21.お食事会 4
先生はびっくり、王女はすっごぉいって顔をしているけど、拍手とかコメントはない。
またやらかしたかと思って、礼をして席に戻ってカルロ所長に視線を向ける。
「僕も昔思ったけど、異世界にも文化があったんだーって思ったんじゃないかな」
なるほど。
今までどっちかっていうと、動物とか悪魔とか、召喚するのは話が通じない生物だったのかもね。
『血まみれ事件』や『消えたネモフィラ』を聞く限り、実際は違ってたと思うけどね。
「……驚いたよ。これはユリア様の気持ちじゃないのかい?」
ルチア先生もカルロ所長と同じことを聞いた。
「違います。こういう歌なんです。これは架空の物語、えーと読み物のひとつで……」
この歌が出てくるまでのざっくりとしたあらすじを話すと、すぐにルチア先生は納得してくれた。
「よくわかったよ。ユリア様の心の葛藤じゃないならいいんだ」
「どうしてお姉様はちゃんと妹と向き合ってお話しなさらないのでしょう?」
いや、そんな真剣に言われても。物語だからね?
なんでこんなにこの歌がみんなに受け入れられてるのか不思議なんだけど。
文化が似てるから? 若い娘が初めての舞踏会や出会いを楽しみにしているっていうのが共感ポイントっぽい。
でも、そんな話、むしろこっちの方がいっぱいあるんじゃないの?
人前で歌えないならミュージカルはないだろうけど、歌のない劇とか、本であるよね?
「こちらでは、こういった物語、読み物はないのですか?」
「ないんだよ。本は基本的にマナーや歴史を書いたものだし。歌も、愛の歌か、吟遊詩人が歌う歴史歌なんだ」
この世界の吟遊詩人は、出来事を脚色して歌にする人じゃなくて歴史学者って感じ。
架空の物語なんてなくても困らないんだろうけど。
どうも聞いた感じ、この世界では、架空のこと、都合のいい嘘も言わないっぽい。
都合が悪ければ黙秘か流すかだとか。言われてみれば「それ、なんて泥棒?」は華麗にスルーされてたね。
2次元や2.5次元、さらにそれらの二次創作まである世界からすると、物語が全くないことにびっくりだけど、だからただの歌詞を「私の気持ちなのか」と気にするのには納得できた。
「私の世界では、誰もが、それこそ子供からお年寄りまで歌います。愛の歌もありますが、別れの歌や、応援歌、季節の歌、赤ちゃんを寝かすために歌う子守歌や、言葉や数や歴史を覚えるための歌もあります」
「すごいな。貴族の間では『人前で歌うことははしたない』とされているからね。淑女は、まず口を開けるところを見られることを嫌うし、殿方はただ一人に愛を捧げるから、どちらにしても『歌う』という行為は、他人に見せるものじゃないんだよ。だけど、今、ユリア様が目の前で歌ってくれたけど、はしたないとは少しも思わなかったよ」
「先生もそうですのね! わたくしも、高揚はしましたが、破廉恥だとは少しも感じませんでした」
そういう歌を歌って思われるならともかく、歌うだけでそんなこと思われても困るし。
「むしろ、ユリア様の世界の愛の歌に興味がわくよねー」
「カルロ!」
アルベルトは嫌そうだけど、ビアンカ様とルチア先生が止めないってことは、期待されてるっぽい。
うーん。愛ってすっごく幅広いんだけど。
明らかに直接的な歌詞はもしかしなくてもアウトだよね。
私の中で超絶エロいのはまりあさんのセクシーボイスなんだけど、その歌い方もここで許されるとは思えない。
というわけで、宇多田ヒカルの「First Love」の冒頭を英語歌詞が続く前で止めてみた。
「いいね。お断りするのに大変良い歌だ」
意外にも、ルチア先生が最初にコメントしてくれた。
カルロ所長の勝手な要望にうまく切り返した形になったらしい。
「ええ。わたくしにも『今は目の前のあなたなんか考えられません』って感じました」
勉強になりますわ、とビアンカ様は嬉しそう。
アルベルトとカルロ所長も同じように感じたようで、若干傷ついた様子で言葉もない。
いや、だから、私の気持ちじゃないからね? 歌だからね?
てかさ。
いわゆる告白にも愛の歌が必須ってハードル高いよね?
今まで歌なんか歌ったことないのに、どうやって歌えと? って困らないのかな?
いきなり触ったこともない楽器を前にして「奏でろ」って言われるようなものだよね?
「その、一般的には男性から女性に歌を贈るのですよね? 男性はいきなり歌を作れるものなのですか?」
「『恋をすれば歌があふれてくる』と言われていますが」
アルベルトの視線にカルロ所長は肩をすくめた。二人はそういう状態になったことがないらしい。
「女性もそう言われていますね」
ルチア先生の言葉にビアンカ様も頷いている。
え? 遺伝子レベルで恋の歌が歌えるって、この世界の人間って、ヒト型だけど、実は鳥?




