プロポーズ
いくらなんでも早すぎる気はしますが・・・
京子にははっきりと俺の気持ちを伝えた。それを初美にも聞かせた形になったが、もともとの俺が持っていた初美への想いを断ち切る意味で必要なことだと思った。京子のプライドを考えるなら、初美の眼前で振った形になったのは、ちょっと可哀想だったかもしれないが。
俺は次の日、仮病を使って早退し、下校途中の由美乃を待ち伏せた。普段の由美乃はさつきと一緒に登下校しているから、由美乃の父親との約束、由美乃と2人だけで会わない、ということに反する訳じゃない。だが、さつきにこれから由美乃に伝えようとしていることを聞かれてもいいものかどうか・・・ 俺は少し考えて、一つの結論を出した。
「あれっ、まー兄、なんでこんなところにいるの?」
待ち伏せと言っても、別に電柱の陰に隠れるなど、ストーカーみたいな真似はしない。そんなことをして、変な噂でも流れたりしたら逆効果だからだ。
「由美ちゃん、一緒に帰ってもいいかな?」
「もちろんだよ! さっちゃんもいいよね?」
時間にしたら5分足らずの短い時間だったが、俺達は久々に時間を共有できた。もっとも、そのほとんどを、さつきから健太についての質問攻めに費やされたが。
さつきとは由美乃の家の前で別れるのが普通だが、話し足りないさつきが、そのまま家の前で立ち止まったまま話をやめない。少しすると、由美乃が帰ってきたことに気がついた由美乃の母親が出てきた。
「あら、珍しい組み合わせね? まーくん、学校はどうしたの?」
「僕は3年生で受験のこともありますから、この時間に帰ることだってありますよ。」
「そうなんだ。もしかして由美ちゃんに会いに来たの?」
「そうです。おじさんに由美ちゃんと2人で会うなって言われてるんで、下校の時間に来たんです。」
由美乃の両親は、文也がやったことを公にしたくないと考えているし、俺にも当然口止めしている。俺は由美乃のために、口外するつもりはなかったし、そう父親にも話したが、その上でなお、男としての俺は警戒され、2人で会うな、と言われたわけだが、そのことを誰かに聞かれれば変に疑われる可能性もあるから、母親は俺の発言を聞いてマズいと思ったのだろう。
「ま、まあ、立ち話もなんだから、中に入ったら?」
「じゃあ、さっちゃん、また明日ね。」
「えっ、うん、またね?」
さつきは話を中断されて不満そうだったが、それは仕方がない。
俺はそのまま、今は由美乃と母親が共有している部屋に通された。
実は、この展開こそが俺の狙いだった。健太の話を出せば、絶対にさつきが食いついてくると思った。割と話し好きのさつきが、由美乃の家の前で話し込めば、由美乃の両親のどちらかが出てくるというのも計算の内だ。だが、今は工場が稼動中なので、母親はともかく、父親まで出てくるとは思わなかった。
当初、俺は母親だけに話をして、味方になってもらおうと考えていたが、ちょっと思惑が狂った。でも、いずれは父親とも話す必要があるのだ。早いか遅いかの違いだ。俺は腹を括った。
「まーくんには由美ちゃんが世話になったと聞いてるよ。僕との約束も守ってくれてるようだけど、今日はいったいどうしたのかな? わざわざうちの方に来るなんて?」
「今すぐ、だなんて言いません。由美ちゃんとお付き合いさせて欲しいんです。」
「なっ・・・何を言ってるんだ?」
俺は父親をまっすぐ見据えた。本当は「娘さんをください」とか言ってもいいかと思ったが、今の俺はまだ14才だ。後1ヶ月もすれば15才になるが、今の、いや50年後の日本でも、結婚を前提にするには若すぎるだろう。
「由美乃はまだ12才になったばかりだよ。まーくん・・・雅哉君だって今年15才だろ? だいたい君は高校受験を控えてる身なのに、女の子と付き合いたいなんて、そんなことを言ってる場合じゃないだろう?」
「ですから、今すぐだなんて言いません、と言ったんです。僕は国立に行きます。そして大学も国立を目指します。浪人などするつもりはないから、22才で卒業して、大企業に就職しますよ。その頃には由美ちゃんは20才になっているでしょうから、その時まで、由美ちゃんの気持ちが変わらなければ、結婚を認めて欲しいんです。」
俺は、京子達に自分の気持ちを伝えてから、覚悟を決めていた。もともとの俺は、親父に言われた通り、楽しようとしていた。だが、思い返せば、国立を本気で目指していたらなんとかなったかもしれない。まして今は以前の記憶を持ったまま、人生をやり直しているのだ。今からでも本気でやれば、絶対になんとかできると確信している。
「前にも言ったが・・・ 君は本当に中学生なのか?」
中身は60才・・・いや、戻ってから4年経ってるから、64才ですよ。由美乃の父親の年齢は知らないが、30代後半から40代前半ってところだろう。もともとの俺の会社での部下達とたいして変わらないのだ。プレゼンならそれこそ楽勝だ。
「由美ちゃん、ご両親の前でこんなこと言うのも恥ずかしいけど・・・ 俺、由美ちゃんが好きだよ。今回、俺の成績が落ちたのは、みんな、家庭教師をやってたせいだって言ってるけど、実はそうじゃない。由美ちゃんのことばかり考えてて、集中できなかったんだ。でも、それじゃいけないと思った。だから、俺はケジメをつけようと思った。由美ちゃんが俺のことを好きじゃないなら、単なる暴走だけどね。」
「ううん、私、まー兄のこと好きだよ! これから先も・・・20才になったって、絶対好きだよ!」
本当は両親に会う前に確かめておきたかったが、いきなりこんな展開になってしまったので、少し不安ではあった。だが、今の由美乃の言葉を聞いて、俺は由美乃との未来をこの手に掴んだと確信できた。
「雅哉君、親の目の前で何を言ってるんだ・・・ 由美乃も由美乃だ。お前はまだ小学生だ。いくらなんでも・・・」
「あら、12才だって、女は女よ。20才になったら経済的に不自由のない立場になって迎えに来てくれるって、それを好きな男の子から言われたら、もう止まらないわよね!」
由美乃の母親の目が輝いている。まるで自分がプロポーズされたかのように喜んでいるみたいだ。
「おかあさん、いいのか、そんなんで・・・?」
「いいじゃない? まーくんは今すぐなんて言ってないし、由美ちゃんが20才になるまで待つって言ってくれてるんだから。だいたい、20才になったら親が反対したって関係なく結婚はできるし、今、まーくんが言ってたみたいに将来のことをちゃんと考えているなら、由美ちゃんに苦労はかけないだろうしね。反対する理由なんてないわよ?」
当初の目論見通り、母親が味方になってくれたので、そこからの話は実にスムーズだった。状況的には今と変わらず、由美乃と2人だけでは会わないとの約束は継続するが、逆に言えば、2人きりにならなければいいのだ。ひとまずは俺の受験が終わってからだが、由美乃の家庭教師を引き受けることになった。部屋が母親と同室だから何の問題もない。
「なんか、上手く丸め込まれたような・・・」
「あら、国立高校の学生がタダで家庭教師をしてくれるのよ? こんな美味しい話、そうそうないわよ?」
親公認で由美乃に会えるのだから、俺には十分な報酬なのだ。そのあたりはさすがに工場の経理をしているだけあって、ちゃっかりしてるな。
その後、俺は自分の言葉通り、国立に合格したが、合格発表の翌朝、突然、状況が変わった。目覚めると、横にはお袋ではない、別の女性がいた。
俺は、飛び起きたが、その拍子でベッドから落下した。
「えっ? ベッド? それにこの部屋は・・・?」
俺は畳の部屋で布団を敷いて寝ていたはずだ。部屋をよく見ると、もともとの俺がいたワンルームマンションに似てはいるが、一回りは広い。そして、俺が寝ていたのはダブルベッドで、隣の女性には見覚えがある・・・
「ん? おとうさん、今日はお休みじゃなかったの? ずいぶん早いお目覚めね?」
俺をおとうさんと呼ぶ50代くらいの女性・・・ 間違うはずもない、これは由美乃だ。
たとえ由美乃が雅哉のことを好きでも、さすがに中学生が小学生の女の子を20才になったら迎えに行くと両親の目の前で言うのは、やり過ぎかなとも思いましたが・・・ まあ、中味は60過ぎのおっさんですからね。
ですが、別の意味でも早過ぎでした。次回はそのあたりのことが語られます。




