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箱庭の終焉、その鍵を君が持っていた  作者: 桜柚
第2章 【研究所編】
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望まぬ再会【4】











―――ドシン!!!!


「っ、きゃあ!!」


「うわっ!?」


反響した音から察して、想像の通りアサト達は派手に地面に落下した。床と一緒に落ちたお陰か衝撃は半減されたものの、身体のあちこちが凄く痛い。リテアは眉間に皺を刻みながら腰を擦った。


「うぅー、痛いぃ……」


『リテア、大丈夫ですか?』


「うん……、まぁ、このくらいなら何とかね」


ヴァーチェの言葉に、片手を軽く振ってリテアは上を見上げる。


あの部屋からこの地下までかなり距離があったようだ。見上げる先にあの部屋の姿はない。見えるのは暗闇だけ。この部屋自体も暗くて周囲がよく見えない。


「それにしてもさぁ、他に地下に降りる方法なかったの?」


『普通に開けようとすると、かなりの時間がかかりそうでしたから。この方法しかなかったんです』


ヴァーチェは苦笑を浮かべ、立ち上がる。目線を横に向けるとアサトを立ち上がらせ煙草をふかしているホヴィスの姿があった。


『相変わらず無傷なんですね、あなたは』


「鍛え方が違うんだよ。ところでヴァーチェ。此処、見覚えないか?」


『え……』


ホヴィスにそう促され、ヴァーチェは薄暗い部屋を見渡す。上にあった研究所と作りは同じで特に変わった所は見受けられない。だが、ヴァーチェはあることに気づいた。


『似ている……?』


ヴァルスケーヴィに存在する、ある研究機関。そこの地下構造に似ているような気がした。


『まさか! でも、』


「ありえないことじゃないさ。アイツが此処にいるんだ。此処で()()を造り出していても不思議じゃない」


『……ッ』


ある研究機関とはクロイス・エジェワードが提唱し、作り上げた1機関。今は軍内部に存在する重役機関として成長している。つまり、その機関はDAMの母体。生まれた落ちる場所なのだ。その機関の一部が此処に酷似している。ならば、この先にあるのは。


ヴァーチェは強く両手を握りしめ、ホヴィスを見据える。


『アレを、アサト達に見せるには……、少し酷かと思います。私的に見せたくありません』


「……だろうな」


普通の人間なら拒絶しそうな光景。そんな光景を目の前にしたらアサト達はどうするのだろうか?ホヴィスは煙草を口から引き離し、怒りに任せ火がついたままの煙草を片手で握り潰した。




一方、アサト達はホヴィスとヴァーチェが何か話しているのを気に止めることなく、周囲を探索していた。


「なぁ、リテア。薄暗いんだけど」


「地下だからね。当たり前」


「電気ないかなぁ……。よく周り見えないし」


「勝手に探せば?」


突き放すようなリテアの言葉に、アサトはハァと息を吐いた。


「なんか、リテアがいつも以上に冷たい……」


「兄貴が緊張感なさすぎんのよ。分かってんの? ここが何処だか」


「え、地下でしょ。研究所の」


リテアは肩をガクンと落とし、表情を引き攣らせた。


「……そういうことじゃなくてね……」


「分かってるよ」


へらりと微笑みアサトはリテアを見た。


「リテアが不安でたまらないってことぐらい分かってる。俺も、同じ気持ちだしね。でも、大丈夫。母さん達なら無事だよ。きっと」


アサトの言葉にリテアは軽く目を見張る。そしてプイッと顔を背けた。


「ッ、誰が、んなこと……。兄貴からそんなの言われたって嬉しくも、何ともない!!」


「でも、リテア」


「うるさい!!」


「へぶしッ!!」


アサトはリテアに思いっきり殴られ、近くの戸棚まで飛ばされた。派手に戸棚に打ちつけられたアサトの頭は、クラクラと回っている。


「……いったた。リテア、酷いよ……」


俺、何か悪いこと言ったかなぁ?と頭を押さえながらアサトは首を横に捻った。アサトは全く悪くなく、単にリテアの照れ隠しによる殴打なのだが、アサトがそれに気付く事は全くない。


何かしてしまったのかと、ひたすら頭を悩ませている。


その時、アサトの背後にコツンと、何かが当たる。後ろを振り向いて見ると、そこには半壊された戸棚に隠れるように存在していた扉が姿を見せていた。


「ええ、こんな所に扉……?」


徐にアサトは扉に手を伸ばす。だが、ドアノブを握ることはなかった。


どうしてだろうか。酷く、嫌な感じがする。開けてはいけない、と頭が警鐘を鳴らしていた。

何かこう、全身がザワザワしてくるような。

ふと、ドアノブの金具に目を移す。そこには黒い何かがこびりついていた。


「……ん?」


アサトが手で触って見ると、それは手につく。乾ききっていないペンキだろうか。


アサトがもう一度、軽く扉に触れるとドアノブを捻ることなく、扉が少し開いた。扉の奥はこの部屋と同じく薄暗いようで、先は見えない。


「あ……」


だが、アサトの目にはしっかりと映ってしまった。部屋の入口に広がる水溜まり。それは紅色。そして、其処に横たわる無数の人々。

先程ドアノブに付いていたのはペンキではなく、誰かが残した血の痕。


そう理解した瞬間、アサトは動揺し声を上げた。


「う、わああぁ!! 誰か! ホヴィス!!」


アサトの震えるような驚いた声にホヴィスを始め、そっぽを向いていたリテアも此方に近寄ってくる。

 

「何があった?」


「ホヴィス……、これ……」


アサトの指差す方を見て、ホヴィスの表情が一変する。スッと目を細め扉に手をかけた。


「……やられたな」


勢い良く開け放たれた扉の奥からは異臭が漂ってくる。血と何かが腐敗したような、何とも言えない匂い。それと、同時に飛び込んでくるのは目を覆いたくなるような光景だ。


床や壁に付く、おびただしい数の血溜まりや血痕。無惨にも壊された照明と機械。


そして、紅に染まり横たわる沢山の死体。男女関係なく命を落としていた。あまりにも残忍な惨状にアサト達は呆然と立ち尽くしかなかった。


そんな中、ホヴィスは扉から離れ扉の中へと踏み込む。


「ホヴィス……?」


不安そうなアサトの声にホヴィスはアサトの頭を優しく叩いた。


「状況確認だ。色々と調べてくる。お前達はそこで待ってろ」


スタスタと足早に扉の奥へと進んでいくホヴィスを見て、リテアは口元を片手で押さえながら首を振る。


「よくアイツ、抵抗もなく入って行けるわね。どういう神経してんのよ」


『ホヴィスは……、元軍人ですから。こういう状況に慣れているだけです』


「軍人? ……ああ、そういえば、アイツの着てるの軍服っぽいやつだったわ……。道理で、強い筈よね……」


頷いてヴァーチェは寂しそうに目を細めた。


『でも、彼とて気持ちはリテア達と同じですよ。こんな残虐な遣り方、ホヴィスが一番嫌ってますから』


ヴァーチェの目が哀しげに揺れる。その心に今どんな想いが過っているのか。そんなヴァーチェを見て、リテアはそれ以上何も聞く気になれず、逃げるように扉から目を逸らした。


アサトもヴァーチェ達の話を聞き流しながら胸を押さえていた。吐き出してしまいそうになる頭に過る思い。

それを、声に出してしまわないように。


扉の奥にある血の風景。倒れてた人々のあの中に、両親がいるのではないか。


そう考えられずにはいられない。

リテアも口に出していないが、同じことを考えているだろう。アサトは胸の服を掴みギュッと目を瞑る。


……大丈夫。きっと大丈夫。

父さん達なら、きっと生きてる。


そう自分に言い聞かせるように繰り返し、心の中で唱えながら、アサトはホヴィスが戻ってくるのを待つ事にした。







「……酷いな」


奥に進めば進む程、悲惨な情景が見えてきた。


細々しか見えなかった物も、暗闇に慣れてしまうとはっきりと目に映ってしまう。

殺された人々は数十人。服装や装備品から見て、どうやら軍人のようだ。恐らく、この研究所の警備を担当していた憲兵達だろう。


胸を一突きで刺された者。喉を掻き切られた者。全て、一撃で仕留められていた。


鮮やか過ぎるその手並。ホヴィスの脳裏に、よく知った青髪の青年の姿が過る。


「ハッ、やってくれる……!!」


ギリリと奥歯を強く噛み締め、ホヴィスは拳を壁に叩きつけた。


拳から滴る血を気にすることもなく、ホヴィスは暗闇の先を見据える。此処は部屋と部屋を繋ぐ廊下のようだ。この長い通路の先に、部屋があるのだろう。幾人もの人が先に手を伸ばして息絶えていた。


残虐過ぎる殺し方。自分を挑発する為だけにやったものだ。ただ、自分の怒りに触れる為だけに。状況が明らかになればなるほど奴の遣り方に吐き気がしてくる。


そうか。これがてめえなりの()か。ベルガ。


普段、滅多に直接手を下さないベルガが手をかけた。余程、自分の事が気に入らないらしい。

深く息を吐いた時、アサト達が慌ててこちらに駆けて来ていた。


「ホヴィス! 凄い音がしたけど、何かあったの!?」


「音……?」


ホヴィスは軽く首を傾げたが先程のことを思い出し、あぁと頷く。


「それはこれの音だろ。手加減せずに、思いっきり叩いたからな」


ホヴィスが指差した壁は円形に窪んでおり威力の大きさが窺える。それをちらりと見て、ヴァーチェはホヴィスに視線を戻した。


『……右手は大丈夫なんですか? 血が出てるようですけど』


「あぁ。このくらい大したことない」


「でも、」


手当てした方がいいと言いたそうなアサトの口元を押さえ、ホヴィスは息を吐く。


「平気だって言ってんだろ。彼等の受けた苦痛と比べたら、こんなのどうってことねぇよ」


「……そっか」


彼等がどういう状況だったのかはわからない。だが、この惨状を見る限り、人々が苦痛に歪み恐怖で息絶えて逝った事は容易に想像出来た。


何故、こんなことが出来るんだろう。到底、理解できない。アサトは鼻につく匂いを防ぐように、腕をあてながら辛そうに眉を寄せる。


床に広がる血だまりを避けながら、ヴァーチェはホヴィスに近寄っていく。


『それでホヴィス。何か、わかりましたか?』


「まぁな。端的に言うと、殺されたのは軍人数十人。血の乾きからして、数時間以内に殺されたと思われる。殺ったのは恐らくベルガの野郎だ」


ホヴィスの言葉にリテア、アサトの2人が驚愕の表情を浮かべる。ヴァーチェは想定していたのか、悔しげに眉を寄せていた。

抑えきれない感情のまま、リテアはホヴィスに掴みかかる。


「ちょ……ッ、待ちなさいよ!! この人数を1人でやったっての!? そんなこと、簡単に出来る訳ないじゃない!!」


「出来るさ」


リテアの手を軽く払い、ホヴィスはズレたサングラスを人差し指で直しその目を細めた。


「アイツは……、元々、特殊部隊出身でな。どんな状況でも人を殺せる訓練を受けてきたのさ。まぁ、実戦ではその頭脳を買われ、指揮ばかりしていたが」


「受けてきたからって、そう簡単に出来るの!? こうも簡単に……!!」


「……さあな。オレにも理解できん。だが、」


ホヴィスの瞳が少し揺らぐ。微かに悲しげな感情が浮き出ていた。


「昔は違った。アイツは人を殺すことを、誰よりも嫌っていた。今のお前達のように」


「じゃあ、何で、そんな人が……」


こんな残虐な行為を?

ホヴィスはアサトの問いに何も答えることなく、視線だけを返し廊下の先を指差す。


「話はここまでだ。先ずは先に進むぞ。きっと、この先にアイツがいる」


廊下の奥は暗闇で何も見えない。だが、この先にベルガが、自分達を呼び出した張本人がいる。


そして――、連れ拐われたキッシュも。

アサト達の両親も。きっといるはずだ。


コツコツコツコツ……


静まりかえった廊下に足音だけが響く。

皆の表情は固い。この先に何が待ち受けているのか分からないけれど、想像を絶する事が自分達を襲おうとしているのは先ず間違いないだろう。


出来ることなら逃げ出したい。今でも震える身体。血の光景を見て平常心を保つので精一杯なのに。だけど、知りたいから。全てを。


周りの景色に惑わされることなくアサト達は、1歩1歩踏み締め、廊下の先にある部屋を目指し走り出した。



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