2回目
記憶を取り戻すために、再び戻ってきましたが・・・?
42年分の記憶が失われた状態で60才に戻った俺だが、もともとの人生に比べたら、由美乃は明らかに救われていたはずだった。由美乃の人生と俺の記憶・・・ どちらを優先するのが正しかったかなんて、俺にはわからない。ただ、俺が記憶を取り戻したいと思ってしまったことで、再び10才のこの日に戻ってしまったことは確かだ。俺はどうすべきなのか・・・ 1回目の時はどうなるのか全く分からなかったが、今の俺の目的ははっきりしている。由美乃を助けることはもちろん、俺自身の記憶を失わないようにすること。前者は1回目と同じ様にやっていけばいい。問題は後者だ。
高校受験で国立に合格した時点で、未来が確定したと判断された、ということなら、国立に進学しない、というのが手っ取り早そうだ。だが、由美乃の両親に結婚の話をした時に、国立高校に合格して以降のビジョンを話してしまっている。そうか、両親に話したことが現実になったことで、確定したとみなされた可能性が高そうだな。
なら、もう少しぼやかした感じにすればよいのではないか? ある程度の明確なビジョンは必要だろうが、別に高レベルの学校に行かないと由美乃を救えないなんてことはないだろう。
具体的にどうするかは後回しにして、まずは由美乃を助けるのが先決だ。2回目の今回も、文也が由美乃の股間に手を伸ばすのを見た。わかってはいたが、今の俺にはきついシーンだ。だが、文也は両親に押さえさせなくてはならない。
その2日後、俺はこれまでと同じ様に文也のベッドに寝ころんでいた。これまでは確か、そのまま寝てしまって由美乃に起こされていたが、今回の俺は、この後泣いている由美乃を抱きしめることになるだろうと思い、不謹慎にも少し興奮していた。目を瞑ってはみたものの、寝ていられる状況ではなかった。
「ん? まー兄?」
ベッドに寝ころんでいた俺を由美乃が見つける。そのまま起き上がってもよかったのだが、俺は薄目を開けて由美乃の様子を窺うことにした。
「まー兄、寝てるの?」
由美乃の顔が近づいてくる。俺は由美乃の少し拗ねた感じの表情が見たくて、「逆寝起きドッキリ」を仕掛けようと思ったのだが・・・
「まー兄・・・ 好き・・・」
思いもしなかった由美乃の言葉に、俺は硬直した。心臓の音がうるさい。だが、由美乃は俺が薄目を開けていることに気づかず、さらに顔を近づけてくる。えっ? 由美乃さん? 何をするつもりですか?
2回目のタイムリープの直前、57才の由美乃相手だったとは言え、俺はさんざんエッチなことをしていたわけだから、今の由美乃が俺に何をしようが、全然余裕だろうと思ったが、そんなことはなかった。まだ7才とは言え、由美乃の息づかいや微かないい匂い・・・ いきなり起き上がって驚かそうとした俺の目論見は完全に封じられた。そのまま、由美乃の唇が俺の頬に触れる。ほっぺにチューって、そこはやはり7歳の女の子らしいと言えるのかもしれないが、俺は気絶しそうなくらい嬉しかった。
由美乃が唇を離して一歩後ろに下がったところで、俺は目を開けて、ゆっくりと起き上がった。
「うん? なんかすごくいい夢を見ていたみたいだ?」
由美乃が俯く。顔が真っ赤だ。だが、俺はもう由美乃に意地悪をしようなんて気にはなれなかった。おそらく1回目の時も、いや、もともとの俺に対しても、由美乃は今と同じことをしていたのだと確信した。つまり、もともとの由美乃が何回も結婚に失敗していたのは、男運の悪さなんかじゃない。由美乃の気持ちに、そして他ならぬ俺自身の本当の気持ちに気づけなかった俺のせいだったのだ。
俺は、さっきまでの由美乃の言動に気がついていないふりをして、冷静を装って由美乃に話しかけた。
「俺、寝ちゃってたみたいだね? 由美ちゃん、起こしてくれてありがとね。」
「もしかして・・・ 起きてた?」
1回目の時は、由美乃の言葉を聞かないまま、両親に結婚を前提として付き合いたいと話した。由美乃が俺を好きだという確信があったからではあるが、今回ははっきりと言葉にしてくれたのだ。ここで、気づかないふりをしてはぐらかす必要などはないと思った。
「由美ちゃん・・・ 俺は由美ちゃんのことが好きだよ。大好きだ。だから、今、ものすごく嬉しい。」
由美乃は、顔を真っ赤にしたまま、俺と向き合ってくれた。その姿が可愛くて、俺は思わず由美乃を抱きしめてしまった。今回の由美乃は泣いてはいなかったが、少し震えていた。正直、キスしたいと思ったが、文也のことが解決するまではしてはいけない気がした。
「まー兄・・・ でも、でもね、私、文兄に・・・」
「それ以上言わなくてもいいよ。あいつのことは俺が絶対に何とかする。だから俺を信じて待っててよ。」
1回目と状況はだいぶ異なるが、文也のことについては同じような話になった。1回目の時は、由美乃がされていたことを由美乃の口から告げられたが、そんなことは今は聞きたくもない。全部わかっているし、それをやめさせるためだけに俺は動けばいいのだ。
だが、俺は今回の状況を甘く考えすぎていた。由美乃の言葉で舞い上がりすぎていたのかもしれない。1回目のように、事は簡単には進まなかった。
* *
1回目の時は、由美乃の両親が仕事中だったので、俺は絶対入るなと言われていた由美乃の祖母の部屋に向かったのだが、今回は、祖母の部屋に向かう階段の前に、由美乃の父親がいた。その父親と見知らぬ中年男性が話し込んでいたのだ。
「時間がズレている?」
そうだ。今回の俺は由美乃が起こすよりも前に起きていたし、文也とのいきさつを由美乃から直接聞いていないから、時間の経過が前よりも早い。実際、1回目に祖母の部屋に向かったのは、もう30分程度経ってからだったように思う。
「おや、まーくん、文也はまだ帰ってないみたいだけど、どうしたんだい?」
「おじさん、お邪魔してます。先に部屋で待っていろと言われたんですよ。」
「この子は?」
父親に挨拶をしていたところに、中年男性が割って入ってきた。
「息子の友達の雅哉君ですよ。たしか5年生だったよね?」
「はい。」
「ああ、もしかすると、こういう何も知らない子の方が、案外当てるかもしれないな。」
その中年男性は、突然新聞を俺の前に広げてきた。おいおい、小学生に競馬新聞なんか見せるもんじゃないぞ? だいたい、今はこんなところで足止めを食らっている場合じゃない。
「おじさん、この方は?」
「僕は工場長の仕事仲間だよ。ちょっと大きなレースがあるんで、何が勝つかって、話してたのさ。」
お前ら、仕事中じゃないの? だいたい。文也の父親が競馬好きなんて話、聞いたことがなかったぞ・・・って、その中年男性が広げた競馬新聞を見ると、よく知ってる馬名が目に入った。
「ダービーですか・・・ タニノハローモア?」
もともとの俺は大学時代に競馬を覚えたが、それ以前のレースにも関心を持って、過去の記録を調べたりしていたから、この年のダービーがどういう決着だったかを知っていたのだ。
「雅哉君、なかなか渋いところを見ているね。でも、マーチス、タケシバオー、アサカオーの3強で決まると思うよ? 工場長はタケシバオー派だけど、皐月賞を勝ってるマーチスの方が強いよね?」
小学生に予想を披露してもらっても困るだけなんですが・・・
「でも、マーチスって、一度タニノに負けたことありますよ? 1-7買ってみるといいんじゃないですか?」
いつまでたっても話が尽きそうになかったので、俺は正解を口にした。当時は3連馬券はおろか、馬連すらなかった時代だ。1-7でも万馬券にはならなかったと思う。
「君は本当に小学生か?」
あれっ? このセリフが、こんなところで出るとは・・・?
「兄貴が競馬好きなんで・・・」
うまくごまかせただろうか?
その後、中年男性がマーチスのことで熱弁を振るい始めたため、2階の祖母の部屋に行くことができなかった。隙を見て階段を上がろうとチャンスを窺っていたが、それもかなわず、文也が帰宅してしまった。
結局、その日は、祖母はおろか、両親のいずれとも話すことができずに、帰らざるを得なかった。もしかすると、今も由美乃はつらい思いをしているのかもしれないと後悔する一方で、頬とは言え由美乃からキスされたことを思い出し、まさに一喜一憂して、その晩を過ごしていた。
1回目とまったく同じことをしなかったため、少しずつ状況が変わって来ています。1回目の時は由美乃を早々に助けられましたが、今回は邪魔が入りましたね。まあ、競馬の話なんてしなければ何とかなった可能性もあったかも・・・
ちなみに、タニノハローモアは、実在する1968年のダービー馬です。




