12手紙と医療師の先生
エディ君が差し出したのは、一通の手紙でした。
すでに封は切られています。
「中を見ても良いのですか?」
エディ君が頷いたので、私は封筒の中身を確認します。
手紙は、彼の亡くなった父ミックさんへ宛てられたものでした。
内容は、ミックさんが何かをしたことを仄めかすもので、詳細はぼかされています。
ただ、それを暴露されたくなければ、多額のお金を支払うか、さもなくば呪いを受け入れろ、というものでした。
差出人は不明。宛先も差出人も書かれてはいません。
この手紙の内容が本当なら、重大な手掛かりになるでしょう。
「この手紙は?」
「お父さんの日記に挟まっていました。お母さんはお父さんの世話で手一杯だったから、これ以上心配をかけたくないと思って、僕が預かりました」
「懸命な判断だと思います。こちらは預かってもよろしいですか?」
「はい。どうか、お父さんの死の原因を、解明してください」
「わかりました」
その後、エル様たちとシェリーさんの話も終わったようなので、私とエディ君も合流し、サプリング家を後にしました。
「こちら、エディ君から託されました」
「手紙か?」
エディ君に託された手紙をエル様に渡します。
「はい。ミックさんは誰かに脅されていたみたいです」
「ふむ。金を支払うか、呪いを受け入れるか……。ミックは呪いを受け入れたのだな」
「そういうことになりますね」
「これは、魔法鑑定所に回しておくか」
「手配します。この後は、ソル先生の元へ向かうのでそれで最後ですね」
「そうだな」
ロナルド様の言葉に、エル様が同意しました。
手紙はロナウド様が預かります。
◇
そして私たちは、この日最後の目的地、ソル・ツイッグ医療師の元へと向かいます。
ソル先生の個人医療院は、東区の第二翼区と外翼区の境にありました。
そろそろ、診察時間も終わる頃なのですが、まだまだ患者の数は減りません。
一応、この日の受付は終了してはいるのですが……。
「すみません、まだ時間はかかりそうです」
恰幅のいい受付の年配女性が、申し訳なさそうに言いました。
「構いませんよ。待たせてもらいます」
ロナルド様がにこやかに答えます。
「……」
逆にエル様はどこか緊張した面持ちでした。
医療院が嫌いなのでしょうか?
私たちは、応接室で待たされることになりました。
それから一時間ほど経ち、応接室の扉が開きました。
入ってきたのは、銀髪に碧眼、そして褐色の肌の長身の男性。よく見れば耳が尖っています。
もしかして、エルフの方でしょうか?
「お待たせして申し訳ありません。やっと診察が終わりましたよ」
見た目は若いものの、言葉に重みがあり、見た目通りの年齢ではないことが、なんとなく伝わってきます。
「さて、お久しぶりですね。エルドレッド様」
「い、今はエルと呼んでくれ。その、先生は変わらないな……」
「半分エルフですからね。これでもすでに、半世紀は生きてますよ」
という事は、五十歳以上!?
とてもそうは見えません!
美魔女、は女性だから、男性の場合は、えーと、えーと……!
「さて、皆さんは特殊調査部隊『梟』に所属しているのですね?
エルドレッドに振り回されているのでしょう? ご愁傷様です」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ」
エル様はジト目でソル先生を見ます。ソル先生は特に気にしていません。
しかし、一触即発というわけではない様で、どこか気安い関係といった感じです。
つまりお知り合い?
「お二人とも、その辺で。ジャスティーナ嬢にもわかる様に説明を」
ロナルド様が助け舟を出してくれます。
「おっと、失礼しました」
「おい、ロナルド。仕事の時はジャスって呼べよ!」
「……ええっと、ジャス様にもわかる様に、説明してください」
ロナルド様が青筋を立てて、言い直します。
ご愁傷様です。
「そういえば、ロナルド様はお仕事用のお名前ではないですよね?」
ふと、疑問が口から出ます。
「ああ、コイツはなんか拒否ってな。そのままになった。
ちなみにパーシーはもともと偽名みたいなものだから、そのままだ」
「え? では、元の名前でもよかったんですか!?」
「え? ジャス、この名前嫌なのか……?」
「そ、それは……」
エル様、雨の日に捨てられた子犬の様な顔をしないでください!
「いえ、大丈夫です……」
「そうか、よかった!」
そう言って少年の様に笑うエル様。
う〜ん、もしやエル様って、小悪魔系の一種でしょうか?
「さて、君たちは、東部で発生した崩壊病について調べにきたのでしょう?」
「そうだ。ソル先生は患者たちを診断したんだろ?」
「そうですね。といっても、私の特異魔法では原因は最後までわかりませんでしたし、報告書とほぼ同じ内容しかわかっていませんけどね」
ソル先生によると、最初に発症したのは質屋のティモシー・サップ。次に、公務員のミック・サプリング。
その次に、イーモン・ファーンとノーリーン・ターフが同時期に病にかかったということです。
「わかっているのは、病原体が存在する様な病ではないということと、罹患した本人達が殆ど痛みを感じていなかった、ということです」
「他人に感染るような物ではない、ということですね」
「そうです。そもそも、彼らの肉体が異常を認識していなかったのが、特に不可解です」
「そこがよくわからない。体が崩壊なんてしたら、普通に痛いだろ?」
「そうですね。しかし、彼らの肉体はそれが普通の状態だと認識していたようです。
通常生物の体は、僅かでも体が傷つけば痛みでそれを知らせ、体の自然治癒機能が傷を治そうと働き出します。
しかし──」
「彼らにはそれがない、と?」
「そういうことです。体が崩壊しているのに、膿も発生していませんでした。
彼らの肉体にとっては、その状況が自然な状態なのです。
肉体が崩壊する病自体は存在しますが、体がそれを異常と認識しないという病は、聞いたことがありません」
「だから、呪い、か……」
「そうなりますね。イーモン殿とノーリーン夫人の元へは?」
「明日、行く予定だな」
「では覚悟した方が良いでしょう。かなり凄惨な状態を見ることになる。しかも彼らはすでに亡くなった二人よりも、少し状況が違います」
「何が違うんだ?」
「痛みを確実に感じているそうです。まあ、それでも気が狂うほどではない様ですが。
そして、すでに亡くなったお二人よりも進行が遅い」
「ふむ、奇妙だな。まるで、長く苦しんで欲しいみたいだ」
「……明日は丁度、健診の日です。私も同行しましょう」
「お、ありがたい!」
「そう思うのなら、王様になってください」
「それは嫌だ。そんなことを言ってるから、王宮を追い出されるんだ!!」
「ソル先生は、王宮にいたのですか?」
「ああ、コイツはもともと、王宮所属の治療師だったんだ。しかも俺の専属。だが、色々やらかして、追い出された」
私の疑問に、エル様が答えてくれます。
「どうしてそんな凄い方が、王宮から追い出されたんですか?」
「コイツは第二王子のアンブローズを暗殺して、俺を王太子にしようとした。しかもそういった連中の首謀者だったんだ!」
「え?」
なんか凄いこと言ってませんか? エル様。
大丈夫なやつですか!?
「だが、計画が完全未遂だったのと、それまでの功績のおかげで、王宮から追い出されるだけで済んだんだ。
あと、俺がめちゃくちゃ父上に頼んだ」
「なので、今はしがない町の医療師です。
魔力も封じられて簡単な治癒魔法しか使えないので、不便で仕方がありません」
ソル先生は黒のハイネックのインナーを少し指で下げ、首にぐるりと施された魔封じの印を見せてくれます。
魔力が封じられて魔法が使えないので、治療師から医療師になったのですね。
ちなみに、治療師は魔法を使って怪我や病気を治す方のことで、医療師は魔法具などの道具を使って治す人のことです。医療師は魔法が使えなくてもなる事ができます。
「自業自得だ! この前の夜会にも、先生の賛同者がアンの暗殺計画練ってたぞ!!」
アンはアンブローズ殿下のことですね。エル様は普段そう呼んでいるみたいです。
「それは失礼。私が捕まった時点で、組織は解散した筈なんですがね〜」
「まったく、魔獣を召喚する魔法具まで使いやがって、あわや夜会が中止になるところだった!
しかも、あいつらの持っていた魔法具、違法のやつだったし!」
「それはそれは。特殊調査部隊の皆さんもお仕事に困らなくて良いですね。
『鴉』みたいに解体されずに済みそうです」
「仕事がある程度あるのは良いが、忙しいのはごめんだな。
先生はそろそろ反省してくれ!」
「嫌です♡ 機会があれば、エルドレッド殿下を王太子に押すつもりです!」
あ、本気の目です。怖っ!
「反省しろよ! せっかく、特殊調査部隊に入れてあげよと思ったのにさ〜」
「それは、それは。機会があればお願いします。
まあ、ここでの暮らしも悪くはありませんよ。死ぬほど忙しいですけどね」
そう言って笑う、ソル先生はとても優しい顔をしていました。
「ところで、エル様。痕跡の残らない薬とか、美人局という言葉に興味はありませんか?」
「ないよ!? 先生、何するつもりなんだ!?」
あ、気のせいだったかもしれません。




