第百八十八章 ヰー! ~第二幕~ 3.イラストリア王国軍第一大隊
「一応、魔術師は善戦したらしいんだがな。〝ヰー〟のやつら、魔法攻撃をものともせずに突っ込んで来やがったらしい」
「それは……また……エンチャント付きの防具でも身に着けていましたか?」
「かもな。ともかく護衛はいいようにあしらわれて、〝ヰー〟のやつらは意気揚々と引き揚げてったらしい。……どうかしたか? ウォーレン」
話の途中から考え込むような素振りを見せていたウォーレン卿に、ローバー将軍が声をかけた。
「いえ……これで『シェイカー』による襲撃は三回目になりますが、その何れもが中小規模の商人ですよね。彼らの装備に対して、襲撃による利益が小さいような気がするんですよ」
「あ? そりゃ、あの道は元々そんなに人通りの多い場所じゃ……待て……それが妙だってのか?」
何かに気付いたらしい将軍に、ウォーレン卿が大きく頷いて説明を続ける。
「えぇ。話に聞くほどの腕利きで装備も良いというなら、もっと稼ぎの良い場所を狙っても良さそうな気がするんですよ。最初の一・二回は試験運用だったとしても、今回もまた同じ場所に固執したのが気になります」
「……対魔法戦の確認を終えるまで待っていた――てぇんじゃ駄目か?」
「エンチャント装備の効果検証なら、何も実戦を待つ必要はありません。敢えてあの場所に居座る必要は無いんです。第一、もう少し人通りの多い場所を選んでおけば、対魔法戦の検証ももっと早く終えられた筈です」
「なぜあの場所に執着するのか……ウォーレン、お前はどう考える?」
厳しい表情を向けるローバー将軍に、
「まず思い付くのは、ヴォルダバンへの牽制という事です」
「テオドラムとの交易を止めろってか? ……だが、ヴォルダバンと正面切って事を構える気は無ぇから、あまり交易が盛んでなさそうな小さな街道を狙った……。そういう事か?」
「筋書きとしては成立すると思います。ただ……これだと当のヴォルダバンが、Ⅹの事を知っていないとおかしいんですよね」
「むぅ……」
予想以上に厄介な解釈に、我知らず眉根を寄せるローバー将軍。
「……事前にⅩのやつから何か言ってきたか……迷い家の件も併せて考えると、無視できる解釈じゃねぇか……?」
ヴォルダバンにはシェイカーの他に、「迷い家」という奇妙な話も起きている。あれもⅩの仕業だとすると、ほぼ立て続けに二件の動きを見せた事になる。ヴォルダバンの首脳部へ、何らかの形で接触を図っている可能性も無いとは言えないか?
「ただ……Ⅹがそうまでしてヴォルダバンに接触しようとする理由を思い付けないんですよね。我が国に対しては、未だに明確な形での接触がありませんし」
「Ⅹのやつの肚なんざ解るかよ。……しかし……確かに妙な気はするな」
「えぇ。Ⅹが何を企んでいるのか……」
――何も企んでなど、いない。
単にダンジョンの適地二箇所が、どちらもヴォルダバンの領内であったというだけである。……だが、そんな特殊な裏事情など、彼らが想定できる筈も無く……
「……ヴォルダバンの領内とは言え、どちらもテオドラムとの国境付近ですからね。それを考えると、ヴォルダバン領である事に、さしたる意味は無いのかもしれません」
「Ⅹの狙いは飽くまでテオドラムか……だがよウォーレン、そうすると……」
「えぇ。なぜ『シェイカー』があの場所から動かないのか――という疑問はそのまま残ります。テオドラムとヴォルダバンの交通封鎖を考えるにしても、あの場所は抑交通の要衝とは言えませんし」
「……テオドラムに対する嫌がらせか? Ⅹの野郎の性根を考えると、あながち無ぇとも言えねぇような気もするんだが……」
「それにしては、配備した戦力が贅沢過ぎませんか?」
「そうなんだよなぁ……」
――贅沢も何も、キーンを始めとする一派が趣味に走り、クロウがそれに乗っただけである。
「Ⅹの野郎、一体何を考えてやがんだ?」
表に出せないクロウの裏事情を知らない軍人たちは、今日も無駄に深い悩みに陥るのであった。




