第七十一章 バンクスへ 1.出発
いざバンクスへ出発という日、エッジ村の皆が見送りに来てくれた。人付き合いが苦手で引き籠もりの俺だが、こういう風に好意を示されるとやはり嬉しくなる。
「今年はちぃっと出るのが遅くなったけんど、大丈夫だか?」
「去年も通った道で、大体のところは判ってますから大丈夫ですよ」
「けんど……途中で雪に遭ったら大事だで」
「まぁ……バンクスまでなら大丈夫だと思うけんど」
「これでも野営には慣れてますから、ご心配には及びませんよ」
「まぁ、気ぃつけて行くだよ。山小屋の方は時々見廻っておくだで、心配要らねぇだでな」
「ありがとうございます」
来年も山小屋を借りる約束は一応できたからな。一安心だ。
「なぁに、クロウさには今年も色々世話になったで、気にせんでえぇだ」
言われるほど大した事はしてないんだけどな。せいぜい丸玉を作ったり、それをアクセサリーに仕立てたり、草木染めを教えたり、枝豆の食べ方を教えたり……うん、やっぱり大した事はしてないな。
『充分色々とやらかしておるわい……』
『じゃあな、爺さま。念話では話せるが、直接会うのは来年までお預けだ。それまで達者でいろよ』
『ふむ、お主こそな。どうも面倒事に巻き込まれる才能があるようじゃからのう』
縁起でもねぇ……。
まあ、こういった次第で、俺たちはエッジ村のみんなにしばしの別れを告げて、昨年と同じ道を通ってバンクスへと向かった。
・・・・・・・・
昼過ぎにモローを通りがかったが……何か、前来た時よりも活気があるような気がするんだが……。
『ロムルス、レムス、ちょっといいか?』
『はい?』
『何でしょうか? クロウ様』
『今、モローの町へ来ているんだが……どうも以前より、少しだけだが活気があるような気がしてな。そっちでは何か変わった事はなかったか?』
『いえ……特には』
『あ……そう言えば、この間子供が入ってきましたね』
子供!?
ロムルスが話してくれたところでは、先日「還らずの迷宮」の入口付近に、六~七歳の男の子と女の子が入ってきたのだという。さすがに手を出しかねていたら、やがて迷宮の外から親に呼ばれて出て行ったそうだ。
『親が叱っている声と、子供たちの泣き声が聞こえましたから、厳しく叱られたみたいですけど』
別段緊急事態というわけでもないと判断し、報告しなかったそうだ。
『それで、子供たちの衣服はどんな感じだった?』
『言われてみれば……かなり上等の衣服でしたね。貴族という感じではありませんでしたが……裕福な商人の子供という感じでしょうか』
ふむ……。裕福な商人の子供と、少しだけ活気づいたモローの町ねぇ……。
この時の俺には、二つの出来事に共通する原因を思い浮かべる事ができなかった。




