第百二十七章 マーカス 2.国境監視部隊(その2)
《テオドラムはなぜ冬間近のこの時期になって兵力の増強を行なったのか?》
一見難問に見えるこの問の答えは、「兵力の増強など行なっていない」というものである。テオドラムが行なったのは、実は兵士ではなく警備員の増強であった。ただし、「ダンジョン内で重要なものが発見された」という事実に気付かなければ、警備員という発想は出てこない。いや、仮に出てきたとしても、一個中隊規模の警備員など常識外れではあるのだが。
これについては、他にも何か色々と出てきそうな予感がしたテオドラム首脳部が、「大は小を兼ねる」とばかりに大人数を送り込んだのが実情である。そのせいで、いよいよもって正解に辿り着くのは難しくなっていたのだが。
要するに、マーカスがテオドラムの意図を盛大に誤解する素地は、十二分に整っていた。
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「……積雪も近いこの時期に増援を行なった理由としては、二つほど考えられます」
「聞こうか」
マーカスの国境監視部隊の幕舎では、部隊指揮官であるファイドル代将と副官が、テオドラムの意図について論議していた。
「第一は、本格的な冬になる前に作戦が完了する場合です。すぐにでも作戦を開始するのか、作戦自体がごく短時間で終わるのかは判りませんが」
「先を続けろ」
「まず、即座に作戦を開始する、という可能性は低いと考えます。理由としては、増援された兵士たちにその気配が見えない事の他、部隊編成が迅速な展開に向いていない事が上げられます」
「ふむ……確かに騎兵を一切帯同しておらんな。兵力の高速展開に馬は不可欠なのだが」
「作戦が短時間で終わるという可能性については、彼らの作戦内容が不明なために憶測に頼らざるを得ませんが、一個中隊の増援を合わせて二個中隊を一気に投入できるなら……」
「あり得なくはない、か」
「はい」
代将は黙って副官の分析を検討する。確かにあり得なくはない。が、可能性は低いような気もする。一個中隊の増援がやってきたという事は、作戦のために少なくとも一個中隊が必要――ここが既に間違っている。一個中隊は今後の必要人員増加を見越しての人数である――の筈だ。それだけの規模の兵力が必要となる作戦なら、その気配くらいは漏れてきそうなものだが……。
「可能性は低そうな気がするな。それだけか?」
「いえ。第二は、作戦が季節と関係無い場合です」
「待て、どういう意味だ?」
「屋内での作戦なら季節は関係ありません」
「屋内? ……つまり」
「えぇ。ダンジョン内での作戦の場合です」
「あのダンジョン内で一個中隊か?」
ダンジョンなら確かに一個中隊くらいは収容できるだろうが、あそこは基本的に狭い坑道の集まりの筈。一個中隊全てを展開して連携させるのは困難ではないか?
「交代要員を想定しているのかもしれません」
「だとすると、相当長期にわたる作戦ということになるぞ?」
「だから、こんな時期だというのに増援があったのでは?」
「……成る程な」
副官の分析は一応辻褄が合っているように思えた。
「貴様はテオドラムがダンジョン内で何かを画策していると考えているのか?」
「いえ。ここまでは季節がキーワードになっていると仮定した場合です」
「何? ……どういう意味だ?」
「この『季節』に動員したのではなく、『水の問題が解決したから』動員したと考えると、別の可能性が見えてきます」
「何だと……?」




