第2話 怪しい男のやることはやはり怪しい
胡散臭い男に連れられて向かった先は、町の郊外にある場所だった。
なお、乗合馬車については、この町で降りることは伝えてある。乗合馬車側としては不可抗力ではあるが、目的地にはたどり着けなかったため、先払いした料金の半分ほどが戻ってきた。
荷物をまとめて徒歩で町の門を抜けると、街道沿いに馬車が一台、停めてある。
小ぶりになってきた雨の中、その馬車の御者台に座って待っている男が二人いた。
一人は体格のいい、禿頭の男。
もう一人は、神経質そうに周囲を見渡す小柄な男だった。
セイラスがその二人のエーテルを見ると、まあまあの実力者であることが分かった。
荒事を担当しているのだろう。
ニコニコとした信用できない笑顔を貼り付けた男に案内され、馬車へ近づく。
よく見ると、荷台が浮いている。
マルタが使っていた馬車と同じく、浮く荷台のようだ。
どうやら、金はあるらしい。
その荷台には木でできた壁と天井、そして扉がつけられている。
一つの部屋が、そのまま宙に浮いているようにも見えた。
そういう使い方もあるのかと、セイラスは心の中で感心する。
セイラスたちを連れてきた太った男に対して、体格のいい男が話しかけた。
「メシの買い出しに、どれだけ時間がかかってるんだ……っと、そのガキどもは何だ?」
この前、成人したからガキじゃないんだけどな。
セイラスは頭の中で反論する。
「あぁ、お客さんだ。丁重に扱ってくれ。どうやら、北に行きたいらしい」
「そういうことか」
体格のいい男はニヤニヤしながら、主にノエルを見ている。
「後ろの荷台に乗れ。おい、ドアを開けてやれ」
体格のいい男は、隣の小男に声をかける。
小男は仕方なくといったふうに荷台のほうへ回り、浮いた荷台の扉を開けた。
中は薄暗く、奥のほうには荷物がたくさん積まれているのが見えた。
「散らかってるが、我慢してくれ。荷物には触るなよ」
小男はそっけなく言うと、セイラスたちに荷台の中に入るように促す。
御者台には屋根があり、男三人が余裕で座れるだけの広さがあった。
男たちは外の御者台に座り、自分たちは荷台に乗っていくということらしい。
乗り込んだ後、ドアを閉められる。
ガチャリ。
外から鍵を閉められたようだ。
(閉じ込められたが、荷物を守るために鍵をかけたとも言い訳できる。慣れてそうだな)
雨に濡れないよう、天井はしっかりと塞がれているが、壁には隙間があるため、真っ暗にはならない。
壁の隙間からは、雨でぬかるんだ街道が見える。
外で男たちの声がする。
どうやら出発するらしい。
しばらくすると、荷台が動き始めるのを感じた。
「やっぱり、こういう時は便利だな」
ぬかるんだ道では車輪がはまり、通常の馬車では進めなくなる。
しかし、この浮く荷台であれば、馬が足を取られない限り、足元が悪くても進むことができる。
「ちなみに、これからどうなさるおつもりですか?」
目配せでなんとなく意図は通じていたものの、具体的にどうするつもりなのかとノエルが尋ねてきた。
「その前に、この三人は何色だった?」
ノエルの察知能力による判定を確認する。
「全員、黄色ですね。少し赤が混じる時があります」
「全員が害意あり。場合によっては、自分たちを殺しても構わないと思っている、というところか」
おそらく、彼らの目的はノエルと自分たちの荷物だろう。
ノエルは最近、美しさに磨きがかかってきた。
屋敷を出てから、青い髪が珍しいことを知ったが、それを差し引いてもノエルは人の目を引く。
実際、荷台の前にいる三人の男たちは、ノエルばかりを見ていた。
黄色の中に赤が混じっているのは、セイラスについては、生きていようが死んでいようがどちらでもいいということだろう。
「まあ、どこでこっちに手を出してくるか、だな」
「どこで、ですか?」
「ああ。俺たちの目的は、あくまで北の町に行きたいだけだ。あいつらが俺たちのことをどう思っていようが、途中まで運んでくれるなら何でもいい。もしアジトまで連れて行こうとするのなら、途中で無理やり降りよう。もし途中で襲ってくるようであれば、返り討ちにする。そんな感じだな」
男の誘いに乗ったのも、その場の思いつきだ。
計画と言えるほどのものは何もない。
「分かりました。返り討ちですね」
ノエルがその提案に乗ってきたので、セイラスは一応、念を押しておく。
「まあ、念のため言っておくが、殺しはしないようにな」
「え、なぜですか?」
心底不思議そうに聞いてくる。
思ったとおりの反応に苦笑しながら、セイラスは説明した。
「さっきも言った通り、俺たちの目的は北の町に行くことで、これから向かう町は、あくまで通過点だ。あまり騒ぎにはしたくない」
まだピンと来ていない様子のノエルに、もう少し細かく説明する。
「あくまで本で読んだ知識だが、この辺の裏の組織はメンツを気にする。もしあいつらを全員始末して、荷馬車ごと奪ったとしたら、どこまでも追いかけてくる可能性がある。さすがに、それは面倒だ」
「……」
「逆に、生かしておいて荷物にも手を出さなければ、『女の子一人にやられました』と、あいつらも、いちいち上に報告したりはしないだろう」
「そういうことですか。分かりました」
ノエルはそう言ったが、やや不満そうな顔をしていた。
(そういうところがあるから、釘を刺したんだけどな)
マルタと過ごした一年半。
一般的な常識だけでなく、普通ではない常識も教わった。
特にマルタはノエルを気にかけていた。
「あんたみたいな女の子は目をつけられやすい。なめられないようなやり方を教えてやるよ」
と言って、人との喧嘩の仕方を教えてくれた。
いや、あれは喧嘩というより、脅し方や人の心を折る方法だった気がするが。
そのせいで、もともと力で解決しがちなノエルが、さらに危険になった気がする。
教え方を間違えたかと少し後悔したマルタは、セイラスに、「手綱を引くのはお前だぞ」と丸投げしたのを思い出す。
しばらく馬車に揺られていると、雨が止み、雲の隙間から陽光が差し込むようになってきた。
雨に濡れた草木が陽光を受け、ところどころで水滴を輝かせている。
太陽は真上に近い。
昼時だ。
そう考えていると、馬車が街道から外れて進み始めているのに気づいた。
そういうパターンか。
街道を外れ、道のない草原をしばらく進む。
辺りには背の高い植物が生い茂り、街道からはまったく見えない場所まで来ていた。
すると、馬車がゆっくりと止まった。
外から男たちが何やら話す声が聞こえてくる。
どうやら、二つ目のパターンで当たりのようだ。
「ノエル、頼んだよ」
「分かりました」
ノエルも状況は予想できていたようで、これから起きるであろうことに備える。
やがて、ガチャリとドアの鍵を開ける音がした。
「さて、到着したぞ。お前ら、ここで降りてもらおうか」
体格のいい男が、これ見よがしにナイフを手にして中へ入ってきた。
「え? そうは言っても、まだ町には着いていないが」
一応、とぼけてみた。
「いや、ここで終わりだ。女と荷物を置いて、このまま降りてどっかへ行きな。それなら命は取らないでおいてやる」
「歩きたくないから、これに乗ったんだ。それは断る」
「ガキが。状況が分かってないみたいだな。後始末が面倒くせえから言っているだけだ。もう一度言うぞ。死にたくなければ、とっととどっかへ失せろ」
「あぁ、そうか。困ったな。俺は死にたくない。というわけで、頼んだぞ、ノエル」
「かしこまりました」
「あん、お前ら、何を言って……」
ハゲ頭が何かを言いかけた瞬間、入り口を塞いでいたその男は、荷台の外へ吹き飛んでいった。
ノエルが蹴りを入れたのだ。
「おい、どうした!」
残る二人が、何事かと駆け寄ってきた。
ノエルは、駆け寄ってきた二人の腹を無言で殴った。
岩を叩きつけられたような強烈な衝撃に、二人は声も出せずにうずくまる。
その二人をひとまず放置し、ノエルは吹き飛んだハゲ頭の足を掴んで引きずり戻ってきた。
その男も、まだ意識はあるようだ。
三人の男を一か所に並べると、ノエルは無言で彼らを何度も殴り始めた。
頬を殴り、鼻を殴り、腹を殴る。
頭を蹴り、腕を折り、足を蹴る。
そして、腕を折り、足を折り、心を折った。
「やめて……」
「許してくれ……」
そんな言葉が男たちから聞こえてくる気がするが、はっきりとは聞き取れない。
その間、ノエルはひたすら無言だった。
ノエルは何も言わず、表情も変えないまま、淡々と暴力を振るい続けた。
男たちはその様子に、体の痛み以上に恐怖を覚えた。
言葉の通じない怪物。
男たちは、そんな印象を抱いた。
ノエルは何も言わない。
まるで暴力そのものが目的であるかのように、男たちを痛めつけ続ける。
(ちょっと、やりすぎかなぁ)
セイラスはふと、そう思ったが、口は挟まない。
これは、マルタが教えた人の痛めつけ方だった。
『「ぶっ殺してやる!」とかなんとか言って剣を抜くやつは怖くない。
本当に怖いのは、何も言わずに即座に斬りかかってくるやつのほうだ』
『ノエル、あんたの声はとても可愛らしい。それで脅しをかけても効果は薄い。だから……』
『人と戦う時はしゃべるな。相手の言うことに反応するな。人の言葉が通じない怪物だと思わせろ』
ノエルは、マルタの教えを実践しているようだった。
また、ノエルに殺さないよう言ったのには、もう一つ理由があった。
ノエルは、もともとの性格なのか、力を得た反動なのか、それともすでに一度手を汚したためなのか。
暴力を振るうことや、相手の命を奪うことにためらいがない。
特にセイラスに危害が及ぶ可能性があるときは、その傾向が顕著になる。
そのため、できる限り一線は越えないようにさせたいと、セイラスは考えていた。
しばらく一方的な暴力が続くと、最後の男が、痛みと恐怖のあまり気を失った。
そこでようやく、ノエルは口を開く。
「このくらいでよろしいでしょうか?」
「ああ、助かったよ」
そう答えると、ノエルは嬉しそうに笑う。
血にまみれた三人の男たちは、全身の骨を折られ、血を吐いていた。
だが、ノエルは返り血の一つも浴びていない。
素手で殴っているように見えるが、セイラスの目には、手足を含む全身にエーテルをまとわせているのが見えていた。
そのため、ノエルの手足には汚れ一つついていない。
「またセイラス様のお役に立てて嬉しいです」
血まみれの男たちを背に、ノエルは心からの笑顔を浮かべていた。
ノエルは思う。
また、セイラス様を守れた。
お役に立てた。
自分が役に立っていると実感すると、ノエルは安心する。
だって。
役に立っていれば。
お母さんのように、見捨てられることはないのだから。




