第十三話就職
「いや、おめでとうって、だしぬけにそんなこと言われても、こっちは何も聞いてないんですけど」
「寝起きだったから話すひまがなかった。よっていまから話す。君はフィジカルサイバーの能力が確認されたので、湾岸署の特務要員に採用されることとなった」
「そんなの勝手に決められても、嬉しくないんですけど」
「なんだ、不服なのか」
「不服つーか、そもそも当人の意見も聞かずに決めるのっておかしくないですか」
ハネと来島のやり取りに、
「なんだ来島さん、まだ因果を含めていないのかよ」
湾岸署のフィジカルサイバーから、呆れた声の上がる。
「因果を含めるまでもない。二つ返事で乗るべき話だ」
「そうだとしても、決めるのは本人でしょ」
「あいにくだが、この件において、君に拒否権はない」
居丈高な来島。
「なぜです」
「君が飲んだエーテルは政府の所有物なのだ。金に目がくらんだ職員が闇のルートに横流しした。俺たちはそれがキクモリ公園で取引されるとの情報を得て、取引現場を襲い、エーテルの奪還に成功した。俺は目的を果たして、そのまま撤収してもよかったのだが、君が殺されそうになっているのを見かねて助けた。その際預けたエーテルを、無断で飲むとは何事だ」
「さっきは許してくれたじゃないですか」
「あれは、君がウチのサイバーになる前提でのことだ。ウチに来ないのなら、五十万円払ってもらう」
「五万円でも気が遠くなるのに、五十万なんて、一生かかっても無理だよ」
「だったら四の五の言うな」
「いいや、四の五のだろうが六七だろうが言わせてもらうよ。だいたい、そんな大事な物を横流しされるって政府の落ち度でしょう。それを棚に上げて、善良な市民に面倒押し付けるなんて間違ってるよ」
ハネとしては正論のつもりだったが、来島は半笑いであしらう。
「この国がもっとシャンとしていた時代なら、そんな言い分も通ったかもしれんが、国はガタガタ、花の都もこの有り様だ。それでも政府は国民を守らなければならない。なりふり構っちゃおれんのよ」
「まあ、来島さんも、そう高飛車なもの言いでは、黒塚君だって納得しづらいでしょう」
山村が割って入り、穏やかな物腰でハネに向かう。
「それで黒塚君は、ウチに来ないとして、なにかしたいことがあるの」
「今のところは、特にないです。まだ高校生ですから」
「友達の仇討ちをしたくないのかよ」
来島が横から口を出す。
「ヨシキを殺した奴は絶対に許せない。だけど、命がけで仇討ちする程には踏み込めません」
エーテルを飲んだときは、ヨシキのかたきを討ちたい一心だったが、そもそもハネはケンカ上等なタイプではない。親友の仇討ちに命を賭けるほどの熱量も持ち合わせていないのだ。
「情けないヤツ」
来島がくさすが、
「なんと言われようと、物騒なことは嫌いなんです」
ハネは突っぱねる。
「気持ちは分かるよ。僕も血を見るのは好きじゃないし、修羅場に好んで身を投じる気性でもない。でも、この仕事に就いたからには、そういう現実から目を背けるわけにはゆかないのさ。さっき、物騒なことは嫌いとか言ってたけど、黒塚君、今や君自身が、けっこう物騒な存在なんだよ」
山村は指摘した。
「さっき忍者になったでしょ。あの能力はこれからは先も、ずっと君についてまわるんだよ。それで普通に暮らしてゆけるの」
山村の言葉で、ハネは自分が以前の自分とは違うことを意識した。確かに、あの能力が死ぬまでついてくるとしたら、もう、普通の暮らしはできないのかもしれない。
「野球選手が球団に所属し、サッカー選手がクラブに所属しているように、能力をより良く活かせる環境に身を置くべきだと思うよ。一人でいたら、悪い連中は汚い手を使ってでも、君を仲間に取り込もうとするよ」
「そうだ。ヒーローかヒールになるかの別れ道。ここで俺たちにそっぽを向いた ら、ゆくゆくは俺たちに追われる側になるかもしれんのだぞ」
来島にも言われて、以前に思い描いていた、ブラック企業でこき使われながら、どうにか無難に生きてゆく、そんな生活は無理かもとハネは思った。もっともこの未来予想図に、さほどの未練もないのだが。
「まったく、もう少し物わかりのいいヤツだと思っていたが。それに比べて紅河君は、名代の侠客を親にもつだけに、度胸もあって聡明で、へなちょこ男子じゃてんで相手にならんわな」
「紅河サロメを知っているのですか」
来島の口からサロメの名が出たのに、ハネは驚いた。
「君を病院まで運んだのは彼女だよ」
山村が答えた。
「ここではない一般の病院だったけど、見るからに華奢な黒衣の女性が、自分よりも上背のある若者を軽々おぶって運び込んだので、これはサイバー関連と判断した病院から、こちらに連絡があったのさ。それで、君をこちらに移し、彼女はコスプレして顔も隠したままだったけれど、我々は一帯の防犯カメラの映像を解析して紅河君と突き止めたのさ。話したら、快く承諾してくれたよ」
「君がぐーすか寝ている間に訓練に参加して、今ではエース候補だぜ」
来島の嫌味など気にとめず、ハネはサロメがあっさり彼らに従ったのが意外だった。話したのはあの時だけだが、とても、そんなしおらしそうには見えなかったのだ。
「彼女には、なにが最良の選択かわかっているのさ。君はどうするの」
「まだ、高校生ですけど」
「成績表見せてもらったが、勉強が好きでたまらないってタイプじゃないよな」
皮肉めいた来島に、しかしそこを突かれると言い返せないハネであった。
「学校に行かなくても、来年の春には卒業証書が送られるよう手配する」
「わかりました。そんな力のある人たちに、逆らっても無駄ですね」
ハネは、警察のサイバーになることを了承した。
「ようやくかい。いろいろ言ったが、それも、君をなんとしてもウチに迎えたかったからさ。それだけ買ってるってことよ」
来島は、一転ハネを持ち上げる。
「よろしく。川崎涼子よ」
握手を求めてきたのは伊勢守の女だった。
「黒塚です。こちらこそよろしくお願いします」
ハネは川崎と握手を交わした。
「森田ガルドだ」
森田は黒人の混血の系統で、褐色の肌の偉丈夫、握手を交わすと手も大きかった。
「それじゃあ黒塚君の歓迎会に、近くのファミレスにくり出すか」
森田の提案に、
「せっかくだが黒塚君は家に帰って、二十日も会ってなかったお母さんに、一刻も早く無事な姿を見せたいのだ」
来島が答えた
「それは残念だが、母親を心配させちゃいけない。歓迎会はいずれまたな」
「歓迎会なら、今期の新人さんは豪華なのがあるかもしれないわね」
川崎が意味ありげな表情。
「さあな。俺たちは、あちらにはノータッチなのでな」
来島は憮然として答えた。
三人は川崎たちに別れを告げてトレーニングルームを出のだが、来島の顔には、しばし、わだかまりが残るかであった。




