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第百四十七章 砂糖混迷録~謀議は踊る~ 5.ヤシュリク

 ヤルタ教から、砂糖騒ぎの黒幕ではないかと疑われている……などとは夢にも思わず、沿岸諸国の商人たちは、今日もヤシュリクの一画で会合を開いていた。



「……では、ドワーフたちには会えなかったと言うのか?」

「あぁ。どういう訳か知らんが、ドワーフたちの多くが留守にしているようでな」

「……揃って(とう)()にでも行ったか?」



 勿論違う。


 ドワーフたちが行方をくらましたのは、全て連絡会議からもたらされた情報――硝石を用いてビールを冷やす事ができるという情報のせいであった。


 魔力に乏しく冷却の魔法を使えぬドワーフたちにとって、硝石による冷却技術は何物にも代え難いものであったのだ。この件については絶対に余人に漏らすなときつく言われている事もあって、ドワーフたちはどこへとも何のためにとも言い置かずに行方をくらましていた。


 何? 冬の旅は大変?


 そんな()(さい)な事が、ドワーフたちの熱意に水を差す事などできようか。

 地面が雪に覆われて採掘が困難だという事など、ドワーフにとって(いささ)かの妨げにもなりはしないのである。


 それにしても……ビールの実物を見たかどうか疑わしいイスラファンにおいてすらこの有様とは……ドワーフたちの熱意には並々ならぬものがあるようだ。



「……まぁ、会えなかったのなら仕方がない。もとより魔道具の事だからな。亜人……ノンヒュームでも、ドワーフよりはエルフの方が本命だろう」

「いや、それがな……」

「おい……エルフたちにも会えなかったと言うのか?」

「いや、幾人かに会えはしたんだが……あまり(かんば)しい答えは得られなかった。実物を見た事も無いのに、無責任は発言はできんそうでな」

「まぁ……それもそうか……」



 半分は本当である。


 商人が会ったエルフたちも、連絡会議を通じて綿菓子機の事は聞いている。ただ、今回の出店はイラストリアとマナステラという事で、出店に参加はしておらず、そのため実物を見ていないのも確かであった。


 

「その他にも、心当たりの魔道具職人や商人に(たず)ねてみたんだが……やはり見当が付かんそうだ。ただ、職人の一人が面白い事を言っていた」

「ほぅ……?」

「その職人の言う事には、砂糖を加工する魔道具など聞いた事も考えた事も無いが、作るにしろ思い付くにしろ、砂糖が潤沢に使える者の筈だと言うのだな」

「……成る程。道理だな」

「構造については何と?」

「現物どころかワタガシとやらも見た事が無いのに、見当など付けようも無いそうだ。この点はエルフたちと同じだな。ただ……」

「ただ、何だ?」

「勿体ぶらずにさっさと言わんか」

「いや……その職人の言うには、作動試験の度に砂糖が必要になる筈だし、魔道具というよりも、料理の分野ではないかというのだな」



 予想外の、しかし納得できる指摘を受けて、う~んと考え込む商人たち。

 言われてみれば、なぜそこに気付かなかったのか。



「それで、屋敷の料理人に聞いてみたのだが……」

「……料理人は何と?」



・・・・・・・・



〝……ふわふわとして、口に入れると溶ける? そして、甘いのですか?〟

〝そういう話だ。実物を口にした事は無いが〟

〝甘いのなら確かに菓子でしょうが……メレンゲのようなものでしょうか?〟



 卵白を泡立てて砂糖や香料を加えたメレンゲは、ヨーロッパでは千六百年代には既に知られていた。この世界でも似たような菓子は存在していたようだ。ちなみに、「カルメ焼き」あるいは「カルメラ」については知られていないようだ。

 それはともかく……



〝しかし……作っている時には、皿の中に少しずつ湧いて出たそうだぞ。メレンゲはそういう作り方はせんだろう?〟

〝確かに……〟



・・・・・・・・



「――という事になってな」

「……要は何も判っておらんではないか」

「いや……あながちそうとも言えんだろう……」



 考え込みつつ異見を述べた年配の商人を、居並ぶ全員が振り返った。



「……少なくとも、魔道具の職人にも料理人にも、問題の道具の仕組みは判らなかった訳だ――単独ではな」

「単独……」

「何が言いたいのだ?」

「いや、つまりな、全くの想像なのだが、『魔料理人』とでもいうべき存在が関わっているのではないかと……」

「『魔料理人』!?」

「何なのだ、それは!?」

「……魔術、もしくは魔道具を駆使して料理を作る職人の事……か?」

「確かに……そのような存在であれば……」

「いや、(むし)ろ、それ以外の答えは考えられん」



 違う。


 ……いや、この世界においては違わないのだが、本来の綿菓子の作り方は、魔力とも魔道具とも無関係である。



「いや……だが、待ってくれ。言いたいのはそこじゃない」

「何!?」

「要するにだ、この『ワタガシ』とやらを作るには、少なくとも砂糖と魔道具と料理人が必要な訳だ。それらを用意できるのは何者かね?」

「……少なくとも、貴族と同等以上の有力者……王族の可能性もあるか……」

「もしくは、海外の精糖者だな……」

「そこでだ」



 年輩の商人は、ここからが本題だと言わんばかりに、居並ぶ全員を見回した。



「その食生活を、只同然で庶民に開放した理由は何だ? 結果として何を得た?」

「むぅ……確かに……」



 一同腕を組んで考え込んだが、そこへ(くだん)の商人が話を続ける。



「良いかね? 我々は商人だから、商人として考えてみよう。商人が大きな投資をするのは? どういう時だ? 大きな利益が見込める時ではないか?」



 ……どういう? そして、どれだけの利益だというのか?


 ゴクリと生唾を飲み込む音がそこかしこで響く。



「更に言えばだ……まだ、始まったばかりなのかもしれんぞ?」



 ヒクッというような声がどこからか漏れた。



「何しろこれだけ大掛かりな仕掛けをやってのけた相手だ。ここまでは小手調べで、本命はもっと大きい可能性も……」



 商人たちは言葉も無く立ち尽くしていた。

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