第百二十七章 マーカス 4.王都イラストリア~国王執務室(その1)~
テオドラムが国境付近に一個中隊規模の増援を行なったという情報は、マーカス王国から魔道具による通信で各国へもたらされた。その情報に困惑しつつも各国首脳部は、テオドラムの意図が那辺にあるのか、改めて検討しようとしていた。
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「テオドラムが、この時期になって一個中隊を増援ですか……」
宰相から聞かされた情報に首を捻っているのは、お馴染みローバー将軍とウォーレン卿である。
「一応マーカスとしての分析は添えてあるのだがな、それを披露する前にお主らの見解を聞きたい」
「見解も何も、儂らはこの話をたった今聞かされたばかりなんですぜ? ちったぁ考える時間ってものを貰えねぇんですかい?」
「よかろう。十分ほど時間をやろう。常在戦場を標榜しておるお主なら、それだけの時間もあればなにがしかの考えは纏まるじゃろう。戦場に在ってはのんべんだらりと考えをこねくり回している時間など無いと、いつも儂に言っておったのだからな」
普段の言動がブーメランのように自分に跳ね返ってきたローバー将軍は、不機嫌そうに小声で呪詛を呟くが、とりたてて反論はしない事にしたらしい。
「十分経ったぞ。さぁ話せ」
相変わらずの無茶振りを寄越す又従兄を上目で見ながら、仏頂面で口を開く将軍。その分析は、概ねマーカスの国境監視部隊の副官が最初に行なったのと同じ内容であった。
「成る程……積雪と関係無い状況下での作戦……それでダンジョンか」
「あの辺りの積雪量がどうなのかはすぐには思い出せませんがね、こっちと大した違いは無かった筈です。だったらそろそろ雪が降り出す頃合い。それを承知で雪の前に仕事を終わらせろって兵を送り出すほど、テオドラムの軍務卿が無茶を言うたぁ思えねぇんで」
「だが……テオドラムはダンジョン内で何をやらせようというのだ?」
怪訝そうな声で割り込んだ国王に、さして気負うことなく返答する。
「向こうさんの考えなんざぁ、儂には解りませんや。ただ、軍事行動とばかりは限らないかもしれませんぜ」
「ほう? というと?」
「兵隊ってなぁ、工兵に限らず、ある程度の土木作業はできるもんです。簡単な水路の建設や整備くらいならやれるでしょうよ」
「やつらがダンジョン内で発見したという水源か……」
「マーカスは水を運び出すのを確認したとか言ってませんでしたか?」
「そう聞いておるな。それでイシャライア、お主はテオドラム兵がダンジョン内で水路の整備に当たっておると言うのか?」
「いやぁ、ただの水路整備なら、一個中隊ってなぁ過剰です。ま、今後も何かあると見越して多目に寄越したんでしょうが、それを含めてもやっぱり多い。他にも何かあると考えてぇですな」
「それは何じゃ?」
「単純に戦力の強化じゃねぇんですか?」
面倒臭そうに言う又従弟をちらりと見て、国王と目配せする宰相。今度はウォーレン卿の方に向き直る。
「ウォーレン卿、貴公の意見を聞きたいが」
「ほぼ将軍と同じです。付け加えるとすれば、マーカスが増援を寄越したのは、水問題が解決したからだと考える事もできます。ただ、それにしては少し反応が遅いような気もしますね」
「反応が、遅い?」
「ええ。テオドラムが水源を得たらしいという報せが来たのが先月。部隊を編成する手間を考えても、一ヵ月というのは少し遅いでしょう」
さすがに各国からも一目置かれているウォーレン卿だけに、マーカス側が気付かなかったタイムラグの存在を指摘して見せた。
「ふむ……するとどういう事になるかの?」
「少なくともこの増援は、水源確認の直後、あるいはそれ以前に策定されていた計画に基づくものとは考えにくいと思います」
「水発見と増援の間に何かがあったって言いてぇのか? ウォーレン」
「そう思えますね。テオドラムの国王府が物凄く鈍間で非効率という可能性もありますが」
「ノーデン男爵とやらの尻拭いで作業が遅れた、という可能性は?」
「あぁ、その可能性もありますが……そこまで処理が長引くでしょうか?」
さすがにウォーレン卿も内務手続き関連の事には明るくないと見えて、逆に宰相に問い返す。
「いや……うむ……やはりそこまでは長引かんじゃろうな。……余程に手際が悪い場合は別じゃが」
ふむと考え込む一同であったが、その思索を破ったのもウォーレン卿であった。
「今は派遣の契機になったものを斟酌するより、増強された拠点の存在が今後に及ぼす影響を考えてみませんか?」




