いで辞めてしまった。あれから十数年、いったい俺は何をやっているのだと、思わぬ訳ではない。
だが新日本には自分を信じて使ってくれる藤原がいる。その思いで耐えてきた。さすがに今度の仕事は先が読めない。だがなんとしてでもやり抜く思いだけは、今も変わりはなかった。
(つづく)




