この地の富
悠太君が、ちょっと気まずそうな表情で、客間に入っていくと。
「おう、悠太、言ってやったな」
讃歌さんが、笑顔で出迎えてくれた。
悠太君は、面食らった表情の後に、安心したような笑みを浮かべて。
「オレもたいしたもんだろ?」
讃歌さんの隣に、すわりこんだ。
「全く、見違えたぜ。てめえ、ほんとにウチのドラ息子か?」
「試してみるか? 豆と卵の酢の物作ってやるぜ」
「はっはっは、言うじゃねえかよ。白神様譲りの皮肉ってやつは、この村じゃあウチの息子しか扱いきれねえな」
険のとれた表情になった悠太君が、場にとけ込んで。
再び客間が大騒ぎになったころ、ピスフィ嬢とミリシアさんがもどってきた。
「夜風が心地よくての。すこし長居をしてしまった」
「山間の夜は、風が涼しくていいですよね」
「ヘカトンケイルにあっては得られぬ、佳良な風じゃった」
「お、戻ってきたな、嬢ちゃん」
どぶろくの杯を手にした讃歌さんが、僕の横にどかっと座った。
「うむ。讃歌殿、どうされた?」
「ああ、いやまあ、どうってこともねえけどな。少しあんたがたの話も聞いておこうと思ってよ。
例のきのこを、あんたがた、どこに売りさばこうっていうんだい?」
ミリシアさんとピスフィ嬢は目を見合わせ、小さくうなずいた。
「海向こうの王国。名を、アロイカと言う」
「聞いたこともねえ」
「中つ国と、主無き諸国に挟まれた中つ海。カイフェの半島は、その中つ海の中にある」
「はあ、そんなもんなのか」
ふむふむ、この半島、内海に浮かんでいるのか。
「中つ国と、主無き諸国、二つの土地がせり出し、海がひどく狭くなっておる箇所がある。中つ海と広大な東海を隔てる、顎の海峡。アロイカは顎の海峡において、主無き諸国の側にあるのじゃ」
お、一気に視界が開けたぞ。
内海と外海をつなぐ沿岸都市、というわけか。
ずっと前、ヘカトンケイルをヴェネツィアみたいなものだと想定したけれど。
その場合、このカイフェ半島(仮)がイタリア、中つ国はユーラシア大陸、主無き諸国はアフリカ大陸、中つ海は地中海ということになる。
アロイカはモロッコ、顎の海峡はジブラルタル海峡か。
海峡の一端を、アロイカが領有しているんだな。
そして、大洋である東海がひろがっている、と。
世界地図の地中海のあたりを左右反転させれば、だいたい正しそう。
「アロイカが、中つ海の玄関口になっているわけですね」
「うむ。中つ国にも魔王領にも、まして主無き諸国のいかなる同盟にも与せず、独立を保つ貿易王国。それがアロイカじゃ」
世界各地からやってきた商品が、アロイカで荷揚げされるのだろう。
さぞ豊かな国にちがいない。
「みどもの目的のため、松茸は役に立つはずじゃ」
「嬢、語りすぎであります」
単に貿易だけが目的じゃない、というわけか。
「秘め事があるままでは、みなもみどもを信用すまい」
「しかし、どこに領主の耳が隠されているか、分かったものではありません」
「かまわねえよ」
と、讃歌さん。
「どの道、アロイカだの、なんだの、白神様でもなけりゃあ分かりゃしねえ話さ。きのこを採るのだって、俺たちが止めろだの良いだの言えるこっちゃねえしな」
「領主の人となりについては、ミリシアより聞いておる」
讃歌さんの、いまわしげな表情を、ピスフィ嬢は見逃さなかった。
「なんだ、話の早い嬢ちゃんだな。回りくどい話はいらねえか。おい、悠太、こっち来い」
「……おう」
ものすごく助けてほしそうに僕を見ながら、悠太君がこっちの席にやってきた。
「さ、さっきは、その……オレ……」
「ヘカトンケイルが万人に優しい場所ではないことを、みどもも、よく知っておるよ。じゃがみどもは、ゆうたを傷つけるつもりではなかった。このとおり、すまないことをした」
ピスフィ嬢が頭をさげる。
「やめてくれよ。年下の女の子に頭を下げられちまったら、余計情けねえ気持ちになるだろ。悪かった。許してくれ」
「みどもの方こそ、ゆるしてほしい」
「だから、それ止めてくれって。親父、本題入っていいか?」
「その辺はお前に任せた」
なんだなんだ、なんの話がはじまるんだ?
「白神、オレたちの考えてること、話そうと思うんだ。いいか?」
「考えてることって、つまり、交易のこと?」
悠太君がうなずく。
「さっきのさ……あんなの見たら、もう、何も言えねえよ。そう親父に話したら、さっさと話をつけろって言ってくれてさ」
「讃歌さん、ご存じだったんですか?」
「ああ、悠太から聞いたよ。村の衆も知ってる。是非もねえってもんさ」
いつの間にやら、悠太君はみんなへの根回しを終わらせていたらしい。
しっかり、信頼を勝ち取っている。
「……すごいね、悠太君」
「別に」
腐りかけの家にこもって、本に囲まれ、ふてくされていた悠太君。
僕の知らないところで、大きく成長していたんだ。
それがなんだか、とてもうれしく、誇らしい。
「もちろん、僕がどうこう言うつもりはないよ。村のみんなが決めたことなんだから」
「ありがとな。それで、その、ピスフィさん。聞いてくれるか」
「うむ。商機あらばな」
「たぶん、あんたたちにも利のある話だと思うんだ」
悠太君は、僕たちの計画について語り始めた。
寒冷化と凶作が訪れるだけでたやすく滅びかねない、踏鞴家給地の現状。
周辺の村々との交易によるリスクヘッジ。
そのために、領主との対決を見込んでいること。
話を聞き終えたピスフィ嬢は、わずかにおどろいたような顔をした。
「おどろいた。ゆうたよ、寒い冬のことは、主ゃが思いついたのか?」
「白神のおかげでな」
「ふむ、ふむ……ミリシアよ。拾いものは白神だけではなかったな」
「ええ、嬢。この者の聡さは、たしかなものであります」
「はあ? な、なんだよいきなり。ほめてんじゃねえよいきなり」
いきなり二人がかりでちやほやされて、動揺する悠太君がかわいい。
「周期的な寒冷化については、ヘカトンケイルでも近頃話題になっておる。中つ国よりはるか西、砂漠の向こうの大半島における氷結巨人の定期的な大移動こそ、その原因であるとな」
ものすごいファンタジーが来たぞ。
なんだその、蝶の羽ばたきが竜巻に、みたいな話。
「今日はもう遅いゆえ、明日になったら調べて回るとしよう。
して、じゃ。交易と言うたが、そなたらの商機はどこにある? たしかにこの土地は豊かじゃが」
「白神、たのんだ」
「うん。それじゃ、僕から説明しますね」
悠太君からとんできたパスを受け取る。
村のみんなが決めたのであれば、隠し事はなしだ。
「この土地はピスフィさんの言うとおり、とても豊かです。そして村のみなさんは、その豊かさの使い道を、本当によく分かっています」
冒頭から強気で、この村にある素晴らしいものを、並べ立てていく。
わけてもピスフィ嬢が興味を抱いたのは、やはりというかなんというか、氷だった。
「氷室があるのじゃな」
「はい。四季を通じて氷を生み出すことが可能です」
「なんとも……すさまじい話じゃ」
「あ、鉄じいさんが作ってくれた、冷蔵庫もありますよ!」
料理と片づけを終えて集まりにまざった榛美さんが、うれしそうに言う。
「貯蔵庫まで……さすがは賽殿の村じゃ。寒川家給地に卸せば、それだけで十分な富を得られるの」
「リース契約なんて概念は、この世界にありますか?」
「貸し出しと修繕の包括的な約束ごとじゃな。かつて白神が持ち込んだものじゃ、時間をかければ理解されよう」
「そうだ康太さん! 香水とお化粧品もありますよ! 康太さんがかわいくなって、わたしのことをほめてくれたときのやつですよ!」
「ほう」
「あのね、いつも持ってるのに、康太さんはかわいい顔になっちゃうから、ぜんぜんわたしにお化粧してくれないんです。こまった康太さんです」
「こうたよ、このような美しいエルフの娘さんを困らせるでないぞ」
ぎゅっと情報が圧縮された榛美さんの言葉に、まったくひるまないピスフィ嬢。
格のちがいを思い知らされたような気分。
ピスフィ嬢は、香水と化粧品の入った小瓶を榛美さんから受け取って。
中身を、手の甲にぬったり、のばしたり。
「よく伸びるの。べんがらの色も、きれいに出ておる。これは売り物になるじゃろう。なんの油を使っておる?」
「そこらへんのケヤキですよ」
「はあ? ケヤキだと? ケヤキから油が採れるものか。康太、なにを言っている」
「えっ」
ミリシアさんに責められて、なんか、ひどく、納得のいかない気分になる。
いやいやいや、僕だって未だにそう思ってるんですけど。
でもケヤキから油が採れるのは僕のせいじゃないし。
「道中、森からエルフの述瑚を感じた。彼の者らの魔述が関わっていよう」
あ、そう来たか。
力づくの品種改良だったんだ、あのケヤキ。
いろいろおかしいと思ったよ。
しかしまあ、放射線を当てて病害虫に強いじゃがいもを作るとか、その手の遺伝子改良を遙かに越えているなあ。
さすが魔法ありの異世界だ。
「はるか南方の香料諸島に、エルフの国家があるじゃろう」
「テルス・ル・エルーヴラでありますね。魔述師の輸出が主要産業の」
「竜人の版図にエルフの国とは、奇妙なことだと思うておったが……その起源をこの地に求めるのも的外れな推論ではあるまい」
うわあ、すごい。
次から次へと、よその国の情報が流れ込んでくる。
主無き諸国、アロイカ、竜人……整理が追いつかなくなってきた。
「ケヤキの葉からは、お茶ができるんですよね、康太さん!」
明るく元気な榛美さんの物言いに、ピスフィ嬢がまゆをひそめた。
「お茶……つまりその、なんじゃ、ちょっと待ってくれ、茶、ということは、つまりじゃの」
「はい! 頭がすっきりして、でも康太さんは歳をとったときのことを考えて困っちゃうんですよ。そんな康太さんもかわいいですよねえ」
「ありがとう。これからは、たくさんお茶を飲むようにするよ」
「ほんとですか? それじゃあわたし、そばにいて頭をなでてあげますからね! それで、ケヤキなんですけど」
「ま、まて、はしばみ。少しまつのじゃ。みどもは今、途方にくれておる」
出し惜しみせず、ばんばん情報開示していく榛美さん。
ピスフィ嬢もたじたじだ。
さすがは給地の誇るエルフの娘さん、ヘカトンケイルの商人までも困らせている。
悠太君と讃歌さんは、あきれ顔でわらっていた。
「ミリシア。この村、思った以上じゃ」
「は、はい。私もまさか、ここまでとは」
「白神のおかげだよ。こいつが、色んなことを気づかせてくれたんだ」
「僕は好き放題やっていただけですから」
悠太君が持ち上げてくれたので、言い添えておく。
まったくもって、たいしたことどころか、基本的に迷惑しかかけていない。
「話は見えた。どうやらみどもらとそなたらは、利害が一致するようじゃな」
「だろ? 領主をなんとかしなくちゃならねえんだ。あんたらとオレたちは協力しあえる。対等な立場でな」
悠太君の言葉は、鋭く切り込むようだ。
この世界における貿易商人の倫理観が分からない以上、その点は、どれだけ強調しても、しすぎることはないだろう。
いつの間にやら債権奴隷になって死ぬほど働かされ、あげく死ぬようなことにもなりかねない。
「みどもらは、悪辣な封建領主でも無慈悲な資本家でもない。旅から旅への商人じゃ。言われるまでもなく、協力を仰ぎたいのはみどもらじゃよ」
「その言葉、ほんとのことだって思っていいんだな?」
「信用せよとは言わぬ。どうやら長丁場になりそうじゃ、みどもらの行いを見て、それから判断してもらえればよい」
「そうさせてもらうぜ」
讃歌さんも、ピスフィ嬢に向こうを張った強気な声。
この親子に舵取りを任せておけば安心だ。
ピスフィ嬢と戦い、給地の利益につなげてくれるだろう。
あとは、僕が白神としてなにをなせるか。
物事が、一気に動きはじめた。
大きな嵐が近づいている。
「ところでミリシアよ」
「いかがいたしました、嬢」
「ねむい」
「嬢」
うとうと顔のピスフィ嬢に、ミリシアさんが素早くマントをかぶせ。
「ふにゅ、ふにゅ……」
一瞬でねむったピスフィ嬢、マントのぺこぺこも、寝息でなんだか弱々しい。
その場のみんな、なんだかやさしい気持ちになってしまった。
ミリシアさん一人をのぞいて、だけど。
「……お前たちは、何も見ていない。いいな」
「いや、凄まれてもなあ。いいじゃねえか、子どもってのはよく寝るもんだ」
「讃歌殿よ、嬢は商人だ。子ども扱いはしないでいただきたい」
ミリシアさんが、讃歌さんをにらむ。
讃歌さんは、目線をいなすように肩をすくめた。
「田んぼに出りゃあ耕して、家に帰りゃあ親に甘える。商人だろうがなんだろうが、子どもはどこだって変わらねえさ」
「しかし、商人には商人の、あるべき振る舞いというものがありましょう」
「そうでなくちゃあならねえなんて、肩肘張ったところでよ。こうしてすぐに眠っちまう子どもの性を、変えられるわけじゃねえ。
子どもには、やさしくしてやんな。ピスフィちゃんも、まだまだ母ちゃんが恋しい年頃だろうよ」
ミリシアさんは何もいえず、うつむいた。
マントの中、もたれかかって眠るピスフィ嬢を見下ろして。
「心配していない、といえば、それは嘘になる。無論、ピスフィ嬢は幼き身の上。だが私は、ピスフィ嬢が望むままに振る舞う、その露払いを務めると誓っている」
「そりゃ、たいそうな話に聞こえるな。なんだってまた、そこまで思い入れているんだ?」
ミリシアさんは、笑みをうかべて。
「決まっているだろう?
惚れているのさ。心の底からな」
きっぱり言い切ると、ピスフィ嬢の頭をそっとなでた。
二人の間には、たしかな絆がある。
とても理由を聞けるような雰囲気ではなかったけど、それだけは伝わってきた。
「ほれ……! と、ということは、ミリシアさんはピスフィちゃんのことが好きなんですか!」
なんか榛美さんが食いついたぞ。
「ああ。好いている」
「だいすきなんですね!」
「嬢のためであれば、命を使ってもかまわない」
「康太さん、聞いてましたか!? ミリシアさんがピスフィちゃんのことを好きなんですよ! なんか、わああ、なんか……すごいですね!」
「うん、聞いていたよ。でもね榛美さん、たぶん二人の間で『好き』の意味が食いちがっていると思うんだ」
「そ、そうなんですか? それじゃあどういう好きなんですか? 好きっていろいろあるんですか? いつどこで好きになったんですか?」
榛美さんが止まらない。
ついにミリシアさんは、降参の笑みをうかべた。
「そこまで語るつもりはなかったのだがな。かわいらしいエルフの娘さんに免じて、私の弱みも、少しばかりさらけ出そうか。康太、酒をくれ」
「あてはいかがいたしますか?」
「そうだな……腐乳で、どぶろくを呑りたい気分だよ」
僕はにっこりした。
「よろこんで!」




