第百二十七章 マーカス 1.国境監視部隊(その1)
テオドラムが「災厄の岩窟」で発見された骨の件だけでなく、グレゴーラムにおける「鷹」連隊の失態と、モルヴァニア軍の国境監視部隊の陣地拡充の報せにきりきり舞いをさせられている折りも折り、旧都テオドラムの「梟」連隊から抽出された一個中隊の増援部隊――実態は、骨が発見された事で重要性を増したダンジョンの警備のための増援――が国境付近に到着した。
これによって事態は更にややこしい事になる。
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「一個中隊規模の増援だと!? ……冬も近いこの時期にか?」
困惑したような声を上げたのは、マーカス軍国境監視部隊の指揮官、ファイドル代将である。
「増援に来たのは旧都の『梟』連隊だそうです」
「なぜそれを……あぁ、部隊章から調べたのか」
「いえ。うちの兵士がテオドラムの兵士に訊いたそうです」
「…………」
隣国と草の根レベルの交流を図る事は悪い事じゃないんだろうが……できたらもう少し別のシチュエーションで交流してほしかったと思う代将。この分では自軍の情報もどれだけ向こうに流れている事やら。
「大丈夫ですよ。重要な情報は渡していない筈です」
「なぜ、そう言い切れる?」
「向こうも重要な情報はこっちに漏らしていませんから」
兵の錬度は同じようなものでしょうと楽観的に言い放つ副官を見て、自分もそう考えられたら幸せだろうなと思う代将。だが、兵士の綱紀粛正より先に、今はテオドラムの意図を探る方が重要だ。
「なぜ、テオドラムは今になって兵力の増強に踏み切ったのだと思う?」
実際には兵力の増強ではない。骨が発見された事で重要性を増したダンジョンを、警備するための増援である。警備のためだけに一個中隊は大袈裟だが、これは今後も人員が必要になった場合――きっとある筈だ――に備えて、この際前倒しで送り込んでおこうと考えただけである。だが、マーカスにはそんな事情は解らない。何らかの戦術意図があっての増援だろうと、素直に普通に考えていた。
「さぁ……あの国の考え方は解りにくいですから……。ただ、常識的に考えて、兵の展開が困難になる冬に作戦を仕掛けるとは考えられません」
「そうか? 逆に言えば冬にやつらが何かを仕掛けた場合、我々の許へ増援が届くのも遅れるという事になるぞ?」
意地の悪い表情で意地の悪い事を言ってのけるファイドル代将。対して、剣呑この上もない予測を聞かされた副官の表情は引き攣っている。
「テオドラムは冬季の侵攻を予定していると!?」
「慌てるな。そうと決まった訳ではない。テオドラムが冬季の侵攻を予定しているなら、雪も降らんうちに増援を見せびらかしたりはせんだろう?」
本人は若者を鍛えてやっているつもりかもしれないが、鍛えられる側は心臓に悪そうである。いや、少なくとも心臓は鍛えられるか?
「そ、そうでした。やって来たのも歩兵部隊だけですし、侵攻兵力とは考えにくいですね」
「歩兵だけ? その報告は受けておらんぞ?」
「あ、す、済みません。少し取り乱しておりました」
すっかり取り乱した若い副官を窘める代将。どうも想定外の事態に弱い面があるなと心中で採点しておく。まぁ、それはおいおい経験を積んでいけば良いだろう。若い連中を育てていくのも上官の仕事である。あたふたする若い副官を眺めながら、ファイドル代将は再び同じ問いを繰り返す。
「なぜ、テオドラムは今になって兵力の増強に踏み切ったのだと思う?」
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