第五章 ダンジョン 5.流砂の迷宮
復活したダンジョンコアの片割れ、レムスのデビュー戦です。
新生ダンジョンの討伐に出向いた勇者一行が帰って来ないと騒ぎになる少し前、レムスのダンジョンの前に冒険者の一行が佇んでいた。メンバーは剣士、魔術師、斥候、壁役の四人である。回復役がいないのはポーションで乗り切るつもりらしい。それなりにバランスの取れたパーティのようだった。
「ギルドの依頼って事だが、ここって本当にダンジョンかよ」
「正直言って判らんな。もう一個の方はダンジョンっていう話だが、こっちの方はなぁ……」
彼らが困惑しているのには理由がある。ダンジョンというものは強固な壁を持つというのが定説なのに、この洞窟はこともあろうに砂でできており、所々で砂の壁や天井が崩れ落ちているのである。
「壁や天井がこうもぽろぽろと崩れ落ちてるってのに、発見されてからこっち埋まる様子がないってんで、ギルドはダンジョンだと判断したらしい」
「これじゃあ、お宝があっても砂に埋まっちまってんじゃねぇか」
「こうも崩れやすく狭いんじゃ、モンスターもいないかもな。それだけが救いってところか」
「その代わり、気を抜くと生き埋めだぜ。ぞっとしねぇやな」
「文句を言うな。指名依頼なんだからさっさと片づけるぞ。命綱は二本とも準備したな?」
「ああ、こんなところじゃ命綱だけが頼りだからな。二本ともしっかりと縛りつけてある」
「よし、入るぞ」
リーダーの号令一下、冒険者たちは命綱を伸ばしながら進んで行く。砂地に足をとられ、時折落ちてくる砂の塊に往生しながらも、ゆっくりと、しかし着実に進んで行く。ダンジョンの奥は、「還らずの迷宮」とはうってかわってだだっ広い空間になっており、地球のサハラ砂漠のような光景が広がっている。どこを歩いても問題ないように見えるが、逆に言えば確固たる道が無いという事でもある。一歩ごとに砂に埋まるような場所では存分に動き回る事はおろか、しっかりした足場も確保できない。駄目押しに、砂の中に潜んでいるサソリや毒蛇が彼らを襲い、冒険者たちはゆっくりと活力を奪われていった。
「糞っ、命綱があったからいいようなものの、下手すると道に迷って野垂れ死にしかねんぞ」
「道に迷うも何も、道なんかどこにあるってんだよ。どっちを向いても砂ばかり。あるはずの果てすら見えねぇじゃねぇか」
「だだっ広い単一層が広がるだけのダンジョンか? この様子じゃ下の階層は無いのかもしれんな」
いや、「流砂の迷宮」にもちゃんと下の階層はある。ただしそこへ行く道は、砂漠の奥地に半ば埋もれて存在するピラミッドの中。入口を見つける前に発掘作業が待っているという極悪仕様。今回のパーティでは、そもそもピラミッドに辿り着けるかどうか怪しいところであった。
「かれこれ五、六時間は歩いてるぜ。そろそろ休憩をとるべきじゃねぇか?」
「そうだな。これ以上進んでも、野営に適した場所は見つからんだろう。あまりいい場所じゃないが、ここで休もう」
冒険者たちが腰を下ろし、簡単な食事を取って気が緩んだのを見すましたかのように、それは起こった。
それは突風から始まった。
「うっぷ、酷い風だ」
「リーダー! ただの風じゃねぇ、あれを見ろっ!」
空を覆うような黒雲かと見えたのは砂嵐。トン単位で巻き上げられた砂が冒険者たちを襲い、覆い、埋め尽くしてゆく。永劫に続くかとも思われた蹂躙の後、砂山の表面が少し動いた。
「ふぅっ、なんて目に遭ったんだ……誰かいないのか?」
リーダーと呼ばれていた斥候職の男は声を限りに呼ばわったが、還ってくる答えはない。だが、僅かな砂の動きを見逃さなかったのは、斥候としての長年の訓練と経験の賜物であろう。
「ゲイル! 無事か!」
「うぅ……リーダー、何とか生きてるみてぇだ……。他の連中は?」
「わからん。俺も今気がついたばかりで、見つけたのはお前が最初だ」
その後二人は手分けして周囲を探してみたが、生存者はおろか荷物一つ見つける事はできなかった。このダンジョン「流砂の迷宮」では、砂嵐だけでなく流砂が侵入者を襲う。先ほどの砂嵐と同時に砂山は流砂と化して、他の冒険者たちを呑み込んだのである。
「リーダー……命綱が……水も食糧も見当たらない……」
「それだけじゃない。周りを見てみろ、地形というか砂山の形が一変してる」
「それじゃ……」
「あぁ、完全に方角を見失った……」
砂漠で水も食糧も失い、方角すら見失った者の末路は想像に難くない。追い討ちをかけるようにダンジョン内の気温が上がりはじめ、乾燥した空気が冒険者の体から水分を奪ってゆく。
侵入した冒険者が全滅するのに、さほどの時間はかからなかった。
実はこの迷宮、見かけよりはるかに悪質である。足もとは起伏がある上に踏ん張りの利かない砂山。機動力が殺される上に、踏ん張りが利かないため斬撃打撃の威力も激減。歩くだけでも体力を使う。魔法を使おうにもモンスターは出てこず、腹立ち紛れに砂に撃っても暖簾に腕押し、効果はほとんど出やしない。いやらしいことにこの砂、実はダンジョンの壁が変形したもので、いくら魔法をぶっ放しても吹き飛ぶ以外の影響はない。ならばと空を飛ぼうとすると、砂嵐によって叩き落とされて生き埋めコース。諦めてただ進もうとしても、高温で乾燥した空気がじりじりと侵入者の体力を奪っていく。絶え間なく吹く風は砂山の形を少しずつ変え、侵入者の足跡を埋めてゆく。階層全体に迷いの魔法が張られているため、どうあがいてもいずれは道に迷う仕組みになっている。おまけに少し油断すると、上から砂の塊が落ちてくるわ、流砂が侵入者を呑み込もうとするわ、設計者の根性の悪さがよく解る迷宮になっていた。
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『ふむ。ロムルスに続いてレムスもダンジョンの防衛に成功したな』
『ありがとうございます、クロウ様。兄と違って手応えのある相手ではありませんでしたが』
『なに、爺さまが聞き込んできたところじゃ、それなりに名の通ったチームらしい。ランクで言えばBクラスだそうだ』
『あれでBクラスですか……。まるで手応えがなかったんですが……。クロウ様に戴いたこの迷宮が、それだけ優秀という事なんでしょうか』
『卑下する必要はないぞ、レムス。お前の実力だ』
『恐縮です。それで、侵入者たちの死骸はどうしましょうか?』
『うん? ロムルスから聞いたのか?』
『はい、勇者に較べれば雑魚と思いますが、一応保管してあります』
『ふむ。あの勇者たちよりも歳くってる分、知人も多いかもな。使えるかもしれんから、一応保管しておいてくれ。屍体の分の魔素は後ほど補填する』
『ありがとうございます』
もう一話続きます。殺伐とした話は本話で一旦終わりです(第七章ではまたぞろ面倒事に巻き込まれますが)。




