第三百十二章 特命調査員ラスコー、マーカスへ 12.モルファン情報部(その1)
さて――〝面倒な思案は全て依頼人に押し付ける〟との決断によって心の平穏を取り戻したラスコーと違い、その〝面倒な思案〟を全て押し付けられた形のモルファン情報部はと言うと……これはどう控えめに言っても、平穏な心境ではいられなかった。
アナスタシア王女から振られた微妙に面倒な案件を民間人に委託し、結果として然るべき成果を得た――それはいい。
その〝得られた成果〟が色んな意味で期待以上……いや想定以上のものであった事も、まぁよしとする。
……少なくとも、依頼人として文句を言える内容ではない。
唯一つ物申したいのは……
「何で民間人がこれだけのネタを掘り出して来るんだよ……」
その内容の――腹立たしい、いや呪わしいばかりの――充実ぶりである。
それも単に量が多いというのではない。分野と言うか方向性と言うか、それが嫌になるほど多岐に亘っているのである。
「いや、寧ろこれらが〝民間人ですら入手できる〟内容だという事が問題だろう。特に秘密にされている訳ではなく、一般的に周知されている事実だという事なんだからな」
「一般人云々には少し疑問もあるが……大筋ではそうだな」
「うむ、オープンな情報という事はつまり、誰憚るところの無い大っぴらな思潮だという事だからな」
――という意見もありはしたが、彼らの本音は唯一つ。
「に、しても……能くもここまで多種多様なネタを……」
「腕利きの情報屋という評判に偽りは無かったようだな」
「後始末をさせられる側としては痛し痒しなんだがな」
だがしかし、ラスコーに依頼すると決めたのは自分たちなんだし、文句を言うのは筋違いである。それくらいの分別は弁えている彼らは、溜息を吐いて本分である情報の吟味に移るのであった。
「まずは王女殿下の指嗾……ご指摘にあった、『国土回復運動』の懸念からだが……これは……杞憂だったと考えていいのか?」
「古代マーカス帝国(仮)」の範囲を嘗ての国土だなどと言い出し、延いては失われた国土の回復なんて与太を唱え出すような馬鹿が現れては、マーカスと周辺国家の仲がおかしな事になりかねない、それを未然に防ぐためにも関連情報の入手は必要……というのがアナスタシア王女の言い分であり、情報部もそれを受ける形でラスコーの派遣を決めた訳だから、彼らとしては何を措いてもその「国土回復運動」の有無を確認しておく必要がある。
そしてラスコーが探り出して来た結果というのは……
「懸念していたような動きは――少なくとも表立っては――見られない、か」
「と言うか仮説信奉派の間では、〝古代マーカス帝国の栄華を示す証拠を、何で他の国で探さねばならないのか〟という意見が支配的らしいな」
「寧ろモルヴァニアに対しては、対抗心のような危機感を抱いているようだな。……ラスコーがそれを煽ったとも言えるんだが」
「またモルヴァニアが狙い澄ましたようなタイミングで、遺跡調査結果の包括的な見直しなんかを始めたようだからなぁ……」
そのネタをラスコーが情報の対価として引き渡したために、一部貴族の競争意識を煽る結果になったようだが、
「だがまぁ、拡張主義的な言動が見られなかった事は吉とすべきか?」
「それはまぁ」
「しかし油断は禁物だ。今は矛先が隣国に向いていないとしても、今後の情勢次第でどう転ぶか……予断はできん」
「うむ、かなり過激な一派もいるようだからな……『湖』での騒ぎから見ても」
〝古代マーカス帝国の栄華を示す証拠〟を求めて暴走した一派が、「災厄の岩窟」ならびに「誘いの湖」の内部情報の開陳を求めた挙げ句、その尻馬に乗っかった釣り馬鹿どもと結託して、当局に対してデモ紛いの事までやらかした件についても、ラスコーはしっかり調べ上げて報告していた。
しかも、ラスコーの報告はそれだけではなく……




