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【コミカライズ配信中】康太の異世界ごはん  作者: 6k7g/中野在太
閑章 給地のひとびと

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優しさの文法-1

 いつもの夜、いつもの榛美さん家。


「康太よ、おめえ、おれぁおめえ、一発で惚れちまってよおめえ」

「はい、はい、分かりますよ。そういうのってありますよね」

「なあ! あるよなおめえ! 康太、康太よぉ……そういうことがあるんだよ!」

「あります。わかる、うん、わかるなぁ。足高さん、ほんと、それ……分かるなぁ……」


 飲み食いする人たちの中、僕と足高さんは、どぶろく片手に、あつく語り合っている。


「つまりだなおめえ、その、おめえ……笑うんだよ。その、笑い方が、おめえ、まゆげが持ち上がっておめえ、口が持ち上がっておめえ、目じりが下がっておめえ……」

「ああー分かる! それすごいわかる! いや、ほんと、足高さん、それ……分かるわ……」


 なにをあつく語りあっているかといえば。

 足高さんがかつぎたいという、女性のことだ。


「ああー、分かる、すごい分かる……あ、ちょっと腐乳たべますね」

「食え食え! おめえそれだっておめえ、あいつぁ、湖葉このははおめえ、腐乳だの作らせたらぴかいちでおめえ、豆腐の神さんに愛されてるっておめえ、ほうぼうでほめられてなあ」

「湖葉さんっていうんですね。ああ、もう名前がいいもんなあ。いや、ほんと、もうそれ、それは足高さん、そんなのもう……分かるわ……」

「分かるよなあおめえ! 康太おめえ、康太ならわかるよなあ!」

「あ、ちょっとどぶろく飲みますね」


 お察しのとおり、二人とも、べろべろに酔っぱらっています。


「けどよおめえ、どうしたっておめえ、もう、近づくだけでおっそろしくておめえ、声もかけらんなくってよぉ……」

「分かるわ……」

「分かるよなあ!」

「分かるけど、分かるけど……スタンダップですよ足高さん!」

「酔っぱらいすぎだろ、オマエら」


 横で聞いていて、イライラの限界に達したのだろう。

 悠太君がくちばしをはさんできた。


「えー? 酔ってないですけど? まだぜんぜん、あれだ、ほら、その、よ、よい、宵のあれですけど?」

「おっさんの想い人が湖葉さんだってことに、まずぎょっとしたけどな。堅葉かたばさん家の湖葉さんだろ。あの、なんか、ちゃきちゃきっとした感じの」

「そりゃおめえ、その湖葉以外にどんな湖葉がいるってんだよおめえ」

「湖葉さんって、まだかつがれてなかったのな」


 あ、無視された。

 悠太君に無視された。


「そっか、最近帰ってきたから、ユウは知らないんですね」


 どぶろくのおかわりを僕のカップに注いでくれながら、榛美さんがやってきた。


「ほら、湖葉さんの弟さんって、体が弱いでしょ? 葛乃かずらのさんがかつがれちゃったから、堅葉さん家で面倒を見られるの、湖葉さんだけなんですよ。

 それで誰も、湖葉さんをかつごうって気になれないみたいです」

「ああ、そういや捧芽ほうが、川に入るだけで腹を下してたからな。葛乃さん、どこにかつがれたんだ?」

幅木はばぎさんのところですよ」


 ぜんぜん分からない地元トークが始まってしまった。


「それがまたおめえ、湖葉のおめえ、その、そういう苦労を見せねえところがおめえ……けなげじゃねえかよお!」


 感きわまったのか、おいおい泣きはじめる足高さん。


「むずかしいですよねえ……湖葉さんのところは、お母さんがはやくに亡くなっちゃってますから」

「親父さんもだろ? 堅葉の家は気の毒だよな」


 悠太君がそう言うと、榛美さんも、足高さんも、だまってしまう。


「ったく、情けねえ男ばっかりだ。おっさん、すぱっと担いでやれよ」

「そ、それができりゃあおめえ、苦労はねえってんだよおめえ!」


 ふむふむ、なるほど、事情がのみこめてきたぞ。

 足高さんが懸想する、湖葉さん。

 湖葉さんをかつげば、病弱な弟、捧芽くんまで抱え込むことになる。

 農作業に出られない男手を抱え込むのは、ちょっと苦しい。

 給地の農作物は、ここに集まっておおざっぱなごった煮になっているけれど。

 それはそれとして、肩身が狭かったり、周りの目が厳しかったり、いろいろあるのだろう。

 そんなところかな。


「おもしれえ話をしてんじゃねえか、お前ら」


 そこに、讃歌さんがやってきた。


「こんばんわ、讃歌さん。腰はもう大丈夫なんですか?」

「おう。白神様の作ってくれたメシな、よく効いたぜ。前より具合よくなったぐらいだ。ありがとうな」

「それはよかったです」

「親父な、あれから、オレに昼メシ作らせてるんだぜ。信じられるか?」

「てめえがヒマしてるからだろ、ドラ息子。たまには役に立て」


 え、なにそれ、悠太君が讃歌さんのごはん作ってるの?

 自炊男子だ。

 なんかずるい。

 僕も悠太君になんかつくってもらいたい。

 なんだろう、このもやもやする気持ち。


「それはともかくよ。足高、てめえ、まだぐだぐだ言ってやがんのか。さっさとかついじまえ。雨の時期だぞ、ぐずぐずしてたら間に合わなくなるっちまうだろ」

「だ、だからってよぉ……お、おれぁおめえ、堅葉の旦那におめえ……」

「うるせえな。そんなこた、どうだっていいんだよ」


 堂々めぐりだ。

 こればっかりは、本人の気持ち次第だからなあ。


「ちょうどいいや。明日は葛刈りだろ? 足高、手伝ってやれ」

「あ、な、なにっ!? おめえ、おれがおめえ、女の仕事をするってのかよおめえ!」

「仕事に女も男もあるか。田んぼに出なくていいっつってんだ、喜んで行きやがれ、このいくじなしが」

「あ、う、あう……でもよお」


 讃歌さんが一喝すると、とたんにちぢこまってしまう足高さん。


「でもじゃねえ、行け。行ってその足でかついで来いってんだよ。ぶっとばされてえのか」


 尚もぐずる足高さんに対して、讃歌さんがすごむ。

 足高さんは、さらにちぢこまった上、ぷるぷると小刻みにふるえ始めた。


「足高さん、お膳立てしてもらったんだし、行きましょうよ」


 声をかけてみたら、足高さんは、やにわにがばっと立ち上がり、


「うわああああああ!」


 絶叫すると、榛美さん家を飛び出して、夜の中に消えていってしまった。


「……なんだありゃ」


 目を丸くした悠太君が、もっともなことを言った。


「やれやれ、困ったもんだぜ。なんかありゃあ、すぐに逃げ出しやがる」


 讃歌さんは、開けっ放しの引き戸をながめながら、頭をかいた。


「そうなんですか? 率先して飛び出してくるイメージがあるんですけど」


 ミリシアさんが榛美さんを台所に連れ込んだとき、鎌をにぎりしめ、物騒なことを言っていたし。

 僕が領主館に行ったときも、鎌をにぎりしめ、飛び込もうとしてくれたのは、足高さんだ。


「ああ。そういう奴でもあるさ。増水した川で子どもが流されたときも、真っ先に飛び込んでいったりな。

 なんつうかなあ……心根は強えんだが、その出しどころがうまくねえんだ」

「不器用なんですねえ」

「不器用なんだ。なかなか、周りにゃあ分かっちゃもらえねえ。

 だからよ、葛刈りでも手伝って、ひとつ良いところを見せてやりゃあな。女衆にほめられりゃあ、自信もつくだろうと思うんだがよ」

「葛刈りは女性の仕事なんですね」

「ああ。夏が来る前に、まとめて刈っちまうんだ。ついでに葛布かっぷも織るぜ。三日四日は、村中が青臭くってたまらねえのさ」

「そっかあ、もうそんな季節なんですねえ……わたしも行こうかなあ?」


 と、扉をしめて戻ってきた榛美さん。

 讃歌さんはそれを聞いて、苦笑いをうかべた。


「榛美ちゃんはやめとけ。どう考えても、ろくなことにならねえから」

「えー? なんでですか、讃歌さん」

「転んで泣かれたら、誰が榛美ちゃんをあやすんだ」

「むうう! ころばないし泣かないのに!」

「僕があやしますよ。泣いてるお子さんをどうにかするの、得意なんです」

「康太さんまで! ひどすぎる!」


 たしかに、夏の葛は、べらぼうによく茂る。

 ちょうどつるも堅くなって、繊維を取り出すのには、いい時期なのだろう。


「讃歌さん、それ、僕も行っていいですか?」


 たずねてみると、讃歌さんは、きょとんとした。


「かまわねえけどよ。たいして面白いもんじゃねえぞ」

「絶対に面白いです」

「お、おお……それならそれで、いいんだが」

 

 葛を刈って繊維を取り出し、布にする。

 そんなに面白いイベントを、見逃すわけにはいかない。

 足高さんの想い人を見る機会でもあるし。

 ついでに、葛といえば、あれですよ、あれ。

 あれが手に入れば、あれをああして、夏にぴったりのあれができちゃうわけで。


「んふふふふ……」

「俺も分かってきたぜ、悠太。白神様の『ダメな時の顔』って、これのことだろ?」

「ああ。こうなっちまったら、もうどうしようもねえ。好きにさせとけ」

「ちがいますよ! これは、康太さんがかわいいときの顔ですよ!」

「なるほど。こっちもこっちで、ダメなわけだな」

「察しがいいじゃねえか、親父。そういうことだ」


 なんとなく、許可はえられたみたいだ。


「じゃあ白神様、悪いが、足高の面倒はたのんだぜ」

「任せてください! おいしいもの作っちゃいますよ!」

「たのしみにしてますね、康太さん!」

「……悠太?」

「オレに助けを求めんなよ」


 うわー、明日がすごい楽しみになってきた!

 景気付けにもう六杯ぐらい呑んどくか!



 して、翌日の朝。

 涼しく湿った風が吹き抜ける、ほのかに薄暗い夏の朝。

 とおい陽の光は、暑くなる予兆をはらんで、早くも肌にひりひり痛い。


 里山の斜面には、給地の女性たちがあつまっていた。

 小さな女の子から、妙齢の女性まで、体を動かせる人たち総動員だ。

 みんな、なんとなくかたまりになって、大声でおしゃべりしている。

 ほとんどは、あそこの家の誰がこうした、彼がどうした、みたいな噂話だ。


 僕と足高さんはといえば、女性たちの輪にぜんぜん入っていけず、ちょっと離れた場所に、二人でぼけーっと立っていた。


「足高さん、ほら、足下に、ツチイナゴみたいなのいますよ」

「お、おお……土色だな」

「土色ですね」

「おめえすげえ土色じゃねえかよおめえ」

「すごく土色ですねえ。そろそろ行きますか?」

「いや、そ、おめえ、そりゃあ、おめえ、まだ早いってもんだぞおめえ」

「潮時ってものがありますものね」

「そうだおめえ、潮時ってもんがあるんだおめえ」


 実はこのやり取りを、すでに五回ほどくりかえしている。

 いつまでたっても、潮が満ちそうにない。

 女性陣は、こちらの存在に気づきつつ、がんばって力いっぱい無視している。

 だれにとっても、いたたまれない状況だ。


「よし、足高さん、いま潮が満ちました。そういうの僕には分かるんです、いきましょう」

「なっ、だっ、おめえ、だからおめえ、あそこには湖葉がいるんだぞおめえ」

「だから行くんじゃないですか。かっこよく葛を刈って、その勢いでかついじゃいましょうよ」

「あかっ!」


 足高さんは、蹴飛ばされたにわとりみたいな声をあげると、


「かっ、かっ、かつっかつぐって、おめえ、かつ、かつ、か、あ」


 なんか、こわれてしまった。


「かつっ、かつっ、あ、うわああああああ!」


 急速反転して、ものすごいスピードで坂道を駆けくだっていく足高さん。

 その姿は、あっという間に見えなくなってしまった。


「おおー……」


 あんまりにも速すぎて、止めるひまもなかった。

 意外な一面だなあ。

 どうしよう、これ。


「ぎゃあああああっ!」

「えっ?」


 とほうにくれていると、遠くから足高さんの悲鳴が聞こえてきた。


「は、はなっ、んな、おめえ、はなっ、はなせっ!」


 どうやら何かにつかまったらしい。

 この辺りに、そこまで危険な野生動物はいなかったと思うんだけど。

 どうしようかと考えて、とりあえず、とほうにくれ続けることに決めること、しばし。


「やッてるじゃねェか」


 ひょっこり現れたのは、鉄じいさんだ。

 足高さんを小脇にかかえ、背負しょいかごを肩にひっかけている。


「事情はだいたい榛美から聞ィたぜ。足高、てめェ、逃げぐせが出たな」

「ぐへぇ」


 鉄じいさんが手をはなすと、足高さんはあごから地面におちた。


「だ、だってよう……おめえ、そりゃあおめえ、おれぁおめえ、怖くてよう……」


 地面につっぷしたまま、よわよわしくうめく足高さん。


「うまくいかねぇのもおめえ、う、うまくいっちまうのもおめえ、その、おめえ、怖くてよう……」

「気持ちはすごく分かります」


 歳をとるにつれて、何かが変わることに対する恐怖というのは増していくよね。

 恋愛や結婚なんていうのは、その最たるものだ。


「同情してンじゃァ世話ァねェや」


 鉄じいさんは、鉄色の瞳で僕と足高さんを睨み付けると、鼻を鳴らした。


「ところで、今日はどうしたんですか?」

「おォ。ヒマすぎて、気まぐれの一つも起こしてよ。葛刈り用に、鎌を打ッて来たッてわけさ。おらよ」

「うわっとっと……」


 投げ渡された背負いかごの中には、油紙で刃を包んだ、無数の鎌。

 木の柄がはめこまれて、使いごこちもよさそうだ。


「鎌ッてェのはすぐダメになりやがるからな。刃がなまッたら持って来るよう、女どもに言ッておきな」

「ありがとうございます、鉄じいさん」

「届けるもンは届けたからよ、俺ァ帰るぜ。女どもに渡して来てやンな」

「もう帰っちゃうんですか?」

「ジジィ一人に畏まッてよ、それじゃァ女どもだッて、おもしろくねェだろ。たまの集まりぐらい、おおいに羽根を伸ばさせてやンな。ガキどもだって、布の織り方を覚えなくちゃならねェしよ」


 ああ、なるほど。

 葛刈りの目的でみんなが集まって、わいわい騒いで。

 みんなで葛布を織って。

 これは女性たちのお祭りであると同時に、技術継承の場でもあるのか。


「足高よォ、ドワーフが女をどう口説くか、教えてやるぜ。よォく研いだまさかりを用意して女のところに出向くのさ。勝てりゃァ抱けて、負けりゃァ殺される。分かりやすいもンだろォが、えェ?」

「ぐひゃあ!」


 鉄じいさんは、足高さんの背中をバンバンたたき、ガハハと笑って、帰っていった。

 足高さんの話が、広範囲に知れわたっている。

 狭い村ってこわいね。


「それじゃあこの鎌、渡しにいきましょうか」

「こ、康太、おめえ、先に行ってくれよぉ。おれぁおめえ、後からこっそりおめえ、気づかれねえように行くからよぉ」

「気づかれないでどうするんですか。ほら、行きますよ」

「うひゃあっ後生だ、かんべんしてくれぇ!」


 ぐずる足高さんの手を引いて、女性たちの輪に、ずんずん歩みよる。

 わいわいしゃべっていた女性の一人が、僕たちに気づいて。

 とまどった顔で、みんなに声をかけ。

 それから、あいまいな表情で、ほほえみかけてきた。


 榛美さん家の晩ごはんに集まっているのは、基本的に男性だ。

 給地の女性とかかわる機会は、これといってなかった。

 向こうにしてもそれは同じで、おまけに僕は白神。

 警戒しつつも、悪くは思われたくないと考えつつも、自分からは近寄りたくない。

 女性たちはみんな、そんな感じの表情をしていた。


「はいはいっ、ちょっとごめんなさいよ、っと」


 そんな中、やけに歯切れのいい声がして。

 ちぢこまる女性の輪をかきわけて、僕たちの前に、さっそうと、一人の女性があらわれた。

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