第七十一章 バンクスへ 3.シャルド~朝~
一夜明けると……外は一面の銀世界だった。あ、誰かが相部屋とかで来る可能性があったんで、昨夜は本当に泊まったよ。
『うわぁ……』
『夜のうちに降ったらしいですな』
『お前たち、寒くはないか?』
『平気ですぅ』
『僕たちも大丈夫です!』
人目を避けて懐に入っているからそれほど寒くはないだろうが……従魔たちに軽食を与えておいてから、下の食堂に下りていく。質素ではあるが味付けは中々しっかりした食事――食い物が悪いと客をよその宿にとられるんだろうな――を楽しんでいると、昨日の少年がやって来た。あぁ、遺跡の案内か。
「雪が降ってるけど、行けるかい?」
「大丈夫。さっき見てきたけど、今なら人がいない」
それでは、というので案内をお願いする。折角だから、こっそりと撮影の魔石を作動させておくのも忘れない。
お上りさんよろしくキョロキョロと辺りを見回し、ついでに撮影もしておいて、少年の後について行くと、入口付近で兵隊さんたちが雪かきをしていた。
「お早うございます。大変ですね」
挨拶すると、兵隊さんたちはちょっと驚いたようだったが、気さくに返事を返してくれた。
「お早うございます。そちらこそ、朝から大変じゃないですか?」
「いや~。昨日の混雑を見たら、とてもそうは言えません」
「あははっ、それは言えますね。自分たちも大変でしたから」
「あぁ、警備をなさってたんですか。人垣の外からは全く見えませんでした」
「ははっ、警備と言うよりも、怪我人が出ないように注意しているのが本当のところですけど」
「そう言えば、以前に喧嘩騒ぎになりかけたとか?」
「なりかけたんじゃなく、実際に何件かあったんですよ。血を見そうになったのは一件だけですけどね」
うわぁ……そこまでかよ。
「でも、嘱託員の方々が案内だけでもやってくれるんで、大分楽になりましたよ」
「嘱託員?」
「えぇ、軍を退役した先輩たちが、見物人の案内と誘導を受け持ってくれてるんです。あぁ……丁度見えましたよ」
兵隊さんが示す方向を見ると、年輩だが姿勢のよい男性がこちらへ歩いてくるところだった。兵隊さんたちはピシリと整列すると、揃って綺麗な敬礼を決める。年輩の男性は軽く手を挙げて返礼すると、俺の方に声をかけてきた。
「お早うございます。早いですな」
「昨日の混雑を見て、早朝に案内を頼んだんですよ」
「ははは、それは賢明でしたな。リトが案内してるのかい?」
そう聞かれると、少年はこっくりと頷いた。リトというのか、この子。
「リトから説明は聞きましたか?」
「いえ、まだなんですよ。頼めるかな?」
そう言うと、リト少年はたどたどしくも懸命に遺跡の説明をする。嘱託員の男性――ボルクさんというそうだ――が時々補足をしてくれて、「封印遺跡」――この遺跡はこう呼ばれているらしい――発見以来の顛末をわりあい詳しく知る事ができた。
丁度説明が終わった頃に、そろそろ他の客が現れ始めたので、邪魔にならないように退去する。
「しかし見事な雪景色だな。こういうのを見ると、雪だるまの一つも作ってみたくならないか?」
そう聞いたんだが、リト少年は何の事か判らないようだった。雪だるまを知らないのか? 不審に思って実作してやると、あぁ、という感じで頷いた。
「この辺じゃジャック・オ・スノウボール、雪坊主のジャックって言うんだよ」
へぇ、それは知らなかった。
そういうと、リト少年は手際よく「雪坊主のジャック」を作って見せた。こっちは西洋風に三段で……頭の形が尖ってるな?
何となく興が乗って、雪兎なんかも作ってやると、リト少年は目をキラキラとさせて見入っている。こういうところは子供だな。
更に興が乗ったので、雪を集めて少し大きめの雪像を作る。俵形に纏めた雪の塊を削って形を整えていたんだが、出来上がる前に宿の主人がリトを呼びに来た。俺が引き留めていたわけだから怒らないでくれととりなして、ついでに荷物をとってきてもらってチェックアウトの手続きをする。
このまま発ってもいいんだが……作りかけのまま立ち去るのも何だかなぁ……。
・・・・・・・・
結局、クロウは作りかけの雪像を完成させてから立ち去った。それはリト少年が作った「雪坊主のジャック」の前に腰掛ける少年の雪像で、誇らしげな表情がよく表現されていた。綺麗な雪で表面を化粧された見事な出来映えの雪像は宿泊客の評判を呼び、負けじ魂を発揮して自分たちでも雪像を作った客――なぜかエルフに多かった――もいて、宿場の周囲はちょっとした雪祭り状態になっていく。
・・・・・・・・
この時以来シャルドで恒例となる雪祭りでは、必ず少年の雪像が一体作られる事になる。だが、最初にそれを始めた人物については詳かでない。




