第1話 孤高の騎士様の秘密を……握ってしまったのですが
王都の騎士団本部に隣接して建てられた診療院に向けて駆ける足音が一つ、扉の向こうから響く。慌ただしく乱雑に開かれると、麦わら色の金髪の騎士が立っていた。
「怪我人が出た。ここまで歩くのが困難な者が多い。すまないが騎士団本部の正門まで五名程度人員を割いてくれないだろうか」
息を切らすことなく、凪いだ水面のように静謐な菫色の瞳と焦り一つ見せない涼しげな無表情で……彼は血に塗れていた。
第三機動小隊の隊長、ベルナール・コルディエ。平民の出でありながら、剣の腕は騎士団長に負けず劣らずの実力と言われている。冷静沈着に粛々と魔物を屠る彼は、その戦闘スタイルと使役魔術の属性から『閃雷のベルナール』と呼ばれ、診療院内でもそれなりに有名人であった。
──その彼と、まさかこんな場所で出会うなんて。
春の暖かな昼下がり、少し薄暗い店内には針や糸、布などが所狭しと並ぶ『手芸用品店』。
「もしかして、ベルナール様……ですか?」
刺繍糸、毛糸、レース糸、布、わた、ボタン……彼は手にしたバスケットに商品を山盛り詰め込んでいた。どう見ても、「手芸、やります!!」と言っているようなものだった。
* * *
ラシェルの故郷は王都の北側、乗り合い馬車で数時間程度の場所にある田舎町だ。父が腰を痛めたという手紙を受け取り、休日を使って帰省した。
「はぁー、お前が治癒術師で助かったよ。ありがとな!」
「しばらくは無茶しないでね。また腰痛めたって言っても帰ってこないから」
「ははっ、わかったわかった」
実家は羊飼いとして、羊毛を売って生計を立てている。ちょうど春の今は、毛刈りの季節でもある。ラシェルは王都へ戻るついでに、贔屓にしてくれている手芸用品店への羊毛の納品を両親から頼まれていた。
王都の西側にある馴染みの手芸用品店の扉を開く。カランカランと来客を告げるベルが、ラシェルを迎え入れた。
「こんにちはー、羊毛の納品に来ました! あれ、いない……」
店主は、いつも入口正面にあるカウンターのところにいる。店内を見回してもどこにもいない。いるのは客が一人だけだ。とはいえ、客もいるのに店を離れるなんてあるはずもない。
「すみません。店主さん、どこに行ったかご存知ですか?」
何か知っていると思い、店内に一人だけいた客に声をかけてみた。背の高い、麦わら色の金髪の男性はピタッと体の動きを止めると、こちらへ僅かに顔を向ける。
「……店主は、倉庫に在庫の確認に行っている」
ボソッとした小さな声が、静かな店内に雨粒のようにポツリと落ちた。
あれ、この声……聞いたことある。
それにこの髪色と背丈、雰囲気は……
「もしかして、ベルナール様……ですか?」
いつもは額を出したかっちりした髪型をしているが、今は前髪を下ろしていてかなり雰囲気が違う。けれどこちらをチラリと窺い見た菫の花のような色の瞳も、北風のような無表情も、間違いなく記憶の中のベルナールのものと一致していた。
「人違いでは……」
「え、ですが声もよく似て──」
「ベルナールさーん、あったあった! はい、探してた青の刺繍糸ね」
店主が奥の倉庫から戻り、探していたと思しき青い刺繍糸をカウンターの上に置く。今『ベルナールさん』と、確かに呼ばれていた。ラシェルは店主から彼……ベルナールへ視線を戻すと、表情はそのままに体があからさまに強張って凍りついていた。
「やっぱりベルナール様じゃないですか。なんで人違いなんて嘘を……」
「いや、その……嘘をつこうとしたわけではなく……」
ベルナールはこちらに背を向けると、手にしていたバスケットを隠すように抱える。けれど隠しきれないバスケットの中に、刺繍糸や毛糸、レース糸や布などがこれでもかと詰め込まれて山盛りになっていた。
「すごいたくさん買っていくんですね。手芸やるんですか?」
「これは……」
ベルナールの視線が、気まずそうに斜め下へと落ちる。なぜそんなにも言い淀む必要があるのかと、思わず首を傾げた。
「ラシェルちゃん、ベルナールさんと知り合いだったのかい?」
「いやいや、知り合いってほどじゃないよ。ほら私、騎士団の診療院で働いてるでしょ? そこで時々見かけたってだけ。知らないかもだけど、ベルナール様ってめちゃくちゃ有名人だし」
「そうなのかい?」
「うん、異名もあるくらいで──」
「ラシェル殿、だったか?」
店主とベルナールの話をしていると、スッと音もなく吹く風のように言葉を遮られた。
「はい、ラシェルです。何かありましたか?」
「すまないが、今日ここで俺を見たことは誰にも話さないでほしい」
「それは構いませんけど、どうしてですか?」
「え……」
純粋に疑問を口にした途端、ベルナールのまばたきが止まった。なんだか今日のベルナールは、診療院に来ていたときの“キレ”のようなものがない。ものすごく不調そうに見えて心配になる。大丈夫だろうか。
「どうしても何も……手芸が趣味だと、あまり知られたくないからだ……」
え、なんで?
「知られると何か困るんですか?」
「そんなに質問攻めにしないでくれ」
「まだ質問二つめですけど」
「……そうだな」
滅多なことで表情を変えないベルナールが、目を伏せて静かに息を長く吐き出す。明らかな疲労の色が滲んでいる。治癒術でなんとかできるならしてあげたいところだが、残念ながら治癒術は外傷や痛みにしか効かない。疲労は専門外だ。
疲れている人を質問攻めにしてもかわいそうだ。手芸、知られたくない。そのたった二つの手がかりから、自分にできるだけの推測をしてみることにした。
「私も思いましたけど、意外って言われるのが嫌、とかですか? それとも、あれ作って~これ作って~ってお願いされそうで嫌、とかですか?」
「君の発想はどうなってるんだ……」
ベルナールの表情は相変わらず変わらない。けれど声にはわかりやすく呆れと感心が入り混じっていた。こうして話したことで、ベルナールは全く感情の起伏のない人というわけでもないのだと初めて知った。
「まぁ、そんな感じだとでも思っていてくれて構わない」
「……そうなんですね? とにかくわかりました。誰にも口外しないと約束します」
「ありがとう。理解してくれて助かる」
ベルナールはラシェルに向けて軽く一礼すると、店主に探してもらった青い刺繍糸とバスケットいっぱいの手芸用品の支払いを済ませて足早に去っていった。
合計金額は、当然えげつないことになっていた。店主が「太っ腹な常連さん」と、つやつやの笑顔だったことは言うまでもない。




