真・サウスポーなアイツ
こんにちは! ワセリン太郎です!
何と今回、外伝的立ち位置の別小説、『【魔法少女まこと】〜クソ森少年探偵団〜』から “サウスポーなアイツ”が、本編に逆輸入で準レギュラー入りを果たしてしまいます! そう、神丘市営動物園にてマコトちゃんと激闘を繰り広げ、その結果何と……主人公を“撃破”してしまった最強のアイツです。
当然、舞台が同じで時系列もほぼ同じなので、こちら本編の登場人物があちらの作品にフラフラと顔を出していたり、その逆も。とにかく色々と複雑(単純)に噛み合いながら物語が進みますので、もしお時間がありましたら、是非ご一読ください!
実はこのマコトちゃん、レアさん奇行の18年後を描く『ビニール傘と金属バット Second‼︎ 〜Is your head okey?(君、アタマ大丈夫?)〜』においても……いや、ネタバレはやめておきましょう。
因みに【魔法少女まこと】シリーズ、実は三部作で、プロット自体は既に完成済みなんです。
まず、第一部『クソ森少年探偵団』。第二部『わだつみ(海神)の唄』。第三部、『◯◯◯◯◯◯編(ネタバレ防止』。加えて追加短編の『衝撃嘔吐!(フルオート!)鬼畜在来線 特別夜行列車 地獄変』+『恐怖!◯◯、◯◯◯◯◯(ネタバレ防止』……と。
とりあえず一部の方は既に完成しておりますので、ボチボチと公開していこうかと。でも先ずは、レアさん奇行の方をキチンと書いて完結させないといけませんね!(白目
レアと習オバサンが激闘を繰り広げ、トビーの尾てい骨が粉々に粉砕されてしまう数時間ほど前。
ここは市役所庁舎のすぐ西側にあるお城山の頂上付近に位置する、“神丘市営、城山動物園”。平日の午前中という事もあって人影は殆ど見えないが、実は先程から……少し場違いな雰囲気の女性が一人、施設の入場ゲートの前で“園からのお知らせ”の看板を眺めながら、その場にじっと立ち尽くしていた。
長身で輝く様な長い銀髪。そして少し軍服を思わせる様な怪しい服装。
どうもこの女性の場合、ファッションとしてミリタリーなアイテムを取り入れているのとは違い、何かこう印象として……実用性や機能面を押し出していると感じてしまうものがある。加えて足元には軍用ブーツ。当然、この日本においてそういう服飾を好むのは、その筋のプロかエターナルに完治しない厨二病患者、もしくはサバゲ開始直前でスタンバイしている趣味の人ぐらいのものであろう。
ともあれ、ジッ……と隙無く直立する彼女の目の前には、白いプラ板にデカデカと印字された“臨時閉園中”の大きな文字が。
だがそれを暫く眺めていた軍服の女性は、背中に担いだ長めの楽器ケースを『よっこらせ』と背負い直し、入口に張られた進入禁止ロープの固定フックへと、何故だか当たり前の様に手を掛けたのだった。
当然、“園の関係者”ではない。彼女の不審な行動に気付き、受付の奥から中年の男性が顔を出す。
「ああ、ごめんね。申し訳ないんだけど、今日は動物園はやってなくてね……」
そう言った係員のオジサンを一瞥する、長い銀髪の白人女性。
目の前の女性に言葉が通じているかと不安な彼は、『えっと……』と呟きながら、目の前の告知看板を指差した。
現在、臨時閉園中。
実はこの施設、しばらく前に飼育中のヒグマの檻が破壊され、その熊自体が未だに行方不明だという……なかなかにトンデモない事件が起きており、その煽りで現在も営業が再開出来ないままでいる。
金属製の檻はバラバラに“斬り裂かれ”、床には大量の血痕。
熊が行方不明とは非常に危険な状況なので、通常であれば大捜索が行われて然りなのだが、実は落ちていた血液が熊の物だったという事実が……どうにも市警の捜索の足を鈍らせる結果に繋がっている様だった。
要は、『もう熊が死んでるなら、別に危なくないっしょ』的なありがちな方針。だがよくよく考えると、その熊を殺害する程の力を持つ“危険な何か”が放置されている筈なのだが……どうもお役人というのは、基本的に不測の事態には備えない、ある種マニュアル通りの前例至上主義であるのかも知れない。つまり簡単に言うと、“何か起きてからしか動かない体質”という、それはそれで非常に分かりやすいお話なのである。
呼び掛けに応じない女性を見て、頭をポリポリとかく受付の男性。彼はバツが悪そうに彼女を眺めつつ、聞こえるか聞こえないかの声でぼそりと呟いた。
「まいったなぁ。日本語、通じないのかも知れないなぁ。ねえ重田さん、アンタもしかして英語を話せたり……するかい?」
彼からそう問われ、背後にある孔雀の檻の中に居た人物が帽子を取って首を横に振る。
「いやいや冗談はやめてよ。私は若い頃から、人間より動物と話してる時間の方がが長いんだ。英語なんてからっきしですよ」
まあ、それはそうだろう。実際二人共定年を過ぎており、もし再就職をしていなければ……今頃自宅でゴロゴロと、第二の人生を楽しんでいても何らおかしくない年齢なのだ。そもそもこの世代で英語が堪能な場合、それは海外生活が長かったり、または特殊な職業に就いていた可能性が高い事を意味する。要は、その辺のオッサン達に過剰な語学力を求めるのは……なかなかに酷なハナシだという事だ。
“あ、やっぱり?”といった様子でウンウンと頷く受付のオジサン。彼が困った様子で再び女性へ向き直ると……なんとも予想外、突然彼女の口から流暢な日本語が飛び出して来たのである。
「ああ、その件なら心配無用だよ。ちゃんと通じてる。私はこう見えて……実は“色々な言語”に明るくてね。問題ない」
少し、妙な表現だが……女はそう言いつつ、オジサンの額へ掌をかざして何かを小さく呟いた。
「ああ、良かった! 日本語が……喋れるん……だ。それじゃあ……私は……仕事に戻ろう……かな」
現在、臨時閉園中。本来なら事務所へ戻るのではなく、目の前の女性の入園を制止するべきである。だが彼は徐々に表情を失い、まるで何事もなかったかの様に事務所の奥へと引っ込んで行ってしまった。
それを孔雀と共に檻の中から覗き、不思議そうな顔で見送る飼育員の重田さん。
「あれ……? ちょっと、この人、止めないの??」
「さあ。貴殿も私の事など気にされず、自身の職務をまっとうするがいい」
そう言いながら掌をかざす彼女の言葉に従い、飼育員の彼も……急に意思を無くした様に、いや、まるで催眠術でも掛けられてしまったかの様に、立て掛けてあった掃除用のデッキブラシをゆっくりと手に取った。
「そう……だね……まだ私には、やることが……沢……山……ある……んだ」
そして重田と呼ばれた彼も、部外者の侵入を気にも留めずに掃除を再開する。
それを見てニヤリとする女性の足元には……いつの間に割れたのだろう? 綺麗に砕けたガラスの小瓶が落ちていた。当然、その中身は既に揮発し、辺りの空気へ溶け込んでしまった後である。
彼女は檻の中の動物を眺め、ゆっくりと奥へ進んでゆく。
少し歩き、ある檻の前で急に立ち止まった。
「ふむ、雌ライオンか……悪くない」
そう呟いて暫くライオンと目を合わせるが……
「いや待て、彼女は少し歳を取りすぎているな。それにちょっとデカ過ぎるし燃費も悪そうだ。それにこれを連れて帰ると“ネコ嫌いのアイツ”が怒り出すか? まあ、個人的にはライオン連れてるとか、なかなか格好が良いとは思うのだが……」
彼女は腕を組み、少しの間……何かを思案する。
「いかん、止めだ、止め! デカいと交通機関にも乗せにくいし、そういう意味でこの日本は狭すぎる。それにこの彼女はきっと……長い間、この動物園の“顔”として働いて来たのだろう。それを連れて行くのは忍びない。ああ、老兵には敬意を払うべきだ。よし、邪魔をしたな。何か別のヤツにしよう」
再び奥へと歩き出す。
次はアナグマの檻の前で立ち止まり、屈んで奥を覗き込んだが……
このアナグマ、日頃から薄暗い檻のブロックの割れ目に隠れ潜んでおり、餌をもらう時にしか顔を出さない。
その結果、市営動物園という環境で飼われている立場にも関わらず、飼育員の重田さんしかその姿を見たことがないという……もはや半分、彼のペットと言っても過言ではない状態となってしまっているのである。
「コイツはやる気があるのか? いや……駄目だ、間違いなく駄目なヤツだ。勤労の意志が全く感じられない。弛みきっているな、お前は。今すぐにアナグマの名を捨て、“ナマケモノ”にでも種目を変更すべきだろう。いやもしかしたらコイツより、野生のナマケモノの方が遥かに壮絶な一生を送っているのかも知れん。貴様は一度徴兵され、軍で性根を叩き直して貰って来い。駄目だ使えん。よし次!」
溜息を吐き、また歩き出す。
それから、サギの様なよくわからない鳥が二羽居る檻の前を、『鳥は……流石にないな』と一瞥しながら通過し……この施設における、最後の展示動物の前へと到着したのだった。
「むっ!? こいつは……」
キッと真剣な表情になり、その檻の中へと熱い視線を注ぐ彼女。
「ヲッ、ヲッ、ヲッ!!」
──スパアンッ! タッタッタッタッ……
スパアンッ──!!
壁に投げつける──! そして拾いに走る!!
そして再び投げる──!!
奥のコンクリート壁へ向け、何度も、何度も放たれる“剛速球”。まるで野球を練習する人間の壁当てだ。
そしてその長い指にしっかりと包まれた“茶色い何か”は……
驚く彼女。
一体、幾度硬く握りしめられたのだろう? もはやそれは、極限まで磨き上げられた鉄球の様に美しい輝きを放ち、冷たいコンクリート壁の固さにも充分に耐えうる強度を持ち合わせた、至高の一品。
美しい。
その女性は、人知れず溜息を漏らした。
その“道具”の持つ美しさは……間違っても、壁に飾られて甘い称賛を浴び、大切に愛でられる為のものではない。そういう美術品の類とは全く根源の異なる、“何らかの目的”を達成しようとする過程において生まれ、さらに血の滲む様な努力によって叩き上げられた物のみが持つ、究極の機能美。
彼女は、その“業物”が尋常ならざる事を一瞬で見抜き息を飲む。
「あの“玉”、あれは何だというのだ!? 異質だ。重ね、塗り込められて来た“念”の質量が違う。一体、何が奴をそこまで……」
彼はそう、檻の中の“彼”は……以前出会った“とある少女”との再戦を心から願い、来るべきその日の為、休む事なく己を鍛え続けているのだ。
そしてそれは、再び相まみえる日が来る事を人任せに祈る様な生温い気持ちではなく、『命懸けでも再戦し、その上で勝利する』といった、もはや執念と呼ぶに相応しい気迫。それだけが今の“彼”が生きる原動力であり、文字通り全てだった。
一体、そこまでに何が起きたのかと言うと……実は彼、以前その少女に向けて渾身の力で投げた初撃を……難なく躱されてしまったのである。
当然、続けて投げた二撃目を顔面に着弾させ、結果的に仕留めはした。それまでは百発百中、誰にも躱された事はなかったのだ。だが、その絶対的な自信を持って放った“初撃”を笑って避けられてしまう。
実質的な敗北。
外の世界を知らぬ彼には、これが精神的に応えた。
彼のプライドは深く傷付いてしまう。そう、それはもうズタズタと言って良い程に。
これまでずっと、人間如きにアレを躱された事などなかった。全くもって生まれてこの方、一度足りともだ。しかし“あの娘”はそれをいとも容易く成し遂げ、檻の中のこちらを見てニヤリと笑ったのである。
あの娘の名前は確か、人の言葉で……“まこと”……と言ったか?
もちろん二撃目で、宙に浮いたままの彼女の顔面を捉え、その結果、沈めはした。そして“あの娘”の前で高らかに笑い、おどけながら踊ってやった。だが内心、自信を粉々に打ち砕かれた。
(俺には“これ”しかなかったのに……)
笑える様だが……檻の中という狭い世界でずっと生きてきた彼には、本当にそれしかない。食う、寝る、木にぶら下がる。それ以外には本当に……本当にアイデンティティが“それ”しか存在しなかったのである。
いくら忘れようとして顔で笑おうと、心は……泣いていた。
彼は想う。
(そうだ、あの娘に勝たないと……俺はもう、一歩も前へ進めない)
彼女と出会う前は、『二十年で二百勝したい』とか『経験を積んで、MBLの舞台でトップ選手と投げ合いたい』等と天狗になり、夢に見ていたものだ。
だがそれが根底から破壊されてしまう。それもまあ、何ともあっけなく。だが彼は、涙を拭くハンカチなど持ち合わせてはいない。それから……血の滲む鍛錬の日々が始まった。
毎日毎日、壁へと向かって己の排泄物を投げ、そのコントロールを更なる高みへ導く。だがしかし、訓練は長くは続かない。結局、投げ続けられるのは、形の崩れていない排泄物が手元にある間だけなのだ。
(投げられない……)
壁にぶつかって砕けたモノを必死に拾い集め、握り固めてはみるが……足元の砂が混ざって乾き、ボールの形に戻らない。崩れゆくソレを抱きしめ、嘆いた。
(もっと、もっと投げたい……)
鍛錬しようにも道具が無い。とにかく、そんな日が暫く続いたのだった。
焦る気持ちが空回りし、それは浸食する影の様に彼の心をジワジワと蝕んでゆく。
時だけが無常に過ぎ去ってゆくのだ。だが、誰も彼を救ってはくれなかった。
そしてある夜、彼は泣きながら月へと願う。そう、『もう普通のウンコじゃ駄目なんだ! 神様お願いです! 俺に、俺に“何か投げる物”を……ください!!』と。
もしかすると、彼の切実な祈りが天へと届いたのかも知れない。
ある晩、丁度深夜を過ぎた頃だっただろうか? 意気消沈した彼が独り、柵を掴んで外をボーッと眺めていると……闇夜から突然、焼酎瓶を握った白髭の老人がフラリと目の前に現れたのである。
(だ、誰だ……?)
もう動物園は閉園した後で、重田さんもとっくに帰った。そして園の入口には高い柵が掛けられ、鍵を持たない人間は園内に入っては来れない筈。ではこの人物は一体何者だ? そもそも今、何処から現れた……?
彼がそう思って硬直していた時である。酔っ払った老人が……何と! 彼にも理解できる“言葉”で語り始めたのだ。
「これお主、神の事を呼んだじゃろ?」
そう、人間が……人間が、チンパンジーの言葉を喋ったのである。こんな事、自分達と意思の疎通が出来る重田さんにだって無理だ。不可能。
だが目の前の老人は、当たり前の様に言葉を続ける。
「それで、お主は何を願う? 何ぞ悲しいことでもあったんかの? よいよい。お主ら動物も、等しく我ら神属の可愛い子供達じゃ。どれ、ワシで良ければ相談ぐらい乗ってやろう。なに、まだまだ夜はこれから。幾らでも話してみよ」
彼は心底、驚いた。魂が震える……というのはこういう事を指すのだろうか?
(こんな震える様な気持ちを……俺は知らない)
だが彼は、己の誤りに気付いて首を横に振る。
(いや、違う。俺は……俺はこの震えを知っている! そう、その為に俺は今、こんなに魂が震えているんじゃないか! そうだ、まこと! まことだ! 俺は“まこと”に勝ちたい!!)
それから彼は……夢中になって、老人へと話した。
生涯の“好敵手”を見つけた事。そいつに負けて死ぬほど悔しかった事。そしてその彼女は、背が低くて言動も似ていたので……もしかすると種目的に人間ではなく、実は自分達のお仲間なのかも知れない事。その場合、見た事のない顔だったので、もしかするとカドリー・ドミニオンから逃げて来た個体かも知れない事。でも彼女は洋服を着ていたので、本当はチンパンジーでなく、どちらかというと、わりかし人間に近い存在なのかも知れない事。などなど。
とにかく、誰かに聞いて貰うには今しかないと思い、必死に喋る。
侵入防止の柵に腰掛け、焼酎を呷りながら相づちを打つ神様。
そして最後に一つ、彼は心から願ったのだった。
「神様お願いです。俺に一つだけ……ボールを一つだけください!!」
願いを聞いて頷き、ゆっくりと立ち上がる神様。それから神は……彼へと優しくこう伝えたのだった。
「ならばお主……そのウンコ、岩の様にガチガチに握り固めて投げれば良いハナシじゃろ?」
神が導く言葉。それを聞いた彼の頬を……暖かい物がゆっくりと伝い、ツツーッと流れ落ちてゆく。それは月夜の幻想的な輝きに煌めき、まるで希望の結晶。
彼はこう思った。『神様……超アタマいいじゃん……』と。
明くる日……彼の全てが変わる。
そう、もう誰かに祈り、すがり、甘え願うのを止めたのだ。彼の瞳には戦士の輝きが灯り、その表情は昨日までとは明らかに違ったものとなる。
先ず、水分を絞った。そして、食物繊維を少なめに。
何故か? 当然、排泄物を“ある程度固く”する為である。だがそんなに単純な話でもない。ウンコというものは硬化させる場合、最初は適度な粘度を持たせておかないと、圧縮した際に簡単に亀裂が走り、そこから無残に砕けてしまうのだ。それでは彼の目指す、剛速球に耐えうる筈も無い。
そして握り固める泥団子に金剛石の硬度を持たせる為、握力の強化も必要だった。そう、一瞬で均等に力を加え、握り固めなければならない。でないと指の間からニュルリとハミグソしてしまうのだ。
チンパンジーの平均的な握力は……約三百キロ。当然それは相当に強い。だがしかし、彼の求める“玉”を完成させる為には、それではとても足りなかった。
(迷う暇は無い)
野生動物の理から外れ、限界を超えて鍛える必要がある。
なので彼は野生のプライドを捨て、しっかりとトレーニングにも励んだ。握力を極めようと、夜間に人目を忍んでは指懸垂し、逆立ちジャンプで徹底的に痛めつける。ドラゴンフラッグ? それは彼にとっては地面へ背中をつけず、柱を指だけで掴んで行うものだ。
満月に向かって吠え、怒りの力で限界を越えると……全身の毛が逆立ち、一瞬だけ身体が黄金の輝きを灯す事もあった。毎日毎日、毎晩毎晩、彼は極限のアスリートと化して己を追い込む。
そして排泄物を団子にして限界まで圧縮し、砂をまぶして磨き上げ、更に表皮を薄く割り、再びウンコを盛って圧縮し、不純物を飛ばして鍛錬し続ける。そうして毎晩、深夜の園内に鉄を打つ音が鳴り響き……
幾度、太陽と月が昇って沈んだのだろう?
それはある、月の綺麗な夜の出来事だった。
そう……とうとう、“それ”が完成したのだ。
(完成した……のか?)
彼は独り、呟く。
そう。その理論上は絶対にありえない……金剛石の強度すら遙かに凌ぐ、排泄物で出来た異次元の泥団子。
それはすくい上げる彼の掌の中で淡い月の光を受け、まるで明けの明星の如く燃えさかり、純一な蒼き炎の輝きを静かに讃えていた。
ふと彼が気付き、顔を上げると……
そこにはいつの間にか、神様の姿が。
「お主、よう頑張った! ようやく……ようやく完成したようじゃの」
「は、はい! ありがとうございます! これで……これでもう一度投げられる! これでマコトともう一度戦えるんだ!!」
頷く神様。
「その“宝玉”、誠に見事なり! その蒼き月の炎……まさに神器と呼ぶに相応しい。よし、その磨き上げられし生命の輝き、今後それは“バルムンク”と呼ぶがよい!」
「バ、バルムンク……」
今、ここに“蒼き月下の魔球”が産声を上げる。排泄物を高圧縮して完成させた恐ろしく固い“ウンコ玉”であるが、事実その硬度は地球上の他の物質を遥かに凌駕し、天界にしか存在しない素材、“ミスリル”にすら届こうとしていた。所詮は夢物語ではあるが、もしこれを七つ集める事が出来たのならば……それは世界を支配することすら叶うのかも知れない。
因みにそれが、神様の目に“炎”の様に映ったのは……泥酔状態のせいでボールの輪郭が二重、四重とブレて見えたからに他ならない。要は先程まで商工会の飲み会に呼ばれ、一次会、二次会、三次、四次と……最近お気に入りの焼酎、木挽BL〇Eをしこたま飲み過ぎて一切の判断力を失っているのだ。
こんな時間に自宅へ帰らず……いや、帰れなくなって動物園に現れたのも、おっパブで調子に乗って羽目を外し、また限度を超えて酒と香水臭くなり、もしこのまま戻れば奥様から間違いなく“粛清”されてしまうからに他ならない。
だが……神の祝福を受けた事により、真の蒼き炎に包まれる“ウンコ玉”!!
最高神の神気を宿したその物質の構造は、塗り固められた究極のウンコの限界を乗り超え……更に高い頂きへと到達する!!
彼は、重度の酔っ払いと化した状態で現れた神様の言葉に涙し、“神の言霊”を受けたウンコ玉を全身で抱きしめ……あの“好敵手”との再戦を固く心へと誓った。
「……もう一度!!」
「よしいいぞ! その意気じゃ!!」
無責任に煽る酔っ払い。
こうして再び、彼は立ち上がったのである。
事の背景は微塵も知らぬが、延々と投げ続ける彼の姿から何かを感じ、感嘆の声を上げる戦乙女。
「……何という執念だ。事情は一切知らぬ。だが見える、私にはハッキリと見えるぞ! その“何か”に全身全霊を捧げる、並々ならぬ貴様の執念というやつがな!!」
突然現れた女性に気付き、此方も何かを感じ取ったのか……柵の方へと歩み寄り、ジッと彼女を見上げるチンパンジー。
見下ろす女性は安全柵を跳び越えて檻へと近付き……まるで目線を合わせる様に、彼の眼前へと膝を付いた。
「我が名は“シグルド”。天に仕えし戦乙女! チンパンよ、貴様にその檻は狭すぎる。さあ、我の従魔となって……いや、共に来い“相棒”! お前に世界の広さというものを見せてやろう──!!」
そう言い、柵の中へと手を伸ばすシグルド。
彼女の言葉は……当然、彼には理解出来まい。だが、何かに惹かれる様に……その手を迷う事なく掴み取るチンパンジー。
次の瞬間。二人の視線が熱く、そして真っ向からぶつかり、互いが信頼に足る相手だと……双方共に本能の部分で確かめる。
従魔と主の関係を越えた“真の相棒”。いずれそうなる事が必然だと予感させる、運命の出会い。
「さあ、行こう──!!」
「ヲキッ!」
こうしてここに新たな主従の契約が完了し……新たな災厄の獣が二匹、一般的社会常識という檻を破って街へ解き放たれる事となってしまったのであった。
ちなみにしっかりと握り返す彼の手が、先程まで新しく捻り出したウンコをお団子状に丸め、投擲の的を作っていたという事実を……シグルドは知らない。
因みにシグルドさん、“やべー奴”にはちがいありませんが、レアさん達の様なアホの子タイプではなく……少々、方向性の違いを感じる人物です。もし彼女達がバンドなら、即日解散です。




