ビニール傘と金属バット【外伝】~変人たちのクリスマス(その4)
こんにちは! ワセリン太郎です!
皆様、クリスマスいかがお過ごしでしたでしょうか? ちなみにクリスマスにかこつけて書き始めた今回の外伝なのですが、気付いてみれば案の定というか、いつの間にか“クリスマスもの”というより“盗難もの”に変貌してしまっている事実。まあそれがレアさん奇行だと言ってしまえばそれまでなのですが……
※ビニール傘と金属バットは非常に低俗なフィクションです。描かれている内容は、実在の人物、及び企業、団体、事件等とは一切関係ございません。
一同は茂みから身を乗り出し、盗伐業者に向かって何かを喚くレアをじっと見つめる。
最初に口を開いたのは源蔵だった。
「なあ、あの姉ちゃん……一体何やってんだ??」
そう指差されたレアは、ストッキングの片脚を被せたバットを業者に向かって振りかざして何か良くわからないことを喚いており、そのイカレた風体は……盗伐した木材をトレーラーに積み終えて下山しようとしていた業者達を困惑させ、その場へ足止めするには十分過ぎるものだった。
レアがその手に持った獲物を左右へ振るたび……繋がったストッキングのもう片脚部分のせいで、バットと連結された頭部が思い切り引っ張られて西へ東へ。
非常に奇天烈な動きを披露するアホを見てヒソヒソと話し合い、ジワリと後退る盗伐業者達。もしアレが“山に現れる新手の妖怪”だと言われても、それを即座に否定出来る人間がどの程度存在するであろうか。
その奇妙な光景を眺めて腕を組み、ウンウンと唸るミスト。
「ざすがでえざん、あいづだぢょーびびっでんじゃん(さっすが姉さん! アイツら超ビビッてんじゃん!)」
そう頷く彼女自身の顔も、スッポリと被ったストッキングのせいで目と鼻に頬、加えて唇に至るまで勢いよく捲れ上がり、隣で覗き込むロッタの肩を激しく震わせるには十分。
ゲラゲラと笑うロッタも鼻までストッキングを被り、正直なところミストと大差のない状況ではあるのだが……しかしこういった場合、人というものは己を棚に上げて他人を笑うのが世の常。本当に物事をバランス良く客観視するというのは、なかなかに難しい事の様である。
「ぶぶっ! ぷーっ! キ、〇チガイが沢山いる……ぶぷーっ!」
彼女の発した言葉を聞き、顔をしかめて苦言を呈するフリスト。
「ロ、ロッタ! そういう言葉は良くないと思います!!」
「……ん。いまさら良い子ぶってんじゃねーぞ、この腐れ肉〇器。全裸で頭にストッキングだけ被せて放り出してあげようか?」
「ひ、ひどい!!」
嘆くフリストを見上げる鶴千代は不思議そうな顔で問うた。
「フリストや、お主は腐れ肉〇器というのかえ? ウチは初めて聞く通り名じゃが……」
「つ、鶴千代さんまで! じ、自分はそんな名前じゃありません!!」
「……ん。つるっち、それは大家の家のDVDにそういうのがあった。今度みんなで見てみる。多分、フリストの生い立ちに重要な関係がありそう」
「うむ! ようわからぬが、何ぞフリストめに関わる事であれば、それが良いかも知れんの!」
「……」
そう少女達がガヤガヤと騒いでいる最中、ジッと盗伐業者の出方を伺っていた大家が……単眼鏡を下ろしながらゆっくりと口を開いた。
「おうオメーら、そろそろ頃合いだぜ。全員手筈は……覚えてるな?」
頷くミスト。
「おっけー。アタシはカメラ係な?」
そう言って彼女はリュックの中からゴソゴソとビデオカメラを取り出す。
「おう、バッチリ撮れよ」
「アタシ、こういうの一度やってみたかったんだよなー。これユー〇ューバーってやつだろ? なーなー大家、これみんなストッキング被ってるし、後でネットに動画アップしていい? そうだ、タイトル何にしよっかなー……あっ! とりあえず【強盗してみた】みたいな感じで良くね??」
肩を大きく回して準備運動をしながら答える大家。
「ああ、何だそりゃ? まあ良くわかんねーからオメーの好きにしろや。いや待てよ、もしかして俺様達ユー〇ューブにデビューすんのか!? おいおい、そいつぁ悪くねぇな! おいミスト。俺様が華麗に強盗してるところを最高にカッコ良く撮れよ?」
親指を立てて応える緑のジャージ。
「おっけー。アタシしょっちゅう見てるからユー〇ューブには詳しいんだ。撮った事ねーけど。まあ全部この天才ミストちゃんに任せとけよな! 投稿したらみんな見てくれっかなー? あっ、ちゃんねる登録しないで帰ったヤツ絶対コ〇スとか書いとけばいいかも!!」
心配せずとも“リアルな強盗現場の動画”などを配信してしまった場合、間違いなく無名から一気に時の人へとステップアップしてしまうだろう。
その後半の呟きを聞いたフリストがギョッとし、必死にミストへと抗議した。
「あ、あの! 百歩譲って“強盗”は良いとして……いえ、絶対に良くないですけど! とにかくそれは置いておいて、わざわざビデオに録画して証拠を残してどうするんですか!? すぐに大騒ぎになりますよ!!」
首を傾げて彼女を見る、緑のストッキング仮面。
「は? フリストお前何言ってんの? まじ馬鹿だよな。だいたいアタシら全員、ユー〇ューブで特定されない為にストッキング被ってんじゃん? ストッキング被ってたらぜってーバレねーってわかんない?」
「いえ、絶対バレますって! インターネットにアップするのだけは止めてください!」
「いやいやバレるとか、それってお前がそう思ってるだけじゃん? ちなみにもうカメラ回ってっから。うし! いくぞロッタ!」
「ぷーっ! ぶぷーーっ!!」
心底嬉しそうに笑う、小さな蒼髪の邪悪。
「ろ、録画中だったんですか!? という事は名前まで全部録音してバラしちゃってるじゃないですか──!!」
「だからさ、ストッキング被ってれば名前とか言ってもバレないって。ホントしつこいよな、お前」
フリストの肩に優しく手を乗せる鶴千代。
「フリストや、何も心配は要らぬのじゃ。そもそもお主、居間で大家が言うておるのを聞いていなかったのかえ?」
フリストは不安気に振り返る。
「まずあの連中が材木を盗むじゃろ? そしたらそれをウチらが奪い取る。そうすると盗まれた物を取り返す正義の行いという事なんじゃと。ウチも理屈は良くわからんのじゃが、とにかくそれが正義の行いであり、よくわからぬ事なのじゃ」
「いえあの、そういうお話ではなくて……」
案の定、会話はレールから力強く脱線してゆく。
「おう鶴千代、オメーなかなか良くわかってんじゃねーか」
「大家に褒められてしもうたの!」
一切の常識が通じずに蒼くなるフリストの背後では、ビデオカメラを手前に向けたロッタとミストが『ウェーイ』等と言いながら、まるで頭の悪い大学生サークルの様な軽いノリで、アホ丸出しのポーズを決めていた。
笑う源爺。
「さて、お嬢ちゃん方が何のハナシをしとるのか、ワシにゃあサッパリじゃが……大家、“シゴトの時間”だぜ」
「おうよ爺さん、んじゃ行くぜテメーら!!」
そう言うと彼等は勢いよく茂みの中から飛び出して行った。
突然現れたストッキングの集団に取り囲まれ、たじろぐ盗伐者達。
「な、何なんだアンタ等……?」
これには手筈通り、事情通の源爺が応えた。
「何だもへったくれもねえ。テメーら、どこの山を切ったくってやがる? 言ってみろ」
何故だかレアが『さあサンタを出せ! 貴様等、隠すと為にならんぞ! 命が惜しくば両手を頭の上に挙げて地面へ膝をつき、袋ごとプレゼントを全て置いてゆくのだ!!』等と、まるで追い剥ぎの様なセリフを叫びつつ、バットを構えたままフラフラ林道を登ってゆく。どうやらストッキングを深く被り過ぎて眼が引き絞られ、周囲が殆ど見えていないらしい。
それを無言で見送った彼ら盗伐業者であるが、ある意味源爺の様に苦情を述べる人物の出現は想定内だったのか、顔を見合わせながら慌てずに落ち着いた様子で応じて見せた。流石にその相手がストッキングを被って現れるとまでは予想していなかっただろうが。
「いや、俺達は自分らの所有する山を伐採してるだけで……」
ストッキングの中でニヤリとする源爺。
「そりゃ嘘だな。まあ盗伐のセオリー通り、持ち主の違う山と山の境界から切り始めたみてぇだが……テメェらも山の主と同じ林業やってんだ。木が育つのに五十年、下手すりゃ祖父の代に子や孫の為にと植えられたモンだと知らねぇワケじゃねえだろう?」
余談だがこういった事案では、源蔵の言う通り“別の地権者同士の境界”が狙われる事が多々ある。
山という資産は改めてお金を掛け、正確に測量でもしない限りハッキリとした境目がわかりにくい。だが通常そこまでするのは稀。つまりそこに隣接する地権者同士が“お互いに口出しがしづらい”といった状況が往々にして発生してしまうのだ。そして盗伐者は……そこへつけ込む。
要は地権者同士が『あれ、隣の山の人が切ってるのかな?』とお互いに勘違い、または遠慮している隙に、無関係な窃盗目的の盗伐業者が、コソ泥宜しく樹木を伐採して持ち逃げしてしまう……といった寸法だ。
源爺から目を逸らす盗伐業者。
「何の事だか……」
だが、老人は断固として逃がさない。
「いやな、偶然ワシはここの山の権利者を二人とも知ってんのよ。まずオメーらが切ってた場所の東側はな、上北町の上田林業の山だろ? それから東側は川北農園の主、松木社長の持ち物なワケだ。何なら今すぐ、電話で二人をここへ呼んだっていいんだぜ?」
「……」
言葉を失った業者を前に、爺様は淡々と続けた。
「で、オメーら、見たところ……隣の市の業者だろ。おっと、隠したって無駄だぜ? 俺ぁ神丘市近隣の業者は大抵知ってんだ。それにホレ、ちゃーんとビデオ撮影もしてっからよ、そう簡単には逃げられねえぜ」
そういって源爺がアゴで指した先には……『本日はご視聴ありがとーございます! お前ら、ちゃんねる登録しろよなっ!!』などと言いながらカメラを振り回すミストの姿が。
額に薄らと汗を掻きながら、開き直って苦しい笑顔を見せる盗伐業者の一人。
「だから何だよジジイ、通報するならすればいいじゃねえか。まあやるだけ無駄だけどな」
そういった態度を見せる業者を一瞥するが……ストッキングを被った爺さんは全く動じない。そう、老人はこれまで何十年も、随分とグレーな日雇い稼業に従事してきた。その積み重ねられた“経験”の前には、三、四十代の若造の甘っちょろい考えなど通用する筈もないのだ。
「ああ、だろうな。つまりオメーら、“お上の手形”を貰ってんだろ? そんでソレがあるから、通報されようが県警からパクられねぇと知っている。だから見つかってもそんなに落ち着いてやがるんだ」
「な、何の話しだよ……」
「しらばっくれんな。県のアタマがよ、オメー達みてえな選挙の後援者に裏で“盗伐手形”を発行してんだって言ってんだ。だから関係者の山は狙われねぇし、逆にコッチがいくら被害を訴えようとも、警察は上から押さえ込まれて動きゃあしねえ」
業者達の顔が蒼くなる。源爺は続けた。
「だがよ、オメーら。トカゲは尻尾を切る生き物だって……知ってっか? 俺ぁこんな小汚ねぇナリのジジイだしよ、当然トカゲ本体の殺し方は知らねぇ。だがな、その“尻尾の切らせ方”ってヤツは知ってるんだぜ?」
後半は裏事情を盾に取ったハッタリだ。しかし、盗伐業者達がその真偽を確かめる術といえば……己の首を賭けるという大きなリスクを孕む、ほとんど自殺行為に近いものしか残されていないのが現実だった。
「グッ……」
このどぎつい状況に耐えきれず泣きそうになるフリストと、一触即発の大人達を見て心底嬉しそうに身震いするロッタ。当然、鶴千代は……全く意味がわからず、ポカンとした表情で業者と源爺の顔を交互に見上げていた。
そうした暫くの沈黙のあと、話し合う彼等の背後から巨大な影が迫る。そう、大家だ。
「おうテメーら、まあそういうこった。気の毒だがさっさと諦めて渡すモン渡しな」
「渡す……?」
そう言った大家は、いつの間にか抜いてきた業者のトレーラーの鍵を指で回しながら彼等へと見せつける。それをカメラで撮影するミストが興奮し、『やっべ、何かこの雰囲気、なんか良くわかんないけど超絶vlogっぽい!』などと訳の分からない言葉を大声で発していた。
「おう、オメーらの乗って来たトレーラーと積んである材木。とりあえず今日の所はソイツで勘弁してやるって言ってんだ。あ、あとそこの社用車もだな。ああいう四駆は海外で人気あっからよ、なかなか奪われ甲斐があんだろ? 俺様に感謝しろよオラ」
「お前ら、マジで強盗かよ……」
「へっ。身ぐるみ剥がされて裸で下山させられねぇだけ、まだ優しいってモンよ」
そう言って笑う大家を睨み付ける、盗伐業者の数は四人。彼等は源爺の方も横目に伺いつつ……早目にこの状況を脱しようと、小声でヒソヒソ相談を始めた。
(おい、あの緑ジャージのガキが持ってるカメラを取り上げてこの場を逃げ切れば……何の証拠もねぇし俺等の勝ちだ。それであのジジイの言う通り、後からポリに捕まる事はねぇからな)
(だな、俺達は大の男が四人だ。それに良く見りゃ相手はジジイ一人にムキムキが……いや、アレはちょっとヤベエかも知れねえが、流石に四人掛かりでイケば何とかなるんじゃねえか?)
(あとは女子供ばっかだしな。よし、俺はまずあのビデオカメラを奪う。そしたらすぐにムキムキ潰しの加勢に向かうわ)
(わかった。んじゃ俺はまずジジイを殴り倒すな? ガキ共はあのムキムキをボコった後でちょいと脅かしときゃ、それで済むだろ)
(おう。相手はジジイだ、殺すまではやるなよ? 後々、大事になっちまう)
カメラを奪い取り、源爺と大家を袋叩きにしてからトレーラーと林道用の社用車の鍵を回収。そして恐怖に引き攣る女子供を充分に脅かし、この場から逃走。
そうすれば木材も入手出来る上に警察も捜査に乗り出す事はなく、林道で起きた障害事件は永久に闇の中。これで一件落着、めでたしめでたし。
本来なら、彼ら盗伐業者を裏でバックアップしている体制を鑑みた場合、それはほぼ完璧な作戦であった。そう、彼等がいま目の前にしている、女子供を含んだ“珍妙な一団”が“世間的にいうマトモな類”であるなら、という前提が崩れ去らない限りはそうであったハズなのだ。
こうして重大な選択ミスを犯した彼等……“盗伐事業者四人組”の運命の歯車が、悲しくもおかしな方向へと急速に回り始めたのだった。




