7 過去の貴方も、今の貴方も好きです。
兄上が言ったように、父上は私の希望であればと納得してくださり、レジェス殿下との面談を申請してくださった。
許可はすぐに出て、2日後に私はレジェス殿下と会うことになった。
心配そうな父上と離れ、私は1人で殿下の部屋に入る。
従者も人払いされていて、2人きりだった。
「サリタ。久しぶりですね」
そう微笑んだレジェス殿下は元気がなさそうで、胸がきゅっと痛む。
だけど、私はその痛みを無視して、殿下を見た。
茶色の瞳に悲しみが見えたけど、私はそれをも無視した。
「レジェス殿下。私をお妃候補からは外し、従者の任を解いていただけないでしょうか?」
知っていたのだろうか。
殿下は驚いた様子はなくて、ただ、静かに微笑んでいた。
「サリタ。全部知ってしまったんですね。私が貴女を望んで王宮に入れたこと。記憶が戻らなければ、そのまま姉上の従者として仕えてもらうつもりでした。私の目が届くところに、貴女にいてほしかったのです」
やっぱり。
卑怯という言葉が浮かんだが、私は目を伏せたまま、次の言葉を待つ。
「サリタ。貴女は少し誤解しています。私は、僕は、アダンとして、貴女を妃に迎えたい、過去の罪滅ぼしをしたいと思っているわけじゃないのです」
どういうこと?
アダンじゃなければ、どうして?
大体罪なんて、アダンはそんな気持ちを持っていたの?
「貴女を王宮にいれるまでは、それはアダンだけの気持ちでした。でも、姉上の従者となった貴女を見て、サリタ自身にも僕は興味を持ちました。アダンではなく、僕の気持ちです」
「それは」
私は何を言いたいのだろう。
「貴女こそ、僕のこと、アダンとしてしか見ていませんよね。アダンに申し訳ないから、僕の妃になりたくないのですか?僕が望んでいるというのに」
茶色の目は濡れていて、涙がこぼれそうだった。
その姿はとても華奢で儚く、私は抱きしめたくなる。
とても不思議な感情で、私はただ、彼を見つめていた。
「僕は、王子として、あなたの離職願いを却下します。あと1年、僕の従者として、僕自身を見てくれませんか?アダンではなく、レジェスとして」
「殿下……」
私はレジェス殿下自身を見ていなかったの?
アダンとしてしか彼を見ていなかったの?
私は自身に問いかけたけど、答えはでなかった。
「サリタ・コンデーロ。これは王命と思って聞いてください。あと1年、貴女は僕の従者として勤める義務があります。1年後、貴女が僕を、アダンではなく、レジェスとして好きになれなかったから、離職願いを受け入れましょう」
レジェス殿下は私に有無を言わせないまま、そう宣言し、私はもう1年、王子付きの従者を続けることになった。
初めての頃のアダンぽさはどこにいったのか。
それからの1年間。彼が私にお嬢様と呼びかけたりすることもなく、王子と従者として過ごした。
レジェス殿下は成長期らしく、身長がぐんぐんと伸び、私を越えて、アダンと同じくらいの背丈になった。体は華奢だけど、顔の作りは同じで、私はどうしてもアダンの面影を追ってしまう。
けれども、殿下は別人だというように振る舞い、私は彼の可愛らしい我侭に振り回されることになった。
それは、まるでヘッサニアがアダンを振り回しているようで、なんだかおかしかった。前世の悲しい思い出は、レジェス殿下によって、塗り替えられ、私と殿下の間で、前世の話をすることはなくなっていた。
1年後のその日がやってきた。
正直来てほしくなかった日で、私は答えを出せないでいた。
従者として傍にいたい。
だけど妃として彼の隣に立つ決心はついていなかった。
彼の人生を、ヘッサニアとして縛りたくなかったからだ。
「サリタ。僕のことレジェスとして、好きですか?」
その日、部屋に呼ばれ開口一番でたずねられた。
体温が一気にあがり、絶対に顔は真っ赤だったと思う。
「僕は、貴女をサリタ・コンデーロとして好きです。これではだめですか?」
私も、目の前のレジェス殿下のことを、アダンと混合することはなくなっていた。
殿下は殿下。アダンではない。
いいのだろうか。
彼の人生に足を踏み入れても。
迷っている私に、殿下は近づき、手をとる。
剣の稽古もしている殿下の手は少し硬い。だけどアダンとは違う、細長い指で、照れなどまったく見せない彼は、触れ合いそうな距離まで近づいているのに、顔色ひとつ変えない。
りんごみたいに真っ赤になっている私とは別だ。
「サリタ。またアダンと比べている?貴女が言ったよね。過去は過去。僕はヘッサニアとしてではなく、貴女を将来の伴侶にしたいと思っているんだ。だめかな?」
殿下の囁きはとても甘く、息ができなくなりそうだった。
この王子はなんて、女たらしなんだろう。
硬派なアダンとはまったく違う。
「僕の最大のライバルは、アダンみたいだね。まったく」
私の考えはすべてお見通しみたいで、殿下は大きな溜息をつかれた。
「あと1年。あと1年でアダンを忘れさせてあげるから」
夜会でこんな顔をされたら、令嬢たちは気絶してしまうかもしれない。
そんな顔で微笑まれ、私は息絶え絶えになりながら、頷いた。
翌年、私は彼の婚約者となり、従者ではなくなってしまった。
前世で短い命を終えた私は、こうして、(元従者の)王子と結ばれ、幸せな結末を迎える。
前世にこだわっていたのは、結局私だったみたいで、レジェス殿下はアダンのような態度をとることはもうなかった。
ただ、夜を共にして、目を覚ますと彼が安心したように笑う時がある。
その時は、きっとアダンに戻り、ヘッサニアのことを思っているのだろう。
胸がうずくけど、ヘッサニアも私の一部であることには変わらない。
アダンがレジェス殿下の一部であるように。
意地を張ってしまったけど、私はやっぱりアダンが好きで、レジェス殿下も愛していた。
(おしまい)