【5-1】:ダンスレッスンの開幕
ーー控室。
アイドルとして活動するための詳細なキャラクター設定を共有し終えたところで、加納は次の予定について説明を始めた。
「それでは、次回からはダンスレッスンの開始になります」
「ダンスレッスン?って、あれか、なんかスタジオ行って練習したりするやつ?」
「そうですね。七階にはダンスレッスン室があるので、そちらで行います」
「この事務所、本当に色々と整っているんだね……」
悠人と加納の会話に快が驚きに目を丸めた。
「無駄に広いだけじゃないんだな」
「こんな一等地にどデカいビル構えてて無駄なスペースがある訳ないだろ……」
煌が呆れの眼差しを向ける中、ふと疑問に思った事を口にした。
「あ、宣材写真とか告知はもっと後にやる感じ?」
「ええ、先ずは各々の必要な基礎値や、実際の動きを見てから設定と合うかどうかの確認がありますね」
「事務所に入るとそういうのやるんだな」
「何事も順番がありますから」
煌は腕を組みながら納得したように頷いた。
そして、加納は他に質問がないだろうかと全体を見渡すも、全員が戸惑いながらも口を閉じているのを見て締めの言葉をかけた。
「それでは、次の予定は三日後の朝10時になります。各自、遅れないようにお願いしますね」
「……だってさ、悠人」
「って、俺だけ名指しかよ!」
悠人は煌へ噛み付いた。
「あと漣も気をつけてね。ゲームして寝坊しないように」
「……分かってる」
快は画面を見る漣に小さく忠告を入れた。
こうして、彼らのSTARDUST NOISEとしてのデビューに向けた準備が始まった。
◇
ーー三日後の定刻。
四人は事務所の控え室に待機していた。
「今日からダンスレッスンだっけ」
「そう。それと、事務所内は俺らもまだ分からない所多いから、加納さんが案内してくれるってさ」
「マップは渡されたけど、確かにちょっと広すぎるからね」
ソファにどかりと座った悠人の疑問に、メイク台前の椅子に腰掛けながら煌が煙草片手に答える。
快は悠人の対面に座り、テーブルの上にノートを広げていた。
悠人は興味が薄そうにテーブルの上へ放置していたフロアマップを眺める。
そして、欠伸を一つ漏らした。
ーーカチ、カチ……。
白い壁に掛かる時計の秒針の音が響く。
広々とした控え室には緊張感のない緩い空気が流れていた。
「……そろそろ時間だな」
窓際の和室スペースでゲームをしていた漣がふと言葉を漏らした。
ーートントン。
不意に控え室の扉が軽くノックされた。
ーーカチャ。
ドアノブが回され、扉が開く。顔を見せたのは加納だった。
「おはようございます。皆さん時間ぴったりに揃っていますね」
「おう。こういうのはやっぱり最初が肝心って言うだろ?」
「他のことは遅刻するのに……?」
「うるせー。時間が俺に合わせない方が悪い」
「どんな理屈だよ。暴君か」
煌の茶々入れに悠人が鼻を鳴らす。
そんな二人のやり取りを視界へ入れながらも加納が手を叩いた。
「はい。それでは皆さん。レッスン室に行く前にこちらで練習着に着替えて下さいね」
「あ、そうだった。よし、お前ら!ちゃっちゃか着替えんぞ!」
悠人はソファに置きっぱなしにしていたリュックを開きつつ全員に声をかける。
「……ふふっ、悠人、リーダーっぽい声かけじゃない?」
「まあ、あいつお調子者だからな。元気なのは悪くないけど」
「漣!いつまでゲームやってんだ!着替えだ!着替えー!」
「待て。あと三分……いや、一分」
「なんか、楽屋でのやり取りと変わんないね」
「はあ……。おい、遅れるからさっさとしろ」
加納はそんな四人を見てこっそりと溜息を零した。
◇
壁一面に張られたガラスが天井まで高く伸びる、レッスン室。
悠人たちはレッスン着のカジュアルな服に着替え、笑顔の青年の前に横一列に並んでいた。
「はーい、皆さん揃いましたね。皆さん静かに整列出来て、とっても偉いですよー」
柔らかな空気を持つ男性が彼らの前に立つ。
間延びをした、どこか気の抜けるような話し方が特徴の男性が全員に笑顔を向けた。
「俺らは幼稚園児か?」
「お前に至っては中坊だろ」
「ざけんな、年齢詐称の癖に!」
煌と悠人の毎度恒例である軽いじゃれあいが始まる。
男性は言い合う二人の様子をしばらく眺めながら、ふと手を叩き注視させる。
「お隣のお友達とは仲良く、が基本ですよ~。あ、それと、輪を乱す輩はビルの外周十週の刑になるので、次からはちゃんと先生の話を聞いて下さいね〜」
男性の放つ柔らかな声と微笑みが二人に向けられる。
その内容に四人の動きが固まった。
「……ビルの外周、相当広いぞ」
「一周するのに、一体何分かかるんだろうね……」
ヒソヒソと漣と快が小声で内緒話をする。
釘を刺された悠人と煌の二人は、冷や汗を首裏に流しつつ口を閉ざしていた。
そして四人が静かになると、男性は満足そうに笑った。
「ボクが今日から君たちにレッスンを行う、三笠です。ミカちゃん先生って呼ばれてるので、気楽に呼んでくださいね~」
「よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします」」」
煌が真っ先に声を上げ、三人が続いて挨拶をすれば、四人がバラバラながらも頭を軽く下げる。
三笠はそんな四人を褒めるように拍手した。
「うんうん。皆さんとっても元気でいい子ですね」
「ミカちゃん先生。話し方や雰囲気も柔らかいし、優しそうで少し安心するね」
「いや、あの顔をよく見ろ……」
快ののんびりとした声に、悠人がすかさず制止の声をかける。
「え?何……?うーん、おかしいところ、ある?」
「あの笑顔、物販で金勘定する営業顔の煌と同じ顔してるぞ」
コソコソと小声で悠人が快に声をかけた。
その言葉に快は戸惑い、悠人が胡散臭そうに見つめる中、三笠は笑みを浮かべる。
「はい。それでは、早速やって行きたい所ですが……」
「ん?どうしたんだ?」
「手始めにまずはストレッチからやりましょうか」
「げっ、ストレッチからか……」
「煌って一番身体硬そうじゃね?」
「それ以前に煌が走ってる所、見た事がないな」
「俺も煌と同じインドア派だし……ちょっと自信ないかなあ……」
煌と快はお互いの冴えない顔色に頷き合い。
悠人と漣は揃って肩を落としながら首を振っていた。
◇
ストレッチの時間は予想通り、身体の硬い煌と快は四苦八苦しながら前屈をしていた。
「あと少し!タバコ半分くらいの高さなのに……!」
「あ、背中がパキパキって音なった。最近、運動全くだったしね」
床へ伸ばした指先は、あと少しのところで届かなかった。
一方その頃、悠人と漣は苦しげな二人と比べて表情すらも軽やかなものであった。
「お、まだ案外いけるいける」
「……こんなもんだな」
案外柔軟性のある悠人は爪先を掴み、元より身体能力が高く日々ジム通いする漣は両掌を床へとぺたりとくっつけた。
その後もああだのこうだの言う二人を他所に、悠人と漣は比較的補助もなく一通り全身のストレッチを続けて行った。
「はあ……これ、ヤバくない?しんど過ぎるんだけど」
「学生の時の運動って、やっぱりあれ意味なかったの……?」
準備を終えた四人のうち、二人が序盤から早くもダメージを負う結果となっていた。
「まあ、アイツらじゃこうなるよな……。快なんて、特にもやしだし」
「アイドル……本当にやれるのか?」
悠人と漣はこそこそと言い合いながら一休み入れる煌と快を見て不安を覚えた。
「次は体力テストを行いますね〜」
「「は??」」
「スポーツインストラクターか?」
ツッコミを総スルーし三笠が次々と部屋の隅にあった器具を運びながら、準備を整えていく。
「それでは、まずは腹筋、背筋、腕立て伏せ、シャトルラン、あとは反復横跳びですね〜。皆さん頑張りましょう!」
こうして、地獄の基礎体力テストが行われた。
次回▶︎定期更新:金曜の20時。
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