監督指示
「どいつだ?場外まで打球飛ばした野郎は」
ベンチに現れた黄田の第一声は若干の怒りを含んでいた。
なぜそうなる?
「どうした?」
キャプテンの言葉が黄田を冷静に戻したようだ。
「ああ…悪い。球がトラックの上に落ちてきて凹んじまった」
光太郎の場外ホームランが黄田のうちのトラックまで届いたってことか。
「一応温度管理できるような車だからさ…」
黄田の家がキイロバナの配送をしていることは2年生ならみな知っている。温度管理できる仕様の車なら高いだろうと誰もが納得した。
「どうしてもってんならドラフトまで待て」
大前監督がのんびりとそう口にした。監督の視線はベンチ前でキャッチボールしている光太郎に向いている。
監督の視線の先を追った黄田はそこに光太郎を見つけ、ややバツが悪そうに下を向く。
光太郎たちがこの町にやって来た理由を黄田は知らないはずだ。だがなんとなくそういうことは察してしまうだけの田舎くささがこの町にはある。
こんな変な雰囲気の時は俺の鉄板ジョークで…。
「いつものあれ、禁止ね」
千種がしれっと釘を差してきた。
失礼だな。
そのやり取りを見ていた山形が口を出す。
「早名が一番冗談みたいなもんだ」
うるせ、山形。
…あれ?お前打席にいたんじゃ。
「俺の華麗な犠飛、見てなかったのか?」
知らねーよ。
スコアはいつの間にか6点差に開いていた。
そして田所はいつものごとく、天地ほどの距離をあけて空振り三振。
なんつーかブレないやつだ。
俺たちは先攻でこれから守りに入る…このタイミングでなぜか監督が円陣を組ませる。守備なのに?
「全員揃ったな。今日が光太郎の実質的なデビュー戦だ。とにかく光太郎をひきたてろ。守れ!打て!」
なんだその贔屓丸出しの指示は…。
とは誰も思わない。圧倒的な資質は五明でさえ一目置く。あるいは岡目八目。
「ミスしたら即交代だ。なんせ遅刻トリオがいるぞ。なあ一条、児島?」
俺はおまえらも忘れてないぞと言外に彼ら二人に言い聞かせる。
「よし、目標はグラウンド内8人で放棄試合にならないことだ」
沢村が締めた。
…いや締まらねーよ。
・・・
光太郎がマウンドに上がる。
なんとなくだが場内の視線が光太郎一人に集まっているようだ。
俺たちはセンバツで2試合だけだが多数の観衆から見られた経験がある。だが光太郎はこんな雰囲気の経験があるだろうか。
いずれプロに進むであろう光太郎にとっては些細なことになるのかもしれない。
センターに入った俺はせいぜい監督の言う通り精一杯守ることにしよう。
打席に相手の一番が入り、光太郎の足が上がった。




