6 アンバー姫、まとめあげる
まずは多くの召使たちに命じた。
「私ひとりがいるいないで大騒ぎをするものではない!それぞれの仕事をきちんとこなすことは全て私に、ひいては王国に仕えることになっているのだから、そのことを忘れずに日々の仕事を全うしなさい。」
「しかし、姫様が王城にいらっしゃらなくては、我々はいったいどうすれば……。」
「私はどこにいようとも、お前たちとつながっている。そうでしょう?」
「ああっ!姫様!なんという慈悲深いお言葉!」
なんだかよくわからないけれど、口からでまかせのなんか良いことを言っている風の言葉で召使たちは納得し、感激している。
「さあ、わかったら各自持ち場に戻りなさい。」
「仰せの通りに。」
召使たちは我先にと塔を去っていった。
さて次はハインリヒだ。
「ハインリヒ・ブランドル!」
「はっ。」
ハインリヒはひざまずいたまま、さらに深く、地につくように頭を下げた。
「そもそもお前がチクワ姫との婚約を受け入れればよいことであるのに、なにをごちゃごちゃと情けないことを言っている!ヒゲが生えているから嫌だ?お前もトライフルを支えているという自負があるのならば、チクワ姫を我が方に取り込み、グドトウキュ王国を陰から操るくらいのことはしてみせよ!」
「おっしゃるとおりにございます。陰湿で卑劣と定評のある私めにかかればグドトウキュごとき、すぐに我が国の傀儡となりましょう。」
「それでは明日のチクワ姫との婚約の儀、我が国の宰相らしく堂々と受けて立ってみせよ。何事も始めが肝心。チクワ姫にがつんと厳しくいくくらいの態度で挑むがよい。」
「全てアンバー姫の御心のままに。」
ハインリヒにはそのプライドを少し刺激する程度でよかった。
今はもうどうやってグドトウキュ王国を意のままにしようかと考えているのだろう、顔が完全に悪役がなにか良くないことを企んでいるものになっている。
さて、次はなぜかみんなと一緒にひざまずいちゃってるロバート様だ。
「あのう、ロバート様?なぜあなたまでひざまずいていらっしゃるんです?」
ロバート様は面を上げて目をきらきらと輝かせた。
「さすがはアンバー姫。圧倒的かつ絶対的なカリスマ王族オーラに、思わずひざまずかずにはいられませんでした。」
「ええっと……。」
「今までは全ての女性に騎士のようにひざまずく気持ちでおりましたが、今のことで確信いたしました。私がひざまずくべきはアンバー姫、ただおひとりであると。」
そしてロバート様は、そのままずずずいいっと近づいてきた。
「これが、服従の悦び!今まさに、私の中の今まで気が付かなかった私が目覚めました。」
「あのー、ロバート様?」
どうやらロバート様のちょっと危ない新たな扉を、私は開いてしまったらしい。
「あのシキの森でマンドラゴラを黙らせていた時にも衝撃を受けました。あのようにマンドラゴラをアメとムチで使役することができるお方がほかにいるだろうかと!鬼教官として義姉上も素晴らしいですが、アンバー姫は別次元です。その一声で、すべてを従えてしまわれるのですから。」
「つまり、ロバート様は私に従いたいと?」
「はい。ぜひ、ご命令を。」
「あの、実は、私はロバート様に叱られるのがくせになってしまって。時々は厳しく接していただきたいですわ。」
ロバート様は新たな扉が開いたようだが、私はとっくの昔に次のステージへと行っているのだ。
「アンバー姫!」
「ロバート様!」
ひしっと抱き合った。
私たちは、どうやら少し似た者同士のようだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて次の日。
今後の我が国の命運を左右する大問題がまだひとつ残っている。
グドトウキュ王国の剛毛ヒゲ姫、もといチクワ姫がいよいよやってくるのだ。
我が国の豪華な迎賓館の1室で今か今かとその時を待っている。
本来ならば姫である私は同席する必要はないのだが、ハインリヒが、やっぱり不安だから一緒に来て、とティーンエイジャーみたいなことを言うからついて来てやった。
ハインリヒと外務大臣、それから私とロバート様がチクワ姫の到着を待っている。
「なんだか遅いわね。」
約束の時間はもうとっくに過ぎている。
「ふっ。怖気づいて逃げ出したのではないか?」
ハインリヒがむかつく決め顔で言っている。
「いや、あんたじゃないんだからそんなことはないでしょ。」
そこにやっとグドトウキュ王国の外交官が現れた。
「貴国への到着が遅れまして、たいっへん申し訳ございません!!お詫び申し上げます!」
なんだか人がよさそうな中年の男が青い顔をしてぺこぺこと頭を下げている。
文句のひとつでも言ってやろうと身構えていた我々は一気に拍子抜けしてしまった。
外務大臣がみかねて声をかけた。
「いえ、そのように謝らずともよろしいですよ。それよりも遅れられた理由はなんです?なにか事件でも?それに姫君はどちらに?」
「あの、実は、チクワ姫がボールを追いかけて行ってしまわれて……。」
「ボール?」
そこになにか小柄なふわふわとした人物が室内に駆け込んできた。
「見て!ボールを取ってきたよ!」
「姫!それはボールではありません!ハリネズミです!」
「あれ?」
そこに現れたのは、つぶらな大きな瞳の、薄茶色の髪をした小柄な少女だった。
シンプルながらも愛らしいドレスを身にまとっているが、それはすっかり泥だらけになってしまっている。
そしてなによりも、頭の上には大きな三角の耳が2つついていて、両手もふわふわの毛でおおわれていて肉球があり、小さな尻尾が元気よく揺れている。
顔にはぴんっとはったヒゲが数本生えている。
「え?チクワ姫?」
思わず声をあげてしまったら、チクワ姫とおぼしき少女は怯えるように外交官の後ろにかくれてこちらをそっとのぞきこんでいる。
「すみません。驚かれたでしょうが、こちらが我が国のチクワ姫でございます。」
たしかに部分的には毛深いし、ヒゲが生えている。
でもなんというか、外交官の陰に隠れ、うるうると瞳をうるませ、プルプルと震えながらこちらをうかがう姿は、うっとなるほど、とても愛らしい。
「実は我がグドトウキュ王国の王族は、100年前に魔法使いをきちんと応対しなかったために王子が呪いをかけられ野獣に変えられてしまったという、アホみたいな歴史がございまして。その呪いはなんやかんやで解けたのですが、時々子孫の方にその時の名残が現れることがあるんです。チクワ姫はそのおかげで半分チワワなんです。」
「半分チワワ。チワワってあの犬の。」
「そうです、あの犬の、です。」
室内に沈黙がおりた。
肝心のハインリヒは完全に固まってしまっている。
やれやれ。
「ちょっと、ハインリヒ!なにをぶおおーーーっとしてるのよ!なんとか言いなさいよ!」
私が声をかけると、ハインリヒはこっちの世界に帰って来た。
「想定の範囲外の展開に、思わず筋肉に逃避していた。」
「よかったじゃない、チクワ姫、たしかに耳とか手とかが毛深くてヒゲが生えてらっしゃるけれど、とっても可愛らしい方じゃない?」
「いや、しかし……。」
「でえええーーーいい!まだなにかごちゃごちゃいってんの!」
「あのチクワ姫のあの瞳を見ると、なんというか、心が温かくなるというか、構いたくなるというか、ふわっふわのもっふもふで……。なんとも不思議な気持ちになるのだが……。」
まあ、言わんとすることはわかる。
わかるけどハインリヒが言うと気持ち悪い。
あともじもじするな。
「宰相、それは萌え、でございますよ。」
外務大臣がそっと耳打ちした。
「この感情が、萌え……。」
なにやらぼんやりとしているハインリヒを肘でこずいてやった。
「さっさとチクワ姫に挨拶しなさいよ。」
「あ、ああ。」
ハインリヒはぎくしゃくとしながらもチクワ姫に自己紹介をしている。
それにチクワ姫はびっくりした様子でグドトウキュ王国の外交官を見上げた。
「チクワ姫、このお方が、姫の婚約者であらせられます。」
「婚約者……?」
「姫と、ずっと一緒にいてくださる方ですよ。」
「まあ!」
チクワ姫はハインリヒにがばあっと抱きついた。
「うわあっ!」
「うれしいです!これからずーーーっと一緒ですね!よろしくお願いします!」
「は、はい……。」
ハインリヒはいきなりのスキンシップに硬直している。
そして、チクワ姫は引きちぎれるんじゃないかとおもうほどにブンブンと尻尾を振り回しながら、ハインリヒの周りをぐるぐると回り始めた。
「あの、まずは何で遊びますか?ボール投げしますか?それとも綱引きしますか?」
チクワ姫は無邪気にハインリヒに尋ねている。
なんとも微笑ましい。
「綱引き?それはいいですね。筋肉が鍛えられそうです。」
「やったあ!」
意外にお似合いの2人のようだ。
グドトウキュ王国の外交官に目くばせすると、彼は両手の親指をぐっと立てて嬉しそうにしていた。
「よーーーーし!これにて一件落着!」
あとは若い2人にまかせて、我々は部屋を後にした。
するとすぐに、ずっとそばでひっそりとしていたロバート様が私をお姫様抱っこしてきた。
「さてアンバー姫。次は我々の番ですよ。結婚許可証をもらいに行きましょう。」
「ええ、ロバート様。」
それから私たちはすぐに結婚許可証をうば……もらいに行って、クグロフで結婚式を挙げることになった。
完結です。
お読みいただきまして、ありがとうございました。