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新装版|クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【第2章】記憶という過去の骸
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2―2・一触即発の即発の関係






 北條家は、郊外から離れた長(閑のどかな)田舎にある。




 長い坂の上にある高台に君臨する、

壮大な土地を有し、その向こう側には存在感のある日本家屋が見える。

それはまるで、その名の威厳さを示している様に思えた。



 秋風が吹く中で

ちょうど風花はその坂を登り終えて、北條家の前に居た。




(…………)




 本当は帰省する予定なんてなかった。

(しばら)く疎遠となって居た本家へと帰省きっかけとなったのは

北條家の専属の家政婦からの電話。それも、つい昨日の事である。




『御当主様がお呼びでらっしゃって、おります。

すぐに帰ってくる様にとのことで』

「……お祖父様が?」




「明日、お時間のある際でお帰り下さい。

お断りは無理ですよ。お嬢様」


「…………」




 威圧感のある声音。

此方には拒否権はないと悟り、渋々と言った感じだった。


 北條家の現当主である祖父は 

クライシスホームを北條家の子会社とし、

その日程も時間も全て自身の(ふところ)に把握している。

 既に空き時間に来る様に日程も設定されていて

今回は全て計算の仕組まれた上での、帰省だった。




____この敷居を跨ぐのは、いつぶりだろうか。




 門から、玄関までの長い道程。


 都心のドームの様に広い面積の敷地には塀まで、

庭師によって綺麗に手入れされた木々や花々、

隅にある池には悠々自適に泳いでいる鯉やししおどしが伺えた。




 出ていった三年前と、少しも変わらない風景。






 昔からいるベテランの家政婦に

屋敷の離れに位置する祖父の部屋まで案内される途中、

廊下の途中で見慣れた"誰か"と静かにすれ違う。




 そのすれ違った瞬間に、きつい眼差しで睨まれた。

しかし風花は見なかった事にして、奥の離れにある祖父の部屋へ。








「風花様をお連れしました」



「うむ。入れ」




 障子の戸を開けられ、祖父の部屋の全貌が明らかになった。




 広々とした典型的な和室。

土間には有名な華道家によって造られ飾れた花。

察するに菫だろうか。鮮やかな色彩の花の中で一際 目立つ紫の花が色付いていた。












 祖父は中央。座布団の上に座っていた。

和装に身を纏い、威厳のある雰囲気と出立ちをしている老人男性。


 北條家の___年老いても尚、健全な当主だ。

部屋に入ると頭を下げてから向き合う様に風花は座布団の上に座った。

真顔で見上げた瞳は何処となく、諦観を以ているが、悟られる様に務めた。




「久しぶりだな。風花よ」


「……はい」




 風花の目の前に居るのが、北條家の現当主・北條厳造だ。


 彼女にとって祖父にあたり、彼にとっては孫娘だが、

けれどお互い、何処か距離感のある他人行儀な態度と挨拶は

とても祖父と孫とは思えない、他人行儀的なものだ


 厳造の鋭い眼差しに

風花は慣れているのか動じなかった。




 お互い冷たい視線が合った後、風花は静かに目を伏せる。

そんな孫の様子に殊更、厳しい眼差しを強めた祖父は言葉を投げた。




「全く、連絡の一つも寄越さずにおるとは、この恩知らずめ」

「……申し訳御座いません。お祖父様」




 辛辣な言葉に厳しさはあろうとも

孫を心配していたという素振りはなく、温情の一つすらない。

ただ発せられる言葉は昔から何時も怜悧で辛辣な怜悧さだけ。


 それに対して後ろめたさのない、

何処か悟った眼差しと憑き物が落ちた様な感情を持った風花は

祖父に"嫌味紛いの言葉"をかけられても人足りとも凛とした面持ちは変わらなかった。


___もう慣れている。冷徹な当主の人間性は。






 三年。


 三年経っても、この目の前に居る祖父は何も変わらない。




 風花に対し、厳造はただ追い込む様な声音で






「まあいい。今回の件は多めに見てやろう。

いやわしの寛大な恩恵で無かった事にしても良いだろう。

だから良いか、風花。


直ちに北條家(うち)へ帰って来るのだ。それで良いな?」



 傲慢に満ちた高らかな声色。

彼に怖いもの等、ないのだろう。今でも威勢で全てを虐げてきた。



(相変わらずね)



 ぴしゃり、と風花の中で硝子が割れる音がする。

分かっている。今の生活は、自分自身の身勝手な行動だとなのだと。



 全てを理解して、非難を受ける心構えだった。




 けれど。

相手の心情など無視を貫き、己の好きな物しか瞳に映さない。

そんな厳造の言葉と態度に、風花は俯きがちに微かに瞳を見開く。


 軽く唇を噛み締めると共に、

小さく首を横に振りながら、そして____。






「お祖父様、私はこの家へは帰れません」




















「……なんだと? 風花、お主、今、なんと言った?」

「……北條家へは戻れないと言ったまでです」


 そう凛として告げた刹那に、厳造は般若の如き

皺が迸り、みるみるうちに頬は赤く激高の色に染まってゆく。


「なんだと!!

小娘の何も出来ぬ分際で、逆らいよってからに!!」




 その瞬間、

乾いた大きな音が部屋に響き渡る。

風花の冷たい頬に熱と痛みが走り、

突然の事に少女は思わずよろめき崩れた姿勢で座り込んだ。



 けれども 心は軽蔑に満ちた、冷たいものだった。



(_____貴方は、いつもそう)


 痛みという物理的な衝撃が走ったが、

冷め切った風花の心には何も響かず、微動だにしない。

厳造が激高に身を任せたあまり、感情の(おもむ)くまま孫の頬を叩いたのだ。


 厳造は怒りから肩で呼吸をし、怒りに震える拳を握り締めながら、

風花を見るが髪に隠れて表情は伺えない。




「いいか、風花。今言った事を取り消すのだ。


今なら許してやらん事もない」


「………………」




 祖父の怒りに満ちた言葉に、孫娘は。






「……………消せません。

私は修行を積んだ上で北條家に戻りたいのです。

今の私は鳥籠の鳥も同然です。半人前のまま、


 何も知らない未熟なままでは、

北條家の、お祖父様の跡等、継げません。


だから……」


「____未だに戯言を言うのか?我が儘もいい加減にしろ!!」




 風花の決意が気に食わない、厳造は怒りの言葉を投げかける。

そして再び、孫娘に対して手を上げた。


 瞬間に見えたのは、漆黒の瞳。




 普段、上の空のような面持ちと遠い瞳をしているのに

今はしっかりと祖父を見据えている。



___まるで何かを訴える様に。




 孫娘の(めを)見て寸前で止まった。



 厳造は、孫娘のこの眼差しが苦手だった。

空虚感のある瞳は何も捉えず、無限の暗闇に放り込まれてしまいそうだ。




 血管が切れる程に怒り狂い、

沸騰していた頭が徐々に冷えて冷静さを取り戻す。

今は怒鳴りどんなに言い聞かせても聞く耳を持たなそうだ。




 厳造は挙げた手を下ろし






「まあいい。今回は許してやろう。

でもいいか。お前が今、やっている事は無駄に過ぎん。



 北條の恩恵があってやれている事だ。

いずれ後悔するであろう。お前の無駄な、ままごとを続けている事を。


 だが。

わしはお前が出て言った事も、我が儘な理由で

子供染みたままごとを続けているのも認めない。


 肝に免じておけ。もう顔も見たくない。帰れ!!」






 罵倒に似た祖父の怒号に、風花はただ静かに頷く。






「……………申し訳御座いませんでした、失礼致します」






 そう言って部屋を追い出される形で部屋を後にする。



 外は夕焼けと夜闇が混ざり込む空が伺えた。

少し顔を上げて風花は額に手を遣り、目を瞑る。


 その端正な横顔は、

透明感と儚さを伏せ持ち、何処か現実離れしている。


(…………あの人は変わらない)



 何処となく抱いた、軽薄さと軽蔑。

愛情の裏返しは無関心だというけれども、

“いっそうの事、心から無関心になってはくれないだろうか”。


 足音を立てず、踵を返し

静かに歩いているとふと声をかけられた。




「不様ね。見苦しいわ」


「………」




 風花はそのまま、声の方へ振り向く。

ある個人部屋の一角。その壁に持たれかかり腕を組みながら

高飛車な雰囲気と自慢げな面持ちで此方を真っ直ぐに見詰める少女。




 明るく染髪した髪に、年齢に見合わないの派手な化粧。

彼女はいつだって自信満々な表情を浮かべているので、もう見慣れたものだ。



 この少女と再会するのも3年ぶりだ。

あの頃より、化粧はより一層に派手になった気がする。

故にもう風花の中では、彼女の素顔が思い出せない。




 彼女は、西郷華鈴(さいごうかりん)

風花と同い年、北條家の分家に当たる西郷家の一人娘だった。





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