第五章 ダンジョン 4-4.還らずの迷宮(その4)
勇者殲滅話の最終話です。生々しくはありませんが、人が斬殺される場面があります。苦手な方はご注意下さい。
半ば朦朧としつつも、カイトは歩みを止めなかった。休憩中に炭酸ガスで死にそうになった時のトラウマが彼を駆り立てていた。休むのは駄目だ。体を動かし続けないと、反応が遅れる。このダンジョンは手の内を見せずに殺しにかかってくる。止まるな。動くんだ。歩き続けなきゃ駄目だ。その考え自体が呪縛のようなもので、徒に疲労を蓄積させているのだが、相談相手を失ったカイトにはその判断もできなかった。
蛍光を発するアイテムの仄かな光だけを頼りに進んでいたカイトは、何か埃っぽいような、むせ返るような感じの場所に入った事で困惑した。ケイブバットの気配はないが、蛍光では何が起きているのか判らない。束の間の逡巡の後で、カイトは残り少なくなった松明を取り出して火を着けた。
……そして、全てが終わった。
『わぁ、本当に小麦粉であんな派手な爆発が起きるんですね』
『あぁ、粉塵爆発というやつだ。空気中の可燃物粒子の濃度が一定以上になると、火を着けた時に爆発的に燃え上がるんだ。おまけに、酸素を急激に消費するから、火傷を免れても酸欠でやられる。ともあれ、これで勇者は沈んだ。残っているのは二人か……』
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ダンジョン内に響く轟音は聞き間違えようがなかった。轟音の元が何かは判らないが、契機となったものは疑いようがない。あそこに仲間がいるのだ。
マリアとフリンは疲れた体に鞭打ちながら音の方向を目指した。
「少しだけど風が吹いてくるわね。この先に出口があるのかしら」
「だといいんですが……うわぁっ!」
進んでいた通路の側面の壁が急に開けたと思ったら、滑り台のような急斜面が姿を現す。通路自体も急に傾斜したため、フリンは滑り台に乗ったように奈落の底へ滑り落ちて行った。
「フリンっ!」
放っておけないとばかりにマリアはフライの呪文を使い、空を飛んでフリンを追う。フリンの滑ってゆくスピードが異常なくらい速いので、追いつくために全速力を振り絞る。
唐突だが、ダンジョンの壁はほぼ破壊不能で、どんな形状であっても壊す事はできない。たとえ目に見えないほど細い糸の形で張り巡らされていても。
「マリアさんっっ!」
高速で飛ぶマリアの前に張り巡らされていた細い糸は、マリアの体をあっさりと切断した。幾つかに分断された「マリアだったもの」は、そのままフリンと一緒に奈落の底へと滑り落ちて行く。
『これで残りは一人……』
どれだけ滑り落ちていたのか、長かったのか短かったのか、時間の感覚がおかしくなっている。いや、おかしくなったのは時間の感覚だけじゃない。なにか今までの事がすべて夢か幻のような気がする。現実なのか、悪夢なのか。判らない。自分はどこにいるんだろう。酔っ払って悪い夢を見てるのか。ここはどこだ。判らない……判らない……判らない……。
熱に浮かされたようにふらふらと彷徨うフリンの前に泉のようなものが見えた。操られるように近づくと、掌で水をすくい上げて貪るように飲んだ。ゆっくりと、体の疲れが融けるように消えてゆく。眠たい。少し休んで、起きたら皆と合流しよう。カイトさんたちがきっと見つけてくれる……。
『おい、毒泉の水を疑いもせず飲んだぞ。水生のモンスターがあの中に引きずり込んで始末する手筈じゃなかったのか』
『テンタクルはやる気充分で待機していたんですが……肩すかしでしたね』
『まともな治癒術師に見えたんだがな……危機感ってものがないのか』
『立て続けに仲間が死んだ事で神経がすっかり参っていたようですね。勇者パーティの一員にしてはヤワなものです』
『ともあれ、これで雪辱を果たせたわけだな。おめでとう、ロムルス』
『クロウ様。勇者一行の屍体ですが、どうしますか?』
『うん? 吸収したんじゃないのか?』
『はい。クロウ様が何かに使われるんじゃないかと思って、一応吸収せずに保存してあります』
『そうだな、ダンジョンマスターのスキルに死霊術は……何となくできそうな気がするな……。よし、やつらの屍体をアンデッドとして何かに利用できそうだ。すまんがしばらく保管しておいてくれるか』
『承知しました』
『あと……ここまでの顛末は一部始終記録してあるんだよな?』
『はい、魔石を用いて記録してあります。クロウ様が魔力を流せば、記録映像が幻のように浮かび上がって見える筈です』
『ホログラムによる3D映画か。留守番の連中にいい土産ができたな』
明日は復活したダンジョンコアの片割れ、レムスのデビュー戦です。




