第百六章 テオドラム 1.シュレク
切っ掛けとなったのは、マンディーク商務卿がポツリと漏らした一言であったらしい。
「黄金のゴーレムか……そう言えば、ピットもシュレクも鉱山であったな」
何気ない一言であったが、周りにいた国務卿たちはその言葉を聞き逃しはしなかった。
「マンディーク卿、それはいかなる意味か?」
などと性急に問い詰められても困る。ただ、思いついた事をふと口にしただけなのだから。
「……しかし、言われてみればマンディーク卿の言うとおりだ。三つのダンジョン悉く、何らかの形で金属と関わっておる……」
「これは……最初の手掛かりというやつなのか?」
「何の手掛かりなのか判らんのが遺憾なところだがな……共通点ではある」
思いがけぬ発見に気を引き締める国務卿たちであったが、そんな彼らに国王が困惑したように問いかける。
「そういえば……すっかり忘れておったが、シュレクはあれ以来どうなっておるのだ?」
斯くの如き成り行きで、シュレクの視察が決定したのであった。
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シュレクの鉱夫村を視察に訪れたテオドラムの兵士たち。彼らの目に映ったのは、以前とは打って変わったように作物が育って活気に満ちた村の姿であった。
「……どういう事だ?」
シュレクの村は鉱夫を閉じ込めておくため、家族を人質に取っておくため、ただそのためだけに作られた村だと聞いてきたのに。この村の様子は何だ?
呆気にとられている兵士たちであったが、彼らを見る村人たちの視線は冷たい。かつては死なぬ程度の食糧しか与えてくれず、いや、それ以前に無実の罪を着せて自分たちを攫ってきた――というのが村人たちの共通認識――相手だ。好意的になどなれる訳が無い。
居心地悪げに辺りを見回していた兵士の一人が、供え物が捧げられている一画に目を留める。その供物が置いてある先には、忌々しいダンジョンの入り口があった……。
「……どういう事だこれは!? なぜ、あの忌々しいダンジョンに供物などが捧げてある!」
兵士が「忌々しいダンジョン」という言葉を口にした途端、村人たちの目に敵意が宿る。目敏くもそれに気付いた兵士たちが更に激昂する。
リーロットに於ける五月祭の騒ぎで図らずも露呈したように、テオドラムの兵は忠誠心だけは人一倍というだけの馬鹿が多い。この時の兵士の反応も、その期待に背かないほど愚劣なものだった。やにわに手近の少年の腕をひっ掴むと、反逆の疑いがあるので全員を連行すると、声高に叫んだのである。暴れる少年を殴り飛ばして怪我をさせるというおまけ付きで。当然のように殺気立つ村人に向かって剣を抜く兵士たち。そこには国民を守る兵士の姿など微塵も無かった。
狂気に囚われたのか血祭りにでも上げるつもりか、倒れている少年に剣を振り上げた兵士が、突然悲鳴を上げて転げ回る。その上には数体の怨霊が取り憑いていた。
もとより怨霊たちはこの村の出身。遺族を残して死んだ者も多いのである。テオドラム兵への怨み以前に、家族を守ろうとするのは当然の事であった。
「! こいつらっ! 悪魔に魂を売ったか!」
それで全ての疑問が氷解したとばかりに、兵士たちが剣を振り上げ、そうして勢い良く振り下ろして……そこで止まった、いや、止められた。
黒光りする上腕骨が兵士の剣をしっかりと受け止めていた。傷一つ負う事無く。
クロウが万一のために生み出して「廃坑」に配属しておいた骸骨の勇士、颯爽の登場である。
「な、何だこいつは!?」
身の丈は二メートルを遙かに超える巨体、黒光りした骨の身体――ただし、普通の骨よりずっと太い――は、これも黒色の軽鎧――重鎧にしなかったのは機動力を損ねないため――に覆われている。腰にはこれも黒鞘の剣を提げているが、誰一人としてそれを抜き放つ様子は見せない。
そう。スケルトンブレーブは七体いた。七体の侍である。
切っ掛けとなったのは例のスケルトンワイバーンであった。ワイバーンの骨を五体分集めて一体のグレータースケルトンワイバーンが創り出せるなら、人骨ではどうなのか? さすがに悪趣味だと考えて却下したクロウに、当の骸骨たちが訴えたのである。仲間を、家族を守るために、自分たちの骨を使って欲しいと。
幾らなんでも悪趣味が過ぎると拒否し続けたクロウであったが、度重なる遺骨の陳情に疲れ果てた――普通はこういう事は起きないのだから無理もない――クロウが、もはやどうにでもなれと開き直って生み出したのがコレである。バラバラになっている骨がほとんどだったため、目分量で五人分くらいの骨の塊に「クリエイトアンデッド」――だったと思うが、疲れていたので今ひとつクロウにも自信が無い――の魔法を行使した結果、スケルトンワイバーンに騎乗するのに相応しい偉丈夫――の骨――が出現した。ワイバーンと数が合わない分は、後でスケルトンワイバーンの方を増強する予定である。
ともかく、そうした経緯で生まれたスケルトンブレーブたちは、わざわざ剣を抜くまでもないと言わんばかりに、素手でテオドラム兵を掴み上げては投げ捨て、張り飛ばし、蹴り上げ、文字どおりボコボコに――比喩的表現ではなく、実際に鎧が凹んでいた――した上で武装の一切を剥ぎ取り、村の外へ放り出したのであった。
村人たちの歓声と喝采を背に浴びながら。




