第百二十六章 モルヴァニア~国境付近~ 2.テオドラム王城
「モルヴァニアはいつの間に陣地の拡大を行なったのだ!?」
「事前に察知する事はできなかったのか!?」
今日もテオドラム王城の会議室は荒れていた。
「調べようにも、あの場所はシュレクの先になる。今まではシュレクの後方に布陣する監視部隊から適宜斥候を放っていたのだが、シュレクの村がダンジョンに侵蝕されているとの報告があってからは接近を控えているのだ。それは諸卿もご存じの筈だが?」
追及の鉾先が向きかけたのを、筋違いだと切って捨てるレンバッハ軍務卿。確かにシュレクの村に手を出さないと決定したのは国務会議だが……だからと言ってモルヴァニアの状況を放置して良い訳では無いだろう。
「無論、その後も監視は続行している。ただ、シュレクの監視部隊からそのまま斥候を放つ事ができなくなったため、監視の頻度も精度も落とさざるを得ないのだ」
「頻度は解るが、精度はなぜだね?」
「シュレクを通り抜けて国境に近付く事ができないため、ダンジョンを避けて大回りを強いられる。結果、遠距離からの観測のみとなる訳だ」
「飛竜は……いや、忘れてくれ。愚問だった」
「その通り。迂闊にダンジョンの上空に飛竜を飛ばして、あのスケルトンワイバーンを刺激するような事は避けたいからな。命令を下す訳にはいかなかったのだよ」
軍務卿は一息吐いてから話を続ける。
「抑の話、今回この一件を察知できたのも、件の飛竜兵がシュレクのダンジョンを刺激する事を避けて、国境ギリギリを飛行していたのが功を奏したのだ」
「そういえば……発見の経緯について、具体的な事を聞いていなかったな。できる範囲で説明してもらえんか?」
同僚の求めに応じて軍務卿が語った内容は次のようなものであった。
確認したのはニコーラムの「狼」連隊所属の飛竜兵である。ウォルトラムの「蠍」連隊への連絡任務で国境上空を飛行した際に気付いたが、指揮系統の関係からウォルトラムではその事を報告せず、ニコーラムに戻ってから報告を行なった。ニコーラムとウォルトラムの間は直線距離にして約六百六十キロメートル離れている。飛竜といえども不眠不休で飛び続けて二日以上かかる距離であるため、途中で一泊を挟む事になる。実質三日の行程となるため、報告もそれだけ遅れる事となった……。
「その者はウォルトラムの司令部に報告しなかったのか?」
「指揮系統の問題があるからな。よほどに喫緊の事態でない限り、一兵卒の判断で他の司令部に報告する事は認められておらん。原隊に戻ってから報告した事自体は責められんさ」
「むぅ……そういう事か……」
確かに、単にモルヴァニアの陣地が拡大したというだけで、侵攻の気配が見られた訳ではないのである。敢えて規則を破ってまで報告する必要は認めなかったに違いない。いや、それ以前に規模が拡大した事が彼に判ったかどうか。以前の状況を知らない限り、拡大したのかどうかの判断はできなかった筈である。
事情が理解できた一同は揃って溜息を吐いた。
「それで……モルヴァニアは何のために陣地を拡大したのだ……いや、馬鹿げて聞こえる事は解るが、畑や牧場を設置したのはどういう意図なのだ?」
困惑したように問いを発したのはマンディーク商務卿であるが、その答えは誰からも返ってこない。やがて視線が集中するのに気付いたトルランド外務卿が、やはり溜息を一つ吐いて発言する。
「知ってのとおり、我が国とモルヴァニアの間には直接の国交は無い。非公式な伝手を辿って訊ねてはおるが……仲介に当たった者の話では、地下水の水質検査の一環ではないかとの事だったな」
「水質検査……本当に砒霜の毒が残っておらぬのか、飲用・農業用に用いた場合に作物や家畜に影響が無いかを調べているという事か……」
「一応の説明にはなるな」
「そう、一応の説明にはなるが……同時にそれは、軍事拠点の強化が可能かどうかを調べているともとれる」
「というより……調査の名目で拠点の強化を行なうというのが正しいだろう」
「あの陣地自体に自給自足の体制が整い、しかも軍馬が用意できるとなると、これは見過ごせぬ戦力に育ちはせんか?」
「しかし、現状では二個中隊と少々だ。こちらから仕掛けるには名分が弱い」
「それ以前に、マーカスやイラストリアとの間がややこしい事になっておるこの時期に、モルヴァニアとの間にまで面倒を起こす訳にはいかん」
「だが……現状は二個中隊でも、このまま放置しておけば、大隊規模の戦力が駐屯可能な陣地ができあがる危険性もあるぞ?」
胃の痛くなるような状況に、軍務卿たちは揃って頭を抱える。
「……気は進まんが……こちらもシュレクの後背に位置する陣地を、より強固なものに拡充するしかあるまい……」
「グレゴーラムへの戦力補充だけで手一杯というのに……」
「幸い、兵力自体はそれなりの規模が駐屯している。これ以上の戦力補給は必要無いだろう。砦としての機能を強化するだけで良い筈だ」
「だが……その強化自体が大事なのだぞ?」
「大事でも何でも、やるしかあるまい。文字通り国家の危機なのだからな」




