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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第2章 【研究所編】
22/51

望まぬ再会【5】









バァン!!と、重厚な扉が勢い良く開いた。


開けられた扉から4人の人物が駆け込んで来る。この部屋も前回と同様薄暗く、周辺がよく見えない。


≪旦那! それに皆も!!≫


ふと聞き慣れた声が頭に響く。目線を部屋の隅に向けると鉄格子に囲まれた箱の中に入れられているキッシュの姿があった。


「キッシュ……!」


反射的にアサトはキッシュの方に向かおうとする。衝動のままキッシュの箱に手を伸ばそうとしたその時、アサトの右手に痛みが走った。


「……いッ!?」


思わず手を押さえると、掌に血が滲んでいた。周りを見渡すも、武器らしいものは見当たらない。


「私の存在を、忘れないでもらおうかな?」


静かで薄暗かった部屋に灯りがつき、1人の青年が姿を現した。紫暗の瞳に青髪。何処か余裕のある笑みを浮かべ青年はアサト達を見据える。


「兄妹達には一応始めまして、かな。よく、此処まで来てくれたね。私がベルガだ」


リテアとアサトは軽く目を見張る。彼が、ベルガ。キッシュを拐うよう指示した人物。

そしてーー


「母さん達は何処なの?」


リテアは真っ直ぐベルガを見つめ、そう口を開いた。リテアの問いにベルガはクスリと笑う。


「いきなり直球で来るね。まあ、当たり前か。両親がどうなってるのか気になって仕方ないんだろう? ちゃんと教えてあげるよ。と、その前に」


ベルガは笑みを浮かべたままホヴィスに視線を向ける。


「ホヴィス、そんなに睨まくてもいいんじゃないか。先程から、酷く視線が痛いんだけども」


「……誰がそうさせたと思ってる」


ついと目を細めベルガは腕を組んだ。


「もしかして、あの惨劇(アレ)を怒ってるのかい? 君にとっては、あれぐらいどうってことないだろう。……15年前の、あの時に比べれば」


「ッ、てめえ!!」


ホヴィスの目が鋭くなる。彼の周りからは凄まじい殺気が放っていた。今まで感じたことのない、重苦しいそれにアサト達は息を呑む。


だが、ベルガだけはそれを楽しそうに見つめ息を吐いた。


「使えないから棄てただけだ。そう怒るなよ。別に、君に迷惑はかけていないだろう?」


「そういう問題じゃない! 人の命を何だと思ってやがる……!? てめえのやってる事は根本的に間違いだらけだ!!」


「命、ねぇ?」


ホヴィスの鋭い視線をさらりと躱し、ベルガは未だに涼しい表情を保っている。


「まあ世間的に見ればそうだろう。だが、ホヴィス。君が、そうやって私を糾弾する資格はないよ」


「何だと?」


「君は私より血に塗れてる。数多くの人々を殺してきた君に、()()()()を殺した君に、こんな風に説教されたくはないな」


「……ッ!?」


シーファ、というその名にホヴィスの瞳が揺れ動く。それをベルガは見逃さなかった。


「へぇ? ちゃんと罪の意識はあるのか」


「黙れ!!」


次の瞬間、ホヴィスはホルスターの銃を剣に変化させ、ベルガに斬りかかる。ベルガも虚空から槍を出現させ、それに応えた。


剣と槍が激しくぶつかり、火花が散る。


「……相変わらず口よりも先に手が出るんだな、ホヴィス」


ホヴィスは何も答えない。フッと微笑みベルガは槍の柄で剣を弾き返した。その反動でホヴィスは後方へ下げられる。


「何を……!?」


「まあ待て。きちんと相手はするさ。だが、お客さんが待っているだろう?」


パチンとベルガは指を弾く。すると、何の前触れもなく、アサトとリテアのいた床にぽっかりと穴が開いた。


「ええっ!?」


「ちょッ……!  嘘でしょ!? また落ちるの!?」


悲鳴を上げる間もなく、リテア達は穴の中へ落ちていく。


『アサト! リテア!』


ヴァーチェが手を伸ばした時にはもう、アサトとリテアの姿は、その場から完全に消えていた。2人が消えた床に手を当て、ヴァーチェはキッとベルガを睨みつける。


『ベルガ! 2人を何処にやったのですか!』


槍をくるりと回しベルガは目を細めた。


「何処って、彼等が会いたがっていた両親の元に送っただけだよ」


『両親……、アサト達の?』


「そう」


ベルガは頷いて槍の切っ先を下に向けた。


「あんなに必死になって聞かれちゃ会わせない訳にもいかないからね。クジョウ博士達は今、地下3階の()()にいる」


その言葉にホヴィスとヴァーチェの2人は表情を歪ませる。ヴァーチェは片腕を強く握りしめベルガを見据えた。


『箱庭……! やはり、造っていたんですね。この世界にいるDAMも全てここで』


「そうさ。君の言う通りだよ、ヴァーチェ。全部私の指示によるもの。素晴らしいだろう?」


「くだらねぇな」


そう吐き捨てホヴィスは剣を構え直す。


「DAMを量産して、ディバスリーの技術でこんな世界を作りやがって。故郷と同じような運命を、この世界にも辿らせるつもりか?」


「私の計画を成就するには、多少の犠牲は必要だからね。致し方のないことだよ」


「てめえ……!」


フフッと笑ってベルガは片手で前髪を払う。


「1つ誤解のないように言っておくが、技術を受け入れたのは他ならぬこの世界の人々だ。私はそれに手を貸しただけ。そして、それはこの施設に関しても同じ」


そう言ってベルガは再び指をパチンと鳴らした。


指を弾く音に反応し、ベルガの頭上に巨大なスクリーンが現れる。それは数十のモニターから連なるもので、施設の様々な映像を映し出していた。

  

「クジョウ博士達は本当によくやってくれた。だから、お礼に新たな実験の大事なを与えたのさ。そう、とても大事な、ね」


ベルガは満足気に微笑み、スクリーンに目を移す。不穏なベルガの言葉に訝しみながらも、ホヴィスとヴァーチェの2人も、スクリーンへと視線を向けた。






◇◇◇







ーーーー暗闇の地下深く。


そこにアサトとリテアはいた。


「………痛い」


「そりゃ、そうでしょうよ。受け身を取る間もなく、上から思いっきり、落とされたんだから」


リテアは軽く腕や足、身体の要所を触り異常がないか確かめていく。


「身体は結構痛いけど、折れてはないみたい。兄貴は? 大丈夫?」


「……うーん、多分、大丈夫!」


身体に触ることもなく、アサトは笑みを返した。だが、何処となく左腕の動きがおかしい。

 

「……本当に?」


「う、うん!」


リテアは眉間に皺を刻むとアサトの左腕を思いきり掴んだ。


「いっ、だだだだ……!!」


「馬鹿! やっぱり、怪我してんじゃない。見せなさいよ!」


有無を言わせず、リテアはアサトの左腕の袖を捲り上げる。アサトの左腕には青あざと共に、大きく腫れ上がっていた。


「折れてはいないけど、酷いわね。早く手当てしないと」


「いいっていいって。そんなに痛くないからさ」


「でも……」

  

応急処置をしようとするリテアの手を避けて、アサトは立ち上がる。


「先ずはここから抜けなくちゃいけないだろ。怪我なんか後回しだよ」


そう言って、むん!と気合いを入れるアサトを見て、リテアは深く息を吐いた。


「……ったく、そういうとこ変わってないんだから」


「なんか言った?」


「何も!」


リテアはぴっとアサトを指差す。


「大丈夫、そう言ったからには、途中で倒れたりしないでよ?」


「うんうん、大丈夫!」


左腕の袖を直しながらアサトは上を見上げた。


「しっかし、ここ何処かなぁ。上に戻る事すら出来ないし」


見上げる先は暗闇しかない。仄かな灯りさえない真の暗闇だ。一体、どれだけの深さまで落とされたのだろうか。音も何もない、漆黒の世界。


――ピチャン。アサトはハッと視線を横に向けた。微かに、水の音がする。


「リテア」


「うん。アタシにも聞こえた。行ってみよう、兄貴」


この空間で唯一、水の音のする場所へと。



微かな水の音を頼りに辿り着いた場所は、不気味な空間だった。空間ギッシリに置かれた培養槽。培養槽の中にある緑色の液体が、部屋を仄かに照らしている。


「何よ……、これ……」


アサトとリテアは目を反らしてしまうような光景に、動くことも出来ず、ただ立ち尽くしていた。


培養槽の中には液体だけではなく、生まれたままの姿で、人間の子供が入れられている。あどけなさの残る幼児から、青年に至るまで、幅広い年齢の子供達が其処にはいた。

中には下半身がない者や、頭部しかない者もいる。


アサトは後ずさるように足を引いて、周りを見渡した。


「……んだよ、これ。なんで、こんなヤツに入れられてるんだ……?」


リテアも気持ちは同じようで、表情を歪めている。そして、ポツリと呟いた。


「もしかして、これがDAM?」


「え? そんな……」


「だって、ヴァーチェが言ってたじゃない。私達は造られた、って」


液体の奥で動く指や揺れる髪はどう見ても、自分達と変わらない。こんな巨大な試験管のようなもので、人が簡単に造り出せるなんて。


しかも、それが月で行われていたとは予想だにしていなかった。


ホヴィス達はこの事を知っていたのだろうか。

アサト達の見えない所で、良くヴァーチェと話をしていた事から、もしかしたら把握してたのかもしれない。ふいに、アサトの足場のバランスが崩れる。


「へっ?」


目を瞬かせ足元を見た。すると、視線の先にあったのは下へと降りる階段。自分が階段を踏み外したと分かった時にはもう、手遅れだった。


アサトは豪快な音と共に転げ落ちていった。


「いったたた……」


反転になった視界に眉を寄せつつ、アサトは呼吸を整えようと何度か息を吐いた。


「兄貴!? 大丈夫!?」


「あーー、うん。大丈夫ー!!」


アサトは階段上にいるであろうリテアに返事を返し起き上がる。が、思わず蹲まってしまった。左腕がズキリと痛む。落ちた時に強く打ちつけた所為で、痛みがまた酷くなったようだ。

困ったなぁと呟いた時、あることに気付く。


「寒い……」


先程までいた上の場所は、それ程寒くなかった。だが、今ここにいるこの場所は、空気が明らかに冷たい。まるで近くに氷でもあるように。


「……まさかなぁ」


苦笑いを浮かべながら、そろりと目線をあげ立ち上がる。次の瞬間、アサトの視界に飛びこんできたのは信じられないものだった


「……あれ、兄貴? 兄貴ーー!!」


先程まで返事していたのに、言葉が何も返ってこない。もしかして、下で倒れてしまったのだろうか。


「……あの怪我だったし有り得るかも……」


リテアは仕方ないとばかりに息を吐いて、階段を駆け降りていった。階段を降りたすぐの所に、アサトはいた。



「兄貴? 何やってんのよ。返事ぐらいしてくれたって、」


「リテア! 来るな!!」


ビクリと身震いするような声で、アサトはリテアの動きを制する。普段、滅多に声を荒げることのないアサトのその声にリテアは思わず眉を寄せた。


「一体なんだってのよ。何を、そんなに怒って……」


違う。怒っているのではない。アサトは焦っていた。まるで、見てはいけないものを見てしまった子供のように。


背中越しでも分かる。アサトは掌を握り締め、何かを堪えるように俯いていた。残りの階段を降り終えようとした時、リテアの視線が前へと向く。


「あ……」


アサトに聞かなくても、その理由は直ぐにに分かった。


其処にあったのは上と同じような培養槽の数々。ただ、上と違うのは、其処に入れられた人々は皆大人で氷漬けにされていた。その中に見覚えのある顔が2人。


いつも部屋に飾ってある両親の写真。それに瓜2つの人物がそこにはいた。


「嘘……、嘘よ……ッ!!」


リテアは思わず培養槽に駆け寄り、それを叩く。だが、中にいる人は反応を示さない。ただ、培養槽の冷たさだけが掌に伝わってくる。


「どうして……? あれだけ、元気そうにしてたじゃない……」


もうすぐ家に帰ってくると、久しぶりに家族水入らずで、旅行でもしようと約束までしてたのに。


「……答えて……、答えてよ……! 父さん、母さん!!」


リテアの悲痛な叫びだけが、その場に響いた。




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