第三百十六章 道との騒動 9.クロウ(その2)
その方針が早々に見直しを迫られたのは、クロウと同じく邪魔な野次馬に業を煮やしたカービッド将軍が、彼らに見せつけるかのように調査隊の派遣を断行したためであった。
カービッド将軍の意図としては、敢えて未着工区で調査を行なってみせる事で、〝未着工区には金鉱が眠っており、王国はそれを独占するつもり〟などというデマを払拭するつもりであったのだが……その辺りの裏事情を知らないクロウたちの目には、それとは違った構図が見えていた。
即ち――
『むぅ……てっきり測量を始めるのかと思っていたが……』
『どうやら違うようでございますな』
『どちらかと言うと……地質調査に……見えますが……』
『それに託けてぇ、民間人を追ぃ払ってるよぅにもぉ』
『見えるよね、確かに』
まぁ確かに、屈強の強面兵士を従えた学者や技術者が、我が物顔に出張って来れば、野次馬たちが場を譲るのも理解できる。
ただ、それを遠目傍目に見た場合、兵士たちが野次馬連を追い払っているように見えたのも事実である。
そして、そこから導き出される解釈は……
『モルヴァニアは――モルヴァニア王国は、あそこに何があるのかを知っていて、それを独占しようとしているのか?』
……という、カービッド将軍の思惑とは凡そ真反対のものだったのは皮肉であった。
まぁ尤も、
『何かではなくあの場所を占有しようとしている……という解釈も成り立ちますが』
『目障りな連中を追い払おうって訳ね』
国境監視砦の存在意義に鑑みれば、こちらの解釈の方が妥当なように思える。ただ……この解釈を採るに当たっては、少しばかり腑に落ちない点があるのも事実なのであった。
『目障りなやつらをどうにかしたいんだったら、何もせずに放って置くというのが一番の筈だぞ? 一過性の野次馬根性なんぞ、熱りが冷めるのも早いだろう』
なのに態々砦の兵隊が出張って来るような真似をすれば、何かを隠そうとしていると思われても仕方がない。余計に興味を掻き立てるだけ……というクロウの意見も、反論として充分な説得力を持っていた。
ただし砦の兵士たちの行動は、クロウのこの意見に対する反証もまた提示していたから、話はややこしくなってくる。
『でも主様、兵隊たちは調査の様子を隠そうとしてませんよ?』
『うむ……』
そう――そこが不可解な点であった。
埋まっているものを独占したい――言い換えれば、野次馬どもを埋蔵物から隔離したいというのなら、作業の様子やその結果を知らしめるのは不都合な筈。何か見つけたのを野次馬どもが知れば、温和しく引っ込んでいる筈が無い。騒ぎ立てるに決まっている。
なのに、それを敢えて公開するというのは、そこに何も無い事を確信しているから……という事になり、最初の仮定と矛盾する。
『つまり……指揮官はあの場所に何も無い事を知っていて、それをはっきりさせるために、この挙に及んだというのか?』
だとしたら今度は、砦の指揮官はどうやってそれを――何も無い事を知っていたのか、少なくともそう確信できた根拠は何かという点が気に懸かる。
(これは……何か仕掛けるにせよ静観するにせよ、モルヴァニアの内情を知らんとどうにもならんな……)
これまでは特に問題無しとして放置してきたモルヴァニアであったが、事ここに至っては、最早そんな事は言っていられないようだ。
『またカイトさんたちを派遣するんですか? マスター』
『いえ……彼らはそろそろ……ヴィンシュタットの……屋敷に……戻っていないと……拙いのでは……?』
『おぉ……そう言えば年の瀬も間近となっておりましたな』
『あぁ、新年祭か』
そう言えばそういう時期だったな――と、クロウも認識を新たにする。
今年はモルファンの王女留学なんてイベントもあった訳だし、新年祭でも例年と違う何かが起きそうな予感がそこはかとなくする。この頃はノンヒュームの連中も大分捌けてきて、粗方の采配は任せられるようになっているが、それでも何が起こるか判らないのが「祭り」である。殊に〝モルファンの王女〟なんて不安要素が加わっている上に、
『「迷姫」もぉ、きっとぉ、やって来ますよぉ』
『あの、〝歩く特異点〟か……』
アナスタシア王女という「不安要素」に加えて、迷姫リスベットという「不確定要素」がやって来る、下手をするとその両者が遭遇するかもしれないのだ。こちらも万全の態勢で迎え撃ちたいところ。つまり……
『モルヴァニアに係ってる暇は無い、と』
『そういう事になる』




