第十一話3ラボ
「あなたはキクモリ公園で、電気ビリビリのかんしゃく玉をサイバーに投げて、助けてくれた人ですね」
サイバーに襲われようとしていたハネを助けて、あのハードケースをハネに預けた男だった。
「命の恩人です」
「これでも警察の者だ。一般市民を助けるのは当然だ。恩に着なくていい」
「でも、感謝してます。黒塚夜羽です」
「湾岸署の来島省吾だ」
「えっ、どうして湾岸署の人が?」
湾岸署は管轄区域のハネの生活圏と離れていて、馴染みのない警察署である。キクモリ公園も、湾岸署の管轄区域ではないはずだ。
「以前から目をつけていた犯罪組織が、キクモリ公園で違法な取引をするという情報を得て、管轄区域外だが出張っていたのだ」
「ヨシキはどうなりました」
「友人かね。彼が死んだのは、君も見ただろう」
わかってはいたが、聞かずにはいられなかった。ヨシキはハネの数少ない友人の一人で、くだらない話で盛り上がれる、いいヤツだったのだ。
「君は第四高校だったね。第四高校では、合同葬が営まれたと聞いたよ」
山村が言った。
「合同葬ですか」
「そうだ」
来島が答えた。
「第四高校では、他にも何人か犠牲者が出て、合同葬が営まれたのだ。ウチの署長も出たし、警視庁からも幹部が来ていたはずだ。あれ、先月だったか」
「えっ、先月って、今日何日です」
驚くハネに、山村は持っていたタブレット端末の画面に、カレンダーを表示して見せた。
「二十日も寝てたんですか。それじゃあおふくろも心配しているはずだ。さすがに、一人息子が二十日も意識不明じゃのんびりしていられないだろうし、何日も見舞に来てたんでしょうね」
「いや、君がここにいることは、お母さんには知らせていない」
「なぜですか。四高の生徒だって身元もわかっていて、家族に知らせないなんて、ありえないでしょう」
「それは、君が特殊な状況にあるからだ」
ハネの抗議に来島は言い返した。
「君に預けたんだがな」
来島に質されて、ハネは、そもそも自分がなぜここで、二十日も意識不明に寝ることになったのかを思い出した。来島から預かったハードケースをサロメが開けて、中のドリンクをサロメが飲み、自分も飲んだ。
「飲んだよな、既に検査で確認してあるから、しらばっくれても無駄だぜ」
「すみません」
ネタが上がってる以上、素直に謝るしかない。
「飲んでしまったものは仕方がない。しかし、あんなモノをやみくもに飲むとは、命知らずにも程があるぜ。おまえさんたちが飲んだアレは、エーテルなんてシャレた名が付いてはいるが、一ミリズレただけであの世行きの、掛け値なしデンジャラスな代物なんだぜ。現に、二十日も生死の境をさ迷ったわけだからな」
そう聞いて、ハネは自分がヤバい状態にあったと知った。
「エーテルは、トータルサイバーバースに登録するためのアイテムなのさ」
山村が説明する。
「エーテルを飲むことで君の存在はトータルサイバーバースとリンクじて、ジョブに応じた装備品が支給される。それがフィジカルサイバーなのだ。しかし、このエーテルが厄介な代物で、適合しなかった場合には死に至ることもある。それじゃあどういう人間が適合するのか、フィジカルサイバーになった人間、なれなかった人間、何千人の細胞や遺伝子を調べたが、適合不適合を決める因子は発見出来なかった。エーテルの使用には常にリスクがあり、だからこそ、緊急の場合に対応できる、設備やスタッフの整っている環境でのみ、使用すべきなんだ」
「さらに言えばだ、あのケースには敵に奪われた場合の用心に、爆薬が仕掛けてあったのだ。下手に開けようとしたらドカンとなっていたハズだが、それをデジタルピッキングでクリアするとは、大した度胸だぜ」
それはサロメのしたことだが、知らない間に、いろいろ綱渡りをしていたらしい。
「それじゃあ早速だが、フィジカルサイバーになってもらおうか」
「どうしていいかわからないけど」
フィジカルサイバーになったと言われても、体になんの変化も感じられないハネは、雲をつかむような表情。
「最初はそんなものさ。ついて来てくれ」
来島は歩き出し、ハネは山村医師とともにその後ろを歩いた。
部屋を出て長い廊下を歩き、エレベーターの前に立った。
「このエレベーターは、登録した者でないと使えない。君一人だと動かないよ」「そんなエレベーター、初めてですよ」
「ここはセキュリティは厳し目だからな」
来島は地下三階のボタンを押した。
病院なのにやけに厳重だなとハネは思った。
降りるとエントランスとなっていて、ソファーに三人ほどくつろいでいて、他に五人ほどがコーラ片手に談笑していた。
「来島さん、新入りですか」
全員の視線がハネに集まる。
「黒塚夜羽君。ほら、先月運び込まれてずっと眠っていた少年。今日目覚めたのだ。黒塚君、この人たちは湾岸署の精鋭フィジカルサイバーの諸君だ」
「あれだけ眠ってたら、大抵は意識が戻らないもんだが、強運だな」
ソファーの男が、ハネを見上げた。来島が湾岸署の精鋭フィジカルサイバーと紹介した中には、三人ほど女性もいたが、トレーニングウエアやジャージ姿で、全員がスポーツ選手のような体型をしていた。
「それじゃあ、ナースセンターのハゲタカさんたち、さぞがっかりね」
コーラ片手の女が意地の悪い笑みを浮かべる。
「ハゲタカは、いくらなんでも言い過ぎでしょう」
山村が苦言を呈する。
「ジョブはなんです」
二人のやり取りをスルーして、男が聞いた。
「忍者のはずだが、まだコスプレしていないのだ」
「それじゃあ初コスプレですか」
「そいつは面白そうだ」
ソファーでくつろいでいた者たちも腰を上げ、コーラ片手の者たちも寄ってくる。
「来島さん肝煎りの新四番候補のお披露目に、俺たちも立ち会わせもらいますぜ」
「構わんよ」
湾岸署のフィジカルサイバーたちも引き連れて、トレーニングルームに入る。サッカー場まではないが、屋内施設としては広く、
「天井が高いですね」
見上げるハネ。七八メートルはありそうだった。
「フィジカルサイバーのトレーニングには、高さが必要なこともあるので、この部分は二階を潰しているのだ」
サイバーの男が答えた。
「病院の地下にこんな施設があるなんて驚きですね」
目を瞠るハネだったが、
「ここは病院じゃないよ
山村の言葉に、さらに驚かされた。
「でも、まんま病院だったじゃないですか」
「君は医療エリアしか見ていないからね。ここは正式名称を警視庁第三研究所。研究所なんて名前だけど、実際は湾岸署のフィジカルサイバー部隊の支援施設だよ。警察病院としての役割もあるけど、一般の患者は受付ていない」
「でも、山村さんはお医者さんでしょ」
「確かに医師免許は持っているので、看護師たちからはドクターと呼ばれるけど、正式には僕も来島さんと同じ湾岸署の刑事だよ」
「山村君は、今は俺を先輩と立ててくれるが、いずれ警視庁の幹部、雲の上の人さ」
「先のことなんてわかりませんよ。僕もこのままここでくすぶっているかもしれないし」
「T大理三のキャリアを、上が放っておくかよ。それはともかく、今は黒塚君のコスプレだよな」
来島は話しをハネに戻して、
「やっぱり、コスプレできそうにないか」
「俺に、そんな能力本当にあるのですか。なんか、空を飛べって言われてるみたいで、どうしていいかわからないんですけど」
サロメは難なくしてのけたのにと、ボヤきたくなるハネであった。
「機能が定着しているのは間違いないから、あとは起動スイッチが入るだけですかね」
山村の言葉に、
「え!もしかして、俺、寝ている間になんか埋め込まれるとかされたの」
起動スイッチとかメカな言葉が出てきて、ここは怪しげな研究所で山村は医者なこともあり、ハネは子どもの頃に見た特撮番組の、人体改造手術のシーンを脳裏に蘇らせた。
「そんなことはしてないよ。キッカケって意味で、スイッチって言ったまでさ」
山村は、たわいないと笑った。
「それじゃあ、俺がスイッチを入れてやろう」
来島が拳銃を抜いた。
「ここに来たのはこのためさ。病室じゃ銃をぶっ放せんだろう」
「ぶっ放すって、そんな・・・」
「ハネ君よ。悪いがコスプレ出来なかったら、俺たちにとっては、君が生きていようが死んでいようが同じなんだ。生きたかったら、五つ数える間にコスプレしな」
「そんなのって・・」
抗議の声を上げる間にのも、
「1、2、」
来島は数えだし、
「うわわわっ」
テンパったハネが脳裏に何かをつかみ・・
「・・5」
銃声が轟いた。




