第十五話狂犬
人間調子に乗るということがある。物事が予想以上にうまく運んだり、地位や力を得たりすると、状況に対する判断がつい甘くなる。ハネもフィジカルサイバーの忍者となって、若干恐れ知らずの心境となっていた。
ハネは家に帰って母さんのカレーライスを食べると、気持ちも落ち着いて、高校へ行こうと思い立った。辞めてしまうのだから最後の挨拶はしておきたいのと、ヨシキの最期の場にいたのは自分だから、そのときの様子を伝えておこうと思ったのだ。
至ってまともな判断で、家を出て、近くのバス停からバスに乗る。高校に着くと、既に湾岸署から事情が説明されていて、教師たちも暖かく迎えてくれた。ハネは大まかにことの経緯を話して、ヨシキの最期の様子も伝えた。
これまでの礼を言って職員室を出ると、ちょうど休み時間になったので教室へ向かった。死亡説も流れていたみたいで、突然あらわれたハネに驚くクラスメイトたちに、これまた突然ながら学校を辞めると告げた。数人の女の子が泣き出して、ハネはスポーツや学業で目立つ存在ではなかったので、群がられるなんてことはなかったが、隠れファンは少なからずいたのだ。
級友たちに見送られて校門を出ると、通い慣れた学校とも急に縁が切れた感じで、一抹の寂しさを覚えた。帰りはぶらぶら歩いてバス停を通り過ぎ、交差点にさしかかると、、ふと、いつもとは違う道に足を向けた。その道を進むと、やがてうらぶれた雰囲気の地区に入る。ギャングのアジトがあると噂されるあたりで、鬼門中の鬼門。以前のハネなら頼まれたって近寄らない。だが今は、フィジカルサイバーの忍者である。拳銃だって怖くはないのだ。一つデンジャラスゾーンを見物してやろうという気になった。
平日の昼間、どこかで操業している工場の音が聞こえるが、人通りはない。商店もない裏道は閑散としているが、不景気臭いだけで不穏な空気が漂うでもない。殺人事件が珍しくもない地域だが、ギャングどもも四六時中切った張ったしているわけでもなく、聞くほどおっかない場所でもないようだった。最初の緊張もほぐれてきたハネだったが、ふと、ざわめきを耳にしてそちらへとと足を進める。
建物の裏で七八人が一人の男を取り囲みリンチしている様子。やはりここは尋常な場所ではない。以前なら一秒も置かずにこの場を離れてから通報しただろうが、ハネはむしろ、我が意を得たりの心境だった。忍者コスプレを見せれば、チンピラどもも恐れをなして退散すると考えたのだ。
「ウチのシマでよそのヤクを売るとは、いい度胸してやがる」
地面にひざまずく男を囲んで、ヤクザ風のが七八人人。ひざまずく男はさんざん殴られて、顔は腫れて血もにじむ。
「許してください。ずっと尽くしてきたじゃないですか。これからだってそのつもりで」
ゴツン、男の頭にゲンコツが落ちる。
「だったらなんで、ウチのシマで虻川のブツを流しやがった」
「大した量じゃありません。ほんの小遣い程度、うぐっ」
腹に蹴りが入った。
「量の問題じゃない。売人風情にコケにされて、半裂組の看板が立つかってことだろうが」
もう一度殴ってから、離れて立つ男へ伺うような視線を向ける。
「牙流さん、コイツどうします」
「殺しても後始末が面倒なだけのゴミ野郎だけど、組の看板に泥を塗った以上殺すしかないだろう。ゴミ処理ご苦労さん」
瑣末なことのように断を下すその男は、この場にいるヤクザななりの男たちの
中では一番若そうで、ハネと同じぐらいの年格好。だが、なにか常軌を逸したものを内に宿す雰囲気で、コワモテのヤクザどもが気を遣うかの様子なのだ。
「待ってください、今までの倍、売りさばいてみせますから、命ばかりはお助けください」
「どうやって」
牙流さんと呼ばれた若者が問いただす。
「どうやって倍も、売上を立てるつもりだ」
「ガキどもにヤク入りの菓子を配って、将来の顧客倍増です。このビジネスをあっしに任せてくれれば・・」
「コイツはバカか」
売人の話しをさえぎり、牙流はヤクザたちを見回した。
「ご覧の通りの出来物で」
笑い混じりの答えが返ってきた。
「そんなことうをしたら親たちが騒ぎ出すし、すぐに警察に目をつけられる。俺たちだって窮屈な思いをしなけりゃならなくなるんだ。前におまえが配ったグミを食べた小学生が倒れた一件では、警官を買収して、証拠を握り潰させて難を逃れたそうだが、そんな手は二度も使えないんだ。まったく、こんなことも読めないとは、マジで使えない野郎だぜ。さっさと始末しろ」
牙流の命令に、ヤクザの一人が拳銃を出した。
「やだ、死にたくない」
売人の男は叫び、
バンッ。
なんら躊躇なく引き金が引かれたが、直前駆け込んだ黒衣の人物の、盾となって弾をはじく。
「兄さんたち、銃刀法違反の現行犯だぜ」
立ちはだかる忍者コスプレに、
「なんだ、テメェは」
ヤクザどもは凄みつつも戸惑い混じり。
「人殺しを見過ごせない、至ってまともな一般人さ。あんたたちこそ、真っ昼間から拳銃ぶっ放して、半端な悪党じゃなさそうだね」
「野郎、なめた口を」
ヤクザどもは噛みつくような表情も、拳銃やナイフが効かない相手であることは知っている。
「さがれ」
牙流が進み出てて、ヤクザたちがハネから離れる。その隙を見て、ハネの後ろにいた売人が走って逃げた。
「あっ、野郎」
騒ぐヤクザを、
「どうでもいい、あんなゴミ」
牙流は抑えて、ハネへとそそられた視線を向けた。
「ケチな野郎を消すだけのつまらない仕事かと思ってたが、トンマ仮面のご登場で、退屈しのぎできそうだ」
自分と同じぐらいの年格好ながら、老成した雰囲気を醸し出す牙流に、ハネは警戒した。
「言っとくけど、拳銃やナイフは効かないぜ」
「コスプレに、その手の武器が効かないのは常識だ。それにしても忍者とはね」
「イケてるだろう」
「もっとイケてる忍者を知ってるぜ」
「俺の向こうを張るって、テレビの忍者軍曹カゲロウ?。アレは作り物だぜ」
「いや、おまえの目の前にいるのさ」
牙流の体が見る間にコスチュームに包まれる。しかもそのコスチュームは・・
「俺も忍者なのだ」
「・・・・」
唖然とするハネ。
「驚いたかい。俺は半裂牙流。おまえの名は」
「佐助さ」
いやいや、こんな連中に身バレするなんてヤバ過ぎだろ。
「それはコスチューム名だろ。読めてるぜ佐助使いさん」
同じ忍者コスチュームでもハネのは黒だが、牙流のは深い紺色だった。全体的なフォルムは同じだが、部分的には違いが見て取れる。アイテムにも違いがあるかもしれない。そしてハネの視界には、雷蔵と、牙流のコスチューム名が読めるのである。
「佐助は一番有名な忍者だぜ。雷蔵なんて聞いたことないぜ」
「わかってないな。雷蔵はトータルサイバーバースのオリジナルキャラさ」
「オリジナルって、なんだよ」
「トータルサイバーバースが独自に創出したキャラ。トータルサイバーバースはコスチュームを作るにあたり、キャラメイクしてそのスペックをコスチュームに搭載すると言われている。トータルサイバーバースのオリジナルキャラのコスチュームは、歴史に元ネタのあるやつに比べてスペック盛ってあったりするんだぜ。何よりレアだし。佐助なんてありふれているぜ」
「え、俺以外にも佐助のコスチュームの人っているの」
「おまえ、佐助が自分だけのコスチュームだと思ってたの。全然そんなことないぜ。名無しよりはマシだが、そんなにレアじゃない。プライスだって五六万ドルだろう」
「そんなに払えんけど」
「本当になんにも知らないんだな。ここで言うプライスはトータルサイバーバースの評価をドル表示しただけで、俺たちに金払えって言ってくるものじゃない。ただし、プライスにはコスチュームのスペックが反映される。つまり、プライスの高いコスチュームほど高性能ってわけさ。俺の雷蔵は十万ドルだぜ」
牙流の話しを聞いて、ハネは脳内ディスプレイを調べたら、確かにプライスの表示はあった。七万二千ドルだった
「いろいろ教えてくれてありがとう。勉強になったよ。それじゃあこのへんで帰るとするわ」
「はぁ、寝言も大概にしやがれ。組の仕置に茶々入れといて、ただで済むわけないだろう」
「だけど、お互いケガをしてもつまらないでしょ」
「お互いって、おまえなんかが、俺をケガさせられるつもりでいるとは、笑わせる。ケガするのはおまえだけ。それでもって、おまえはここでくたばるのだ」
次の瞬間、意識するよりも先に体が反応する。蹴り一発で三メートルも後ろに跳んだのは、コスチュームで強化された運動能力のなせる技。一瞬前までハネのいた空間を、牙流の腰の刀が抜き打ちに割る。
「避けたか。まあ、それぐらいの対応はしてくれないと、面白くもないってもんだ」
狂犬のごとく獰猛な気を吐く牙流に、ハネは、自分のしくじりを痛感した。フィジカルサイバーの忍者となって、スーパーマンになったかのような気分でいたが、完全に錯覚だった。まさかこんな相手に出くわすとはである。こうなってみると、コスプレはできるが戦い方は、まだ何も教わっていないハネに対して、牙流はかなり場数を踏んでいるみたいで、しかも倫理観のぶっ飛んだ悪党なので、相当にマズい状況だった。
「俺たちは忍者だから、忍術ってやつを披露してやるぜ」
牙流は手を合わせて幾つかの手印を結んだ。突然冷気の波がハネに襲いかかる。突然の寒気に身はこわばり、コスチュームには霜が降りた。
「甲賀忍法北嶺波、コスプレしてたら凍傷はしないが、動きは鈍るぜ」
忍者マンガでは見ても、歴史上の忍者には絶対にありえない忍術。
「驚いたか。いろいろ教えてやりたいが、これでも多忙な身でね、そうそうおまえの相手ばかりもしていられない。その首刎ねるくれるから、体にお別れ言っときな」
「誰がテメェなんかに殺されるかよ」
ハネは手裏剣を投げたが、コスチュームに当たると紙ヒコーキみたいに落ちた。
「そいつは一般人向けの武器。コスプレには通用しないぜ」
「クソ」
ハネは刀を抜いたが、鉛色で紙一枚切れなさそうな代物だった。
「なんだよ、これ」
唖然とするハネに、
「武器の使い方も知らないのかよ、間抜け野郎」
牙流が跳び、振りかざすプラズマソードが一筋の光線となって走るが、銃弾のごとく空をつんざく鋭利の飛来物に撃たれてのけぞった。肩のあたり、深くはないがコスチュームを破って食い込むそれを、牙流は抜いて一瞥した。クナイ。忍者専用の投擲武器だ。火器にたとえると、ハネの投げた手裏剣が二十二口径のピストル弾だとすると、このクナイは五キロ先の鋼板をも貫通する対戦車ライフル。しかしコレは、そこいらの忍者が扱える代物ではない。そして駆けつけた飛影。
「逃げるわよ」
声はサロメだった、見覚えのあるコスチュームに、半蔵の文字も読める。だが、手にしているのは、あの石を切った大太刀ではなく、黄金色に輝く刀であった。
「君は・・」
「走って」
サロメは牙流に向き合いながらピシャリと言って、一秒もぐずってられないと悟ったハネは、即座に走り出す。
「御神渡り」
牙流が、ハネに使った術よりも更に強烈な冷気の忍術を放つ。サロメの忍者コスプレが凍りついて、それへプラズマソードを叩きつける。首を刎ねたと思ったが、手応えはなく、幻影は消える。
「なに!」
サロメの幻影忍術空蝉。冷気の忍術に幻影忍術で返して、ハヤブサの如き急襲、金色の剣に、牙流はとっさにプラズマソードを合わせ、剣光乱舞の一刹那後、ハヤブサは鮮やか翻って去る。狂犬は佇み、獰猛なまでの両眼に、その後ろ姿を焼きつけるのであった。




