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一話

まだメインヒロインはでません。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 絹を裂くような悲鳴がかすかに聞こえるのを……俺は無視した。

「誰かが助けを求めてます! テイルさん! 行きましょう!」

 だが、無視しない奴がいた。

 行軍中の部隊を急停止させて俺に振り向く少女。

 色素の抜けた金髪を肩でそろえている活発そうなダークテイルフの少女――イリーナがサイズの合っていない少し大き目な全身鎧をガシャリと揺らし、精気に満ちた薄い藍色の瞳を俺に向けた。

「作戦実行中の個人行動は軍紀違反だぞイリーナ少将!」

 ダメだとわかっているが、一応釘を刺す。

 が、その瞬間。

 ギロリ!

 味方であるはずの二千の魔物が、一斉に俺に殺気を向ける。

 なぜ?

「……軍紀違反は打ち首じゃろう?」

 その横で東国の訛りがある、東国特有の武装をした妖狐のシオンが、人形のように整った顔に無表情を乗せ、でも面白そうに頭部に生えた耳を揺らす。

 そんなことを呟く彼女には俺と違い殺気ではなく、むしろ好意的な視線が集まる。

「助けを求める市民を助けるのは神の御心と騎士の勤め! それに人助けをして遅れた分は私たちが頑張ればいいだけの事じゃないですか?」

 イリーナの素直で実直な瞳を向けられ、思わず視線を外し代わりに深い深いため息をつく。

「はいはい、分かった分かった。行くよ、行きますよ!」

 俺は少し考えた後、下馬して「一分隊だけ」と言って声のほうへと走り出す。

 だが俺の言葉に、誰も動こうとはしない。

「ああもう! 俺の命令じゃなくて、イリーナの事が心配な奴はついて来い! いや! 一分隊で良いから!」

 言った途端に全軍の約半分が動きだす始末。

 まったくこいつらは……。

 ため息交じりに、部下にこれから起こるであろう展開の対処を何通りか簡単に説明した後、イリーナに追いつくと、

「これから敵の最終防衛線を突破するための戦で、数百単位で人を惨殺しようとしてる流浪の天才戦略家が、数人の民を救うために、あえて軍紀違反するなんて……素敵だと思いませんか?」

 彼女は明後日の方向を向き、拳を固めていた。

「流浪言うな! 今はちゃんと魔王軍の軍師だ! それに惨殺ってなんだよ俺はそんなに酷いことした覚えは無いぞ!」

「また助けたふりをして、いたいけな娘にいかがわしい事をしようというのじゃろ? 我が祖国では極刑に値する所業じゃ」

 言いながら感情に乏しい、黒い瞳を向けるシオン。

「またって言うな! 俺は一度もそんなことしてないし、捕まったことも無い!」

「なんと! あれだけ魔都国内で非道の数々をしておるのに、尻尾をつかませぬとは……やはり流浪天才軍師の称号は伊達じゃないの」

 淡々と酷い言い草のシオン。

「そ、そんな不純な動機で民を助けようとしていたんですか! 信じられません! 一回死んだ方が良いです! いえ、死んでください!」

「ぎゃふ!」

 鋼鉄製の脛当が無実な俺のわき腹を直撃。

 すげーイタイ!

「どうしたのじゃ? 婦女暴行の妄想でもして、もんどりうっているのかえ?」

 うずくまる俺に、濡れ衣を着せた本人はどこ吹く風で、無表情に、いや、やや嬉しそうな瞳を浮かべ俺を見る。

「婦女暴行に戦略は関係ねー! むしろどっからそんな噂が出てるか知りたいわ!」

 なんとか復活した俺に、シオンは何食わぬ顔で……。

「むろん、わっちじゃ!」

 誇らしげに、存在感の有り余る胸を張る。

 そんなことをくだらないことを言いながらも悲鳴の元に着くと、お約束通り魔物たちに襲われている数台の馬車。

「ほらあれ! 魔都の旗が立ってますよ! 味方ですよ! やっぱり助けに来て正解だったでしょ!」

 ドヤ顔のイリーナが少々鬱陶しい。


 俺たちが魔王軍と言っても、全ての魔物がしたがっている訳では無い。

 特に少数部族や、戦闘狂の奴等、徒党を好まないのはどこにでもいる。

 まあ、人間の社会と同じだ。

 今馬車を襲っているのもその一つ。

 二メートルを超える体格の良い体に、魚の鱗に似た硬そうな皮膚。

 そしてトカゲのような顔。

 リザードマンの一派だろう。

「……まあ、あの豪華そうな馬車なら中身はお偉いさんか、その家族……恩を売っておいて損は無いか」

 思案しながらも、俺は魔物相手に子供を庇うように前に立つ少女の姿を確認。

 もちろん少女も人間では無い。

 遠目から見てもはっきり分かる、頭部から生えた角。

「あれは魔族か、しかも二本の角持ちなら……よし、助けるぞ!」

「ええ! なんでいきなりやる気なんですか!」

「ふむ。それは助けた後、あのいたいけな少女を……」

「テイルさん。また蹴られたいのですか?」

「俺が言った訳じゃないだろ!」

 そんな事を言っている間にも、

「娘も子供も上玉だ! こりゃうまそうだぜ!」

 少女を囲み下卑た笑いをふりまく魔物たち……。

 そこに!

「よし! お前ら! 身ぐるみ……いや、服は着てないから……そのワニ革置いていってもらおうか!」

 配置完了を確認した俺は颯爽と立ち上がると、悪人らしい台詞を最高の笑顔で言い放った。

「なんか、テイルさん。気持ち悪い顔して凄んでますけど?」

「言ってやるなイリーナ。今ぬし殿は『俺の最高の笑顔!』なんて思ってるはずじゃ。気付かないふりをするのも優しさの一つじゃ」

 なぜだろう?

 シオンの言葉が一番胸を抉っている様に思えるのは……。

 と、とにかく、俺の合図に馬車を囲むリザードマンを、さらに弓兵が取り囲む。

 ちなみにイリーナとシオンは俺の後ろで待機中。

「……なんだお前ら! それにわしらはワニじゃない!」

 多分親分なのだろう、他の者より一回りガタイのいいリザードマンが、面倒臭そうにこちらを向いて問いかける。

「魔王軍第十二兵団だ! さあ、さっさとあの馬車を襲え! そしてその後俺たちに全滅させられろ!」

「いや、私たちが襲われる前に、何とかしていただけないでしょうか?」

 俺と親分の会話に、責任者らしい魔族のおっさんが混ざってくる。

「そんなことしたら、こいつらのワニ革と略奪品を戦利品として奪えないじゃないか!」

「あんた! それでも国を守る兵隊か!」

「いや、ワニじゃないって言ってるよな!」

 さも当然とばかりに俺が言うと、おっさんがいきなりキレる。

 まったく最近のおっさんは、カルシウムが足りてないのか、すぐキレる。

 ワニ……リザードマンの親分も何か言っているが、それはスルーの方向でおっさんに視線を向ける。

「おっさんも魔都の住民なら分かるだろ? 俺たちだって暇じゃないんだ、これから敵さんと命賭けて戦争やろって時に、無償で人……魔物助けなんかできるか?」

「……」

 そこはさすが責任者。

 暫く考えた後、おっさんはため息をつきながらも口を開く。

「では、いくらで助けて頂けるのです?」

 なんだか不機嫌そうなおっさんの顔の前に、俺は得意げに人差し指を天に向ける。

「一〇万!」

「たかっ! なんですかそのボッタクリ! 軽く家が建つじゃないですか!」

「ええ~! リザードマンのワニ革とワニ肉の価格に、自分の命の値段だぞ! 安いだろう?」

 そう言われたおっさんは、「うっ」とうなると、再び腕を組んで考え俺の予想通りの行動に出る。

「リザードマンの親分さん。ものは相談ですが我々の命、五万で助けませんか?」

「おう?」

 すっかり蚊帳の外だった自分に、突然話題を振られ困惑する親分。

 でも、俺は頭を整理させる暇を与えず。

「なに~! じゃあこっちは三万でいい!」

 そして、いつの間にか馬車の魔物の命を守る競売が始まる。

「え? わし? えっと……じゃあ、二万で」

「一万五千! それに町までの護衛も付けちゃう!」

「え、え~い! わしらは五千! 当然、町までの護衛もしてやるわ!」

 ま、護衛の料金としては妥当な金額だろう。

 俺はわざとらしく肩をすくめ競売を放棄。

 馬車の魔物たちは、格安の護衛を手に入れた。

 問題はリザードマンたちの安全性だが……。

「わしらは、悪さはするが、嘘はつかねー!」

 信頼性の欠片も無い言葉だった。

「ならば神にも誓えますか?」

 俺が考えあぐねていると、先ほどまで静かに話を聞いていたイリーナが、グイッと前に出た顔と思うと、籠手のついた手を自分の胸元であわせる。

「おう! 神にでも魔王にでも、何でも誓うぜ!」

 よせば良いのに調子に乗る親分。

「いや、そんなに多数の神に誓わなくて良いですよ!」

 ほんわかするやわらかい笑顔。

 間違いなく今、この時点ではこいつは美少女。

 いや、もしかしたら辺境の天使ぐらいには見えるかもしれない。

 その天使様が、その鎧姿の彼女がガシャリと動き、親分の前まで来ると……。

「私の信じる神に誓えばいいです」

 …………鬼になった。

 天使を思わせる笑顔が一転。

 青白く揺らめく、殺気にも似たオーラをプンプン漂わせた、邪神でさえ逃げ出しそうな飛びきり怖い笑顔で、リザードマンたちのほうに右手の小指を向ける。

「……? な、なんんだ!」

 いきがる親分の声も心なしか小さく震えている気がする。

「さぁ、あなたも小指を出して下さい」

 親分の目前に彼女が、籠手を外したしなやかな指先を向ける。

 何気ない彼女の言葉に何か見えない強制力を感じ、親分がごつい手を、怯えながらもゆっくりと差し出す。

 一瞬。

『その指切って約束を守ったらかえしてやろう!』

 とでも言うのかと持ったが、彼女は親分の小指と自分のを優しく絡め。

「指きりげんまん、嘘ついたら……それはもう………………する。指切った!」

「いったい、なにするんだ! いや、なにをするのですか?」

 リザードマンの親分というものが、敬語を使うのを初めて聞いた。

 そんな彼に優しく、でもなぜか背筋の凍るものを感じる笑顔で、無言のまま指を離すイリーナ。

 親分もこの不気味な空気の中、イリーナと指が離れた瞬間に小指をもぎ取られたかと錯覚したのか、大事そうに反対の手で包む。

「お……おう! 本当に……約束破らなけりゃ……大丈夫ですよね?」

「神の御心のままに…………ニヤリ!」

 どうして微笑むところで「約束破ったら地の果てまで追いかけて殺す!」みたいな笑みを浮かべるのか疑問だが……。

 まあ、この約束によりリザードマンが誓いを破る気力を失わせたのだから、良しとしよう。

 リザードマンたちは憑き物が取れたような、でも新たに何かが取りついたように行儀よく馬車の護衛をして、この場からさっさと離れたいかのように足早に去って行った。


まだ続けて投稿します。

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